そのマッチングアプリの案内人は、黒いスーツに白手袋と言う大昔の手品師のような恰好をしていた。人間離れした機械的な声でぺらぺらと喋る。だがその感情を押さえた声が、参加者をさらに本気にさせた。

案内人「このアプリには4件のコースがあります。まず初めに春の園、次に夏の園、それから秋、冬と続きます。園と言うのは男女が楽しめる小規模の大人向けテーマパークと言う意味で、春の園は春らしい映像の中で春の娯楽が楽しめます。もちろんアプリで出会った相手の方とです。夏の園は海ですね、泳いだりサーフィン楽しんだり、秋は、」ここまで言うと案内人は人差し指を立て、含み笑いをした。

案内人「皆さんのお気に入りの相手はすでに、それぞれの園の中に配属されています。小さなモデルとして画面の中に登場し、同じモデルのあなたとデイトをするのです。皆さんはゲームをする感覚でスマホを使って彼あるいは彼女との、楽しい時間を作って下さい。彼の映像をスクロールしたりチャットをする事も出来ます。時に思い通りに彼が動かない時がある。なぜなら彼がその事に興味がない、あるいは反対だからです。

相手のすべての情報はすでにアプリのアルゴリズムの中に導入されているので、あなた方が変える事は出来ません。あらゆる情報を駆使して相手の性格、キャリアをAIが算出している訳ですから、これは何物にも代えがたい真実なのです。だから嘘をついたり写真の加工修正などは出来ない。空港の検問と同じです。

ただこのアプリの優れている所は、自分たちのデイトのシーンを以前にスマホの画面を通して高みの見物が出来る所です。つまり本物のデイトの前のウオーミングアップですね。

ここでスマホの隅で小さくなって説明していた案内人が、いきなりにゅーっと画面の真ん中に移動して言った。

案内人「これは女性向けのアプリで男性の方には別のアプリがあります。それでは皆さん、グッド ラック」そこで彼は消えた。

リリーは即座に『夏の園』を選択した。すると画面の中央に巨大な波がざんぶりと現れ 茶褐色に日焼けした男がボードに乗ってあらわれた。これこそレコメンドから熟考して選んだ、自分に最もマッチした男ジョーである。もちろん彼もリリーを選んだわけで、でなければ画面には出てこない。

だがリリーはサーフィンが出来ない。浜辺でデイトでも彼は波乗り、自分は犬カキどころ猫カキも出来ない。嘘をついたのだ。自分好みの男性だったのでサーフィンが出来ると言ってしまった。相手が執拗にサーフィンに誘ってくるが、画面の中のリリーは波打ち際でうろうろしている。

だが男は黙って微笑しながら待っている。実は彼も年齢を詐称している。30才なのに25と言い、実際にはやはり老けて見える。そこでリリーが「ごめんなさい、サーフィン出来ないの」と言う。「わかった、浜辺に座って何か話そう」彼は彼女の背中に優しく手を添え二人はその場に座った。彼はそこで年齢を詐称している事を明かした。

リリーは東京の浅草育ちで、茅ケ崎まで遠出する事はめったにない。電車を使っても2時間ぐらいはかかる。彼はその街でブティックの店長をしている。笑顔の素敵な男性だった。茅ケ崎は憧れの場所でもあるし、茅ケ崎のサーファーなら望むところだとリリーは思った。

いま茅ケ崎の海沿いのカフェにリリーはいる。海沿いのカフェのテラスにいる。目の前には真っ青な空と海、広々とした砂浜、ボードウォークをそぞろ歩く幸せそうな人達。自分の座っている席の斜めひだりに、白い小さなポメラニアンがこっちを見ている。彼女は小さく手を振った。隣にいる犬の飼い主が彼女を見てニコッと微笑んだ。

彼女はジョーと待ち合わせしている。もちろんこれは本物のデイト。

「ごめんごめん、すっかり遅れて」20分も遅れて来たジョーがリリーの正面に座った。「サーフィンの後で浜辺に上がったら、急に足がつって歩けなくなった。元に戻るのに時間がかかった」彼は素直にそう言うと注文を取りに来たウエイトレスに「バナナシェイク」と言う。それから空になったリリーのグラスを指さした。「もう一杯どう?」という意味だろう。リリーはうなずいた。

彼のアイデアでデイトの日と落ち合うカフェを決めた最後の電話で、ジョーは「あすこのバナナシェイクはうまいよ。お代わりは無料だしね」と言った。シェイクはホントにおいしかった。

二人ともこれが初対面とは思えなかった。一度アプリの画面でデイトする自分たちを見ているので懐かしささえ感じる。どんな欠点弱点でも許してあげようとなる。

あれから3か月、二人はいま非常にリアルなデイトを重ねて愛を深め合っている。

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