パソコンでNETFRIX

パソコンでNETFRIXの目次画面を見ていたら、テッドバンディの実話を映画、ドキュメンタリーの両方でやっていたので見てみた。

映画の方のテッドは惜しいかな、本物が持つ殺人鬼としてのスター性、カリスマ性、冷血さが、演じた俳優に少しも感じられずがっかりした。ドキュメンタリーの方は殺人の証拠品、殺人現場の血のついたベッド、被害者を誘拐するために使った古いフォルクスワーゲン、またこの殺人鬼が上目づかいに人を見るずるがしこい目つきの映像等が出て来て、やはり臨場感に勝る。

テッド バンディは、1974年から1978年の間に7つの州で、30人以上の若い女性を殺害したシリアルキラーである。被害者はみな若く美しい白人の女性で、長い髪を額の所で両脇に分けていたという。その残虐性は彼のウイキペディアを読めば分る。

私がはじめて彼を見たのは1979年に彼が殺人の罪で起訴され、その裁判がフロリダで行われた時だ。世界中から250人の記者が押しかけ全米で初めてテレビ中継された裁判と言う事だが、彼は国選弁護人を使わず自分で自分の弁護人になった。

時おりメモを取り隣席の弁護士と意味ありげに囁き合い、証人喚問の時はいかにも弁護士然としたスーツで冷静に尋問していた。この異様な光景に私はあきれ「殺人犯が自己弁護をしかも裁判長や陪審員の前でやるなんて、それで罪が軽くなるとでも思っているのかしら、もう証拠はあがっているのに」とそばの知人に言った。日本ではまず考えられない。

それにこの殺人犯は別の裁判ですでに二度の死刑宣告を受けていたのだ。

すると彼は「君から見ると変かも知れないが、アメリカではそう言う事が出来るんだ、実際彼は良くやっているよ。ロースクールにも行ったらしい」とまた画面に見入った。

傍聴席は、ハンサムでお洒落しかも頭が切れる彼を一目見たいと言う若い女性で、ほとんど埋め尽くされていた。彼等は裁判が終わればサインの一つも貰う勢いで、身を乗り出して聞いていた。その自分の魅力を熟知していたナルシストで自己顕示欲のつよい犯人は、時おり絶妙な微笑を傍聴席に送っていた

これはショーである。茶番である。だれも30人以上の女性を殺した殺人鬼が、今さら無罪になるとは普通思わないだろう。二度も死刑宣告を受けた男だ。だが傍聴席の人々は誰も真剣に事の成り行きを見守っている。若い女性に人気の誘拐殺人犯の自己弁護シーンを、メディアもテレビ中継に乗り出した。めったにないシリアルキラーの人気に便乗しようと。

さて2021年の今、私達は同じようなTVショー、茶番を見せられている。それはジョーバイデンショーである。

去年の大統領選挙ではバイデン陣営側に、他国をも巻き込む大掛かりな不正があったそうだ。それが真実だとアメリカ人の70%の人が思っているとの調査報告があった。それでもバイデン氏は大統領になり、今はその言動、行動で国民の批判と揶揄にさらされ笑い者にされている。

だがこの大統領が偽物だと何%の国民が気づいているだろうか。しかもそのお膳立てをしているのは実はトランプ陣営側とも言われている。バイデン大統領がいかに出来ない男かと国民に知らしめるために、トランプとそのグループが悪くプロデュースしているのだ。

彼等はこの国をディープステート、つまり闇の政府が取り仕切りトランプ政権の弱体化を図っていると以前から主張して来た。だからそれを暴露するために政治の膿を出し切るために、彼らは闇政府の一掃に画策した。

現在、ネットでちょっと検索すれば、すでに逮捕され処刑あるいは現在自宅待機中などと、有名政治家、実業家の260人の名前が出てくる逮捕リストがある。バイデン氏の名もそこにある。テレビに出ているバイデンは、AI,クローン人間、あるいは影武者のいずれかだ。

他にハリウッドスター、司祭、王族など多数の名があげ連ねてある。これらは別件逮捕だろう。

信じるか信じないかはあなた次第。だがこのような超有名人たちを逮捕、処刑などと公表してそれが嘘であれば、公表者は名誉棄損で訴えられ自分の命とりにもなりかねない。そんな事は百も承知だと思う。

テッドバンディにしろ、ジョーバイデンにしろ、国民は、事情が解かっている国民は、ポップコーンでも食べながらこのショーを楽しむのだろう。ジョークの好きなアメリカ人のこの大らかな自由性、度量の広さ、心のゆとりが羨ましくほほえましくも思われるが、どこか危なっかしいとも感じる。

ジョーバイデンショーにも、そろそろ飽きて来た国民は、早く本物の立派な大統領が出て来てほしいと願っている

南カリフォルニアの海辺にある住宅街

南カリフォルニアの海辺にある住宅街、仲良し4人組がA子の家に集まった。コロナ禍で学校は休み。4人は中学一年生、ここアメリカでは7年生。それぞれの親の事情でこの街に住んでいる。みんなマスクをつけて来たが今ははずしている。専業主婦のA子の母がスナックを用意してくれたのだ。

「ねえ、雪の日にやっちゃいけない事ってなーんだ?」A子が言う。最近とみに美しさが増した美少女だ。「何で雪の日なの?晴れの日だって雨の日だっていい訳でしょ?」B子が言った。家が寿司屋をやっている。「昨日ね、日本のニュースで東京に大雪が降ったって言ってたから」とA子「雪か、懐かしいなー」と誰かが言う。

「雪の日にやってはいけないもの、それは泥棒と浮気」とC男が4切れ目のピザに手をのばし言った。「泥棒と浮気?何それ?」とB子。「二つとも隠れてやらなきゃいけない、雪の上を普通に歩くと足跡がついていっぺんで分る」「ばかばかしい!もっとましな事言えないの」とA子が軽蔑したようにC男を見た。

「雪の上の足跡と言えばさ、この前ユーチューブの古い日本のドラマを見てたんだけど、戦時中に脱走兵が親の家に逃げ込んだ。でも大きな軍靴の足跡が雪の上に残って、『脱走兵だ』って隣近所で大騒ぎになった。でも家族が一生懸命その男をかばい半年も隠れていたって言うのがあったよ、割と面白かった」

これを言ったのはD男、IQが160もあると一時天才扱いされたが、「天才は不幸になる」「天才は早死にする」と周りから言われ、今では凡才以下になった男の子。つまり必要以上に引っ込み思案になった。

「ユーチューブのドラマと言えばいつかフランスの映画見た。雪の日に生徒たちが雪合戦するんだけど、悪ガキグループと優秀組がね、でも優秀組は雪の中に石を入れて投げる。それで悪ガキグループの中には頭にたん瘤が出来る者が出て来て、彼らは本気で怒り二組が取っ組み合いの大喧嘩をすると言う話」と誰かが言った。

「どうして優秀組がそんなひどい事するの?悪いことするのは悪ガキでしょ?」「優秀組は普段悪ガキにひどい事されてるから、仕返しするいいチャンスだと思ったんだよ、きっとそうだよ」B子が発言者をかばった。

「雪の日にやってはいけないもの、それは雪合戦か」C男が五つ目のピザに手を出した。「ちょっとC男、あんた食べすぎよ」とB子。「俺、ピザ好きだもん」「だからそんなに太ってるんだよ」「この前、宅配ピザでコロナ感染したと言うニュースがあったな」とD男。「お前まだ物知り癖が抜けないな」とC男がD男を睨みピザを元に戻した。

「あ、かもめが飛んでる、しかもすごい数!」A子が立ち上がり窓辺に寄った。この窓からは太平洋が一望に見渡せる。かすかに白波が立つ青い海の上を、10匹以上のカモメが隊列になってこちらへ飛んで来る。そしてA子の裏庭の垣根の上にずらりと並んで止まった。

「わー!!!」A子は窓辺に寄り、「こんな近くでかもめ見たの初めて、しかも目線の高さで!すごい!」「あれ知らなかった、カモメはとてもフレンドリーなんだよ」「あれ、一番左端のやつ、口になんかくわえてる」「でもこんな近くまでよく来たよな、友達になりたいのかな」「そうかもね」皆カモメを指さしながら口々に何か言っている。

だがD男はふさぎ込んでいた。シングルファーザーの父が経営していたヘアーサロンを閉め、二人ともども日本に引き上げる事になったのだ。友人とふたり洒落たビルの中に小粋なサロンをオープンした父、コロナのパンデミックで急激な経営不振。D男は友達ともこの街とも絶対離れたくなかった。

B子も明るく振る舞っているが、実は家業の寿司屋が急激な右肩下がりの売り上げで、テイクアウトシステムで何とか食いつないでいるが、いつまで続くか。「20年も頑張って来たんだ、ここで店を閉める訳にはいかない」父の強気な言葉が唯一の救いだ。

ここは有名な日本人の多い街で普段アメリカ人のお客が少ない商売は、何かあればすぐにあおりを受け破綻する。

かもめの一匹が窓辺のA子のそばに寄り、つんつんと嘴で窓ガラスをつついた。「うわーなにこれ、何かサインを送ってる見たい」みんなが窓辺に寄ると、カモメ達はいっせいに飛び去った。「ねーみんな、海に行かない?」B子が言うと誰もが玄関に急いだ。

歩いて5分の浜辺に行くと、誰もが潮風にすがすがしさを感じ気持ちが一変した。青い空、青い海、押し寄せる白い波、高校生じみたサーファが一人波の上にいる。まだ初心者なのかどこかへっぴり腰だ。「こんな日に波乗りなんて、波が小さすぎるよ」とC男、「経験がないんだよ、まだ」誰かが言った。

するとA子が思い切ったように言った。「実はみんなに言おうと思ったんだけど、私、もうすぐ日本に帰るの」「えっ?」「どうしてー?」とみんな。「立ち上げた父さんのコンピュータ会社、もう駄目なんだって」「えーっでも日本に帰ってどうするの」B子が真剣に聞く。「前に勤めていた会社の社長さんが仕事をくれるらしいの」

実は私も、実は僕も、とB子とD男が自分の家庭事情を話しはじめた。「C男はいいわよね、叔父さんの家に居候で。高校までこっちにいるんでしょ」とA子が羨ましそうに言った。

「父さんがどうしてもこっちの大学に行けっていうんだ、将来のために。でもアメリカも今は大変なんだけどね。親戚の家だと言っても色々嫌な事もある、あまりわがままも言えない、でもここで両親が恋しいなんて言いたくはない」顔を少ししかめたC男を皆が見つめた。

その時さっきのサーファーがボードからひっくり返って海に落ちた。それを見て「俺、やっぱり日本に帰ろうかな、サーフィンも出来ないし」とC男が言うと「ははははは、、、」皆が笑った。

コロナ禍でまたもや街が封鎖された

コロナ禍でまたもや街が封鎖された。ヘアサロンに行きそこねた私は、不正選挙ならぬ不正営業している店はないかと街をふらついた。規則や条例を無視する不届きなオーナーも中にはいる。

通りの両脇はどこもシャッターが下り、閑散としてうらぶれ路上には紙くずが舞い、古い西部劇の無法町のようだ。黒いマスクとサングラスで顔を隠した私の顔はまっくろけ、小形の女ならず者に近い。

やがて大きな白い観葉植物がドアのそばにある美容室らしきものが見えた。白いフロントドアに“Serebu Hair Salon”と書かれ、その上に“OPEN”の長方形のサインが、白く斜めに下がっている。白い白いと言うが白いのは埃だ。つまり客の来ない誰も来ない美容室である。 

ドアを開けると漆黒の古い机があり、その上にうつむいた男の胸像が置いてある。「ハロー!」と呼んで見る。だだっ広い部屋の奥の巨大な一枚ガラス窓のそばで、ソファに座った女があお向けに赤ワインを飲み干している。その窓の向こうに雑木と芝生におおわれた廃園が見え、鼠色のガゼボが斜めに傾いている。

景色に見とれていると胸像がむっくりと顔を上げた。ブロンズが生きた男に早変わりしびっくりした。

「何か御用?」ずり落ちた眼鏡の奥から上目づかいで私を見る。チャック シューマーに似た老齢の陰気な男。「髪を切りたいんです」そう言うと私の頭をジロりと見て「予約して」と言下に言った。

「僕の名前はステファン、電話して」そばにあったビジネスカードに、“STEFAN”と書き手渡した。その手に広がる無数の老人性色素班、帰りざまもう一度振り向き店内をみると、この店の18世紀末を思わせるデカダンス臭さが緩やかな波のように私に押し寄せて来た。

ステファンは背の高い心持ち猫背の男だ。年を食っているがなかなかの腕だった。ハサミを持った手の立てた小指、くんと鼻を鳴らす癖などが嫌味だったが、鏡の中の私の髪が素敵に仕上がるにつれそれも気にならなくなった。時々10本の指を私の髪に入れ下から梳くようにする。

だがこの男は髪を切りながらワインを飲むアルコール中毒症だった。店には客を座らせる黒革の椅子が一つあるきりで、他に従業員はいない。むろん顧客もいないようで、生活費はどうしているのか。

心配性の私を見抜いたかのように「これでも昔はハリウッド女優の髪を世話した事もあるのよ、メグライアン、デミムーア、ブルックシリーズ」と彼がハサミをパチパチと鳴らし鏡の中の私の顔を見た。「うそ!」さえぎると「そうよ、嘘よ」と済まして窓の外を見た。

ステファンがくるりと椅子を半回転したので目の前の庭が一望に見渡せた。一枚窓ガラスからのあふれる採光が、私の目をくらませ荒廃した庭をさらに幻想的にした。庭の奥にある片腕が折れた大理石の女神の裸像。ぼうぼうと生い茂ったハーブ畑、古い雨染みのこびりついた木製のガゼボ、そのガゼボの中でいつか見た女性が赤ワインを飲んでいた。

「あの女性は誰?」と聞いてみた。「僕の奥さんよ」ステファンが言った。これは意外だった。彼は男色家だと思い込んでいたので鏡の中の彼をじっと見た。「昔ね、奥さんだった人よ、今は大っ嫌い」

「なぜ一緒に住んでるの?」彼は肩をすくめ両手を広げた。「しかたないのよ。養ってもらってるから。100才の彼女の母親が最近死んでまた遺産が入った癖に、私には一セントもくれない、でもここを出てもホームレスになるしかないから」と鼻をクンと鳴らした。

見かけに寄らず友好的だった彼は「ここに来たければいつでもいらっしゃい、でもその前に電話してね」と言った。不覚にも私は顔を輝かせた。

私はこの家の古色蒼然とした室内装飾に蠱惑されていた。窓際の居間にあるロココスタイルの若草色のソファ、背もたれが膨らんだビロードの椅子、そして部屋のあちこちにある毒々しい色をした大きな中国壺、それに活けられた西洋ススキや芍薬、胡蝶蘭のすすけた大きな造花。それらが醸し出す退廃的ムード、すべてが妙に私好みだった。

若い頃、虚無的かつ退廃的なデカダンスに憧れ毒された私は、いまだにその残滓を引きずっている、要するに怠け者である。だから私は、無気力で倦怠感に苛まれるにステファンに同病相憐れむ気持ちを抱いた。それは長い時間をかけて分かるものではなく、瞬時の直観である

虚無的に生きる人間の常として、彼のしぐさや言葉には時おりとても深遠な意味合いがあったのだ。

一週間に一回いや月に一回、彼に嫌われない程度に日を決め間を置き彼を訪ねる事にした。

彼はとても気まぐれで時に優しく時に冷たく私に接した。だが彼は私が連絡をせずに訪問すると頑としてドアを開けてくれなかった。

彼の妻はいつも彼がそばに置くワイングラスのように恬淡としてそこにいた。少なくとも私にはそう思われた。名前を聞くとビオラと言った。私とは口を聞かず私が行くと席をはずした。どこかアジア系の風貌で背の低い年老いた女だった。

ある日すでに一か月以上も会っていない事に気づき、電話をすると返事がない。気になり彼を訪れるといつになく玄関ドアが施錠されていない。

中に入ると居間のピンク色のレンガ塀が何かをぶつけたように白く欠け、割れた中国壺のかけらが床に散乱していた。そのそばに西洋ススキの束が投げ出されたようにしてあった。

一階に誰もいない事を確かめ、金色の手すりのらせん階段を上って二階に上がった。このらせん階段はいつも夢の様に私を誘っていた。階段を上り切った正面の壁にステファンの若い頃の白黒の写真が鋲で留めてあった。

彼はとてもハンサムで一緒に写ったジョデイフォスター、ダイアンレイン、シリルシェパードなども若く美しかった。彼の嘘が嘘でなかった事が解った。

物音に振り向くとステファンがビオラの両足首をつかみ、ベッドルームの床を引きずっていた。彼女は正体を無くしなすがままにされている。「どうしたの?」驚き声を上げると「殺しちゃったのよ」と女の足を握ったまま言う。

「警察に電話しなきゃ!!」声を上げる私に「大丈夫、後で自首するから」と冷静だった。「そんなことしても、事実を隠ぺいしたと思われるわ!」「じゃ、勝手になさい」彼はそのまま妻を隣のバスルームに引きずって行った。

天蓋カーテン付きの大きなベッドの上から毛先の長い白い猫がじっとこちらを見ていた。

彼はビオラの上半身をシャワールームの壁に凭れかけさせ「口喧嘩してたらヒステリックになって気絶しちゃったのよ、壺を壊しちゃってバカみたい」と言った。それから「いつもの事だからこうすれば、、、、」とシャワーヘッドを引き抜き、その顔に飛び切りの冷水を浴びせかけた。

「ギャー!!!!」と彼女は目をむき両手を上下に激しく振った。「ほらね」ステファンが意味ありげにウインクした。

一か月程して電話をしたが返事がない。

たずねて行き施錠されたドアを揺すっていると、隣の貸しビルから修理人らしき男が出て来て、「そこは空き家だよ、誰も住んでない」と言う。「いつから空き家なの?」と聞くと「さあー」と首をかしげて立ち去って行った。

私は必ずまた戻って来る

「私は必ずまた戻って来る、何らかの形で」トランプ大統領はそう言ってホワイトハウスを去って行きました。その顔は自信に満ち晴れやかで優しくさえありました。

彼はハリウッドスター顔負けの演技派です。巧妙な演技で私達を煙に巻き一喜一憂させ、土壇場で大統領退任と言う役を演じ、トランプ劇場ももはやこれまでと立ち去ろうとする私たちに「ちょっと待て、私は必ずまた戻って来る」と決め台詞を吐きまたもや劇場に引き戻しました。

それに比べ新大統領になったバイデン氏は、葬儀司会者のごとく覇気のない声、紙の様に白い顔で、トランプ大統領の業績を覆すような大統領令に次々に署名し「何に署名してるのか分からない」とつぶやいたりしています。

このバイデン氏は実は偽物で、彼がいる執務室もセットで彼はホワイトハウスには住んでいないと言う噂がまことしやかに流れています。バイデン氏が偽物だとはトランプ氏も言っています。

バーチャルだったと言う大統領就任式には、ブッシュ ジュニア夫妻、オバマ夫妻、クリントン夫妻、最高裁首席判事のジョン ロバーツ、レディ ガガなどが、まるで悪党たちの夜更けのパーティーと言う感じで出てきました。

マスクをしているのでよけいに悪党感が増し目が笑っていません。金儲けと保身のために人を殺したり幼い子供を食い物にする小児性愛者で、すでに逮捕されていると言う噂のある人たちです。これはいつ頃の録画でしょうか?

不思議なのは選挙期間中にのこのこ出て来て、バイデンの応援演説をしていたバラクオバマ、口角泡を飛ばしトランプ氏がいかに無能かと息を撒いていたミッシェルオバマ、ヒラリークリントン達が、表舞台に出てこない事です。

バイデン氏が大統領になったのだから狂喜乱舞して凱歌をあげても良い筈なのに、黙りこくっています。

トランプ氏はフロリダにある豪壮な別荘に移行する時、軍権である核のフットボールをちゃっかり持参しました。だからバイデン氏は大統領ではないのです。

1月6日に議事堂で暴動が起きた時彼は「皆さん、静かに平和に家へ帰りましょう、人を傷つけたり物を壊したり、そんな事はやめて家へ帰りましょう」とテレビで我々に警告しました。実はあれが戒厳令だったと言う話もあります。

戒厳令が発令されると通常の民事法、刑事法はすべて停止され軍法による統治が始まります。そして水面下での悪人どもの大量逮捕が始まります。現在、アメリカの一部の州で停電が発生していますが、これが逮捕劇の一つの証のようです。

実はバラク オバマもミッシェルもすでに国家反逆罪で死刑になったそうです。バラクは後頭部に銃口をあてられ、ミッシェルは彼女の希望で痛みの少ない毒物注射を選び、それぞれあの世へ行ったそうです。

ミッシェルが男だったと言うのは有名な話です。嘘かほんとか、そんな事は問題ではなく「火のない所に煙はたたない」それが問題なのです。悪徳に満ちていたとは言え一時は栄華を極め人々の称賛をあびた二人、死を直前に感知した時彼らの脳裏を走った物は一体なんだったのでしょう。

ついでに言うとヒラリークリントンは、2017年の911記念式典の時、人込みの中で倒れ娘の家に身を寄せましたが、数時間後に出て来た時はとても若く見え「私は大丈夫よ」と両手を広げ笑顔を見せました。実はあれは偽物でヒラリーはあの時すでに亡くなっていたそうです。これもまた「火のない所に煙は立たない」です。

バイデン氏はホワイトハウスに移る前に、上院議員に選出されたデルウエアで小数の地元民を前に演説をしました。その時アイルランド人のジェームス ジョイスの「私が死んだら首都ダブリンの文字を私の胸に刻んでください」という詩の一節を引用し「私が死んだらデルウエアの文字を私の胸に刻んでください」と言い滂沱の涙を流しました。

私が死んだら?不吉な言葉です。彼はこの時すでに身近に迫る自分の死期を知らされていたのでしょうか?

大統領になって執務室にいる偽物のバイデン氏は、あの時より幾分ふっくらとして演技と言われる所作も悪くありません。国民の怒り、民主党の威嚇、その他もろもろの重圧に耐えながらの演技にしては上出来です。

これもまた録画だと思うのは私だけでしょうか?

最近数か国で首相や指導者が辞任したり、世界の闇の支配者の一人と言われるベンジャミン ロスチャイルドが心臓発作で死亡しました。アメリカのディープスティートで暗躍したと言われるジョージソロスも逮捕されたと言う話。革命が起きているのでしょうか?

トランプ氏はホワイトハウスを去る時、「私達の不思議な旅は始まったばかりだ」と意味深な事を言い残しました。私達はまだ旅の途中にいるのですね。

トランプ大統領、あなたは凄い人です。

皆さま お元気ですか

皆さま、お元気ですか?

いつもlalabythebeachを読んでくださりありがとうございます。私のつたない文章を少しでも気にかけて下さる方がいらっしゃる、その事だけで私は幸せな気持ちになります。毎日が楽しくなります。もっともっと良い物を書き喜んで頂こうと思うのですが、なかなか思うように行きません。しかも最近は新しいストーリーの投稿を怠っています。

と言うのもアメリカ大統領の選挙の行方が気になってしかたがないのです。今回はバイデン陣営側が大掛かりな不正投票をしたと言う事で、大問題になっています。しかも中国共産党がそれに関与したと言う事で、さらなる物議をかもしています。

主流メディアはこれらの事実をひた隠しにしているので、ネット情報に興味のない方はご存じないかもしれません。バイデン氏は一人で大統領ごっこをやっていますが、大多数の国民は認めていません。しかもトランプ陣営はまだ、不正選挙に対する訴訟を終わっていないのです。

クリントン政権とオバマ政権にすっかり甘やかされた中国共産党は増長し、またぞろ甘い汁を吸おうとバイデン政権を構築しようと躍起なのです。それを阻止しようと頑張っているのがトランプ大統領とその仲間たちです。

初期にトランプ氏はやたらとツイッターに投稿したり、レポーターを罵倒したり、側近を次々に解雇したりと変な大統領だなと私は思っていました。だがそれも自分の身辺を味方で固めようと言う、彼なりの仕事力だったのだと分かりました。

中国共産党は恐ろしい集団です。一帯一路などと言う姑息な手段で世界の国々を懐柔し、自分たちの支配下に置こうとした。だがずさんな計画だったために国々は気づき始め、今はそっぽを向かれ始めています。

彼らは各国の政府の要人に金をばらまき丸め込み、スパイ行為を働かせ、2050年までには世界の頂点に立つと愚かなことを宣言しました。彼等の支配下に置かれれば自由はなくなります。アメリカも他の国々も彼らの植民地になり果てます。香港がその例です。

彼等は中国の国民の幸せなど考えもしません。共産党の警官は、露天商のおじいさんのたった一つの商売道具であるバイクを力づくで取り上げ、大所帯の貧しい家族を粗末な家からたちのかせます。ある日突然やって来てすでに不幸な市民をさらに不幸のどん底に突き落とすのです。

臓器狩りと言うのをご存じでしょうか?法輪功学習者あるいはウイグル人の罪なき人たちを捕え、生きたまま体を引き裂き臓器を取り出しそれを売りさばくのです。その筋の幹部は「我々はこの産業をさらに発展させていく」と言いました。産業?彼らは人殺しを産業と考えています。洗脳された人々はおとなしく殺されていくのでしょう。

私がここで言う中国共産党とは、中国の独裁政治を牛耳るほんの一部の上層部の事です。一般の中国人の方々はとても優しくフレンドリーで、礼儀正しい事を私は知っています。以前ギフトショップで働いていた時、中国人のお客様が沢山いらっしゃり、ケイコ、ケイコと私を呼びとても良くして下さいました。

2016年の大統領宣誓式の時、トランプ氏はMAKE AMERIKA GREAT AGEINと声高に叫びました。“アメリカをもう一度偉大な国に”この言葉を私はとても抽象的にとらえ、どうぞ頑張って下さい、お願いしますよと言う軽い揶揄さえつぶやきました。

だが、あの日から彼はその信念を貫いてきたのです。正義を貫き、時にはおバカをみせ、人々を飽きさせず、胸にはM A G Aの文字を刻み頑張って来たのでしょう。

今回の民主党の不正選挙をトランプ氏はすでに予測しており、彼らを囮作戦に陥れたとも言われています。そしてその背後の黒幕を暴き出そうと言う驚くべき作戦。彼は非常に頭脳明晰で、冷徹、しかも容赦なく、007のジェームス ボンドの7つの仕事術に勝るとも劣らない、最強の実践力を持ち、(ま、そこまでカッコ良くはないですが)

ワシントンの沼の水を抜き底に棲むワニを退治すると言う公約を推し進め、噂ではすでに二、三匹捕えたそうです。また彼は最終的には戒厳令を出し、不正選挙を企てた民主党の高官を国家反逆罪で一人残らず捕まえ、牢屋にぶちこむと言う計画もあるそうです。

どうなることやら、彼の腕前を見せてもらいましょう。

ただ彼は非常に貴族的で果敢な愛国心に満ちた人だとは言えそうです。今ワシントンDCには、十数万人のトランプ氏の再選を願うサポーターがデモを行っています。日本でも数か所で同じようなデモが行われているようです。かってこれほど人々の心を熱くした大統領がいたでしょうか。民意が、世論が、彼を支持します

最近、FOXニュースの著名なキャスターが「トランプ氏はすでに勝っている」と言ったり、CNNが「戒厳令はやめて」と言ったり、敵が弱音を吐き始めたようです

ですが、1月20日にトランプ氏の大統領宣誓式を見るまではとても落ち着きません。でもそれが過ぎたら必ず新たにストーリーを更新させていただきます。その時はまたお会いしましょう。

皆さまどうぞ、良いクリスマス、そして良い新年をお迎えください。

キーッキーッと言う鋭い金属音が耳をつんざく

キーッキーッと言う鋭い金属音が耳をつんざく。冷たいガラスの表面を同じガラスの破片で引っ掻くようなイラつく音だ。それは確かに私のコンドの隣棟の外階段から聞こえてくるのだった。

たまりかねて外に飛び出した。少年が一人最上段に、もう一人が最下段に位置し、階段の黒い鉄製の手すりの上から下へミニカーを走らせている。ミニカーが最下段まで行くと、下にいる少年が上まで届けに行くと言うご苦労な事をやっているのだ。そしてまた上の人が下に走らせる。

「その遊びやめてくれない!うるさくていらいらするわ!」きつく叱って見た。だが二人はどこ吹く風?とばかりにキョトンと私を見つめた。「こんなお天気のいい日にそんな所にいないでボール遊びでもして外で遊んだら!」私はコンドの中庭を指さした。

そこには日差しを浴びてキラキラ光る芝の目が広がっていた。黄色い二匹の蝶が飛び交っている。春なのだ。

しばらくすると芝生の上で、フットボールを投げ合う二人の姿が見られた。以外に素直な彼らのリアクションに私は少しばかり胸が熱くなった。

若くもなく穏やかな孤独と肩を寄せ合い生きる私に、一抹の寂しさがない訳ではない。そこにやって来たこの少年たちにある種のさわやかな衝撃を感じた。それは朝の静かな青い海を疾走する二艘の白いヨット、それも偶然見つけた小さな白いヨット達だった。

「言う事を聞いてくれてありがとう。二人は友達なの?」彼らのそばに行き聞いてみた。「彼は僕のステップブラザー」背の低い方が答えた。「と言う事は?」「お母さんが違う」「あっそうか」と言う私に少年はニコッと笑った。年を聞くと8才と答えた。

それから彼は時々、私のポーチのそばの大きなオリーブの木に登り居間の私に手を振ったり、隣の二階の彼のポーチのガラス窓から、下のポーチにいる私に微笑みかけるようになった。もう一人の少年は別の母親の所に戻ったのに違いない。

だがこの少年がある日こつ然と姿を消した。不思議な気がして彼の二階のポーチを見上げると何となくガランとしている。窓辺にあった観葉植物も消えている。微量な落胆と回想を繰り返しながら私は少年との再会を待ち望んだ。引っ越したのかな?と軽く思いもしながら。

すると彼がやって来たのだ。とても早い朝にポーチの花壇に水をやっていると彼が現れた。このコミュニティには車の往来が激しい表通りから、幾つもの細い道がコンドの敷地内に続いている。その一本の道から彼はやって来て私の前を通り過ぎる。

とても退屈な舞台に突如あらわれ、満場を沸かせる子役のように彼は現れた。たった一人の観客である私は息を呑むように彼を見つめる。

だが彼は顔をそむけ私の前を足早に通り過ぎようとする。手に持った白い小さなビニール袋を隠すようにしながら。袋の中身はなにか?彼は小さな麻薬の運び屋さんに見えおかしかった。

「グッドモーニング!」大きな声で言ってみた。「モーニング」蚊の鳴くような声で答えると彼は私を見ずに走り去った。

彼がとても複雑な家族構成の中で暮らしている事は、彼を訪れて来る人たちの顔ぶれで分かった。まず父親らしき人が見えない。とても若い祖父母がいる。人の出入りが多いが皆ドアの外でヒソヒソと話す。常に人目を避けるような暮らし方をしている。

少年はこれらの大人たちに囲まれながら時々パッと私の視界から消える。

だが他人の家庭の事情をあれこれ詮索する事は低俗な人間のする事だ。根底にある私の、この下劣な品性が浮上すると私はあくびをする。その事ですべてをご破算できるかのように。あくびを噛み殺しながら少年の笑顔を思い出した。

彼はたぶん白人とヒスパニックの混血と思われる可愛い顔をしている。その顔を時々いろどる影の微笑がとてもミステリアスなのだった。

ある日の午後、白い花びらが舞い散る牧歌的な細道を、少年と母親が向こうからやって来た。母親はストローラーを押している。赤ちゃんが生まれたのだ。すれ違いざま彼がちらっ私を見た。私はここぞとばかりに母親に言った。「あなたの息子さんはとてもいい子ですね」彼女はにこりともせずに困ったように顔をそむけた。

やがてハロウインがやって来た。彼のポーチはとても殺風景だ。だがその窓際にかぼちゃが一つ置かれた。私はとても豊かな気持ちになり、母親に買ってもらったかぼちゃを嬉しそうに抱えた彼の姿を想像したりした。

少年がスキップしてこちらへやって来る。とても幸せそうだ。パーマをかけた髪がふわふわと宙に舞っている。「髪型を変えたのね、とても似合うわ」と言うと「サンキュー」嬉しそうに照れた。

ガタガタドンドン、ガタガタドンドン、凄まじい音がする。外を見ると少年がコンクリートの道の上でスケボーの練習をしている。“ガタガタドンドン、ガタガタドンドン”板を両足でフリップしながら向きを変えようと必死だ。まだまだ未熟でふわふわと宙に舞うパーマだけが目立つ。

ポーチから見ている私に気づき、彼は遊びをやめた。そして姿を消した。

敷地内の一角に使用不可の無人の駐車場がある。シャッター付きのガラージに囲まれたコンクリートの空間がある。そこでスケボーの練習をしている彼を見つけた。物陰に隠れて見ている私に気づきもせず、転んでも転んでも必死になりやり直す。尻もちをつきながら何度も何度もやり直す。

この子は大丈夫だ、聡明で素直で優しく気迫さえある。きっと立派な大人になるだろうと、私は思っている。

一杯やろうか

「一杯やろうか」と言うダニエルの言葉は地獄に仏の響きだった。家を出てから2時間、エンドレスの夫婦喧嘩を止めるものはこれしかない。

淀んだような湖のそば、VACANCYのサインが点滅しているモーテルの前に駐車し、バーに入って行く。誰もいない。ガランとした店内のバーバック、酒瓶のラベルがすべて違う方向に向いている。

「ハローハロー!」ヒステリックな声を上げるダニエル、やさぐれた痩せた男が奥から出て来た。何度も前髪をかきあげゆっくりとバーカウンターの前に立つ。ビールを注文しナオミがパースから煙草を取り出し口にくわえると、男がライターをつけた。

人から火をつけられるのは嫌なので彼女は片手を振った。おいしそうに煙を吐くと彼が「ほんとは禁煙だけど他に客もいないから今日はいいですよ」ともったいぶって言う。

「煙草はやめたんじゃないのか?」ダニエルが言った。煙草をやめると言う約束で結婚したのだが、とてもやってられないのだ。結婚してまだ半年、すでに離婚の2文字が悪魔のささやきのようにナオミの耳をくすぐる。

首をねじって店内を見回していたナオミは、ふとどこかで見た構図だと思った。人気のないバー、酒棚のライトアップ、どこか深海的な雰囲気、クリーピーなバーテンダー、そうだシャイニングのシーンだ。だがあのバーテンダーは、黒服に蝶ネクタイの慇懃無礼な初老の男だった。クリーピーと言う意味では引けを取らないが。

ナオミが二本目の煙草に火をつけると「やめろ!」ダニエルがそれをもぎとりへし折り灰皿に投げ捨て、ビールをかけた。ナオミの平手打ちが彼の右ほほに飛んだ。

彼女は立ち上がり「私はね、あなたのそう言うところが大嫌いなの!静かなる男の振りしてあっという間にモンスターに豹変する!腰抜け!ふぬけ!臆病者!」思いきり罵倒すると彼女は、トイレに駆け込みこぶしで壁を叩きこみ上げる嗚咽をそのこぶしで押さえた。

二本目のビールをダニエルの前に置いたバーテンダーが「あなたを見てると昔の俺を見るようだ」と言った。「俺も昔はヘビースモーカーで、ワイフと喧嘩ばかりして二人とも神経をすり減らしていました」ダニエルが上目づかいに男を見て「君も飲めよ」と言う風に目の前のビールを指さした。

「ある時ホテルの屋上で飲んでたら、あいつが“こんな風にあんたと死ぬまで暮らすなんて嫌で嫌でしょうがない”と言うんです。“じゃ死ねばいいじゃないか”と言ったらほんとに柵から飛び降りようとしたんです。屋上を取り囲んだガラスの柵はそれ程高くない、飛び降りようと思えば出来る、俺はあわてました。下らない売り言葉に買い言葉でワイフが自殺しようとしている、必死で止めました」

「それでどうなった?」ダニエルがビールを一飲みして聞いた。「何とか一命を取り止めました。それから夫婦仲が一気に良くなりましたよ。あいつが言うんです、あんたがほんとは私を愛している事が分かったって」

トイレから出るとナオミはすぐ横にある非常ドアに気づき手を掛けたが、夫から逃げ出したければ何も非常ドアから出なくとも、表ドアから堂々と去ればいいと思いなおしバーに戻ろうとした。その時バーテンダーの声が聞こえた。

「夫婦喧嘩を頻繁にするカップルは、似た者同士が多いんですよ。だから相手の心理が自分のそれのように解る、それでイラつく、自分の弱みを見せられたようにね」「穿ったことを言うね、もとは心理学者か精神科医?」夫が言うのが聞こえる。

ナオミがカウンターに戻ると「さっきは悪かったな」苦笑いでダニエルが詫びた。「いいのよ、私も煙草は止めなきゃいけないんだから」自分でも不思議なくらいの素直な言葉が口から出た。バーテンダーが話を続ける。

「それから半年程してワイフが思い付きで宝くじを買ったんですよ。何とこれが5000万ドルの大当たり!」どうだ驚いたかと言う風に、バーテンダーが残ったビールを飲み干した。ナオミとダニエルの顔が一瞬こわばった。

「昔はここも湖がきれいでボートを漕ぐ客なんかがいたんです」バーテンダーが窓の外を見ながら言った。「だがコロナのおかげで湖まで濁ってしまった。いつまで続くか分かりもしないパンデミックで客なんて戻って来やしない、それでハワイに家を買いました」

「ハワイ?」ダニエルがとんまな声を出した。「このモーテルも売りに出し三か月もすれば引っ越しです」二人の前にビールを一本ずつ置きながら彼が続けた。

「言っときますが離婚なんて考えたらダメですよ、ねばるんですよ、ケンカをしながらね、そうすればいつか憎しみも消えます。二人にほんとの縁があれば別れたくても神がそうさせないんです」

「もう行こうか」ダニエルが小声で言うとナオミがうなずいた。財布を出すと「おごりです」とバーテンダーが言った。出口の方に歩き出した二人の背中に彼がもう一度声をかけた。「実は東部の妻の実家からカニを沢山送って来たんですよ、妻は今ハワイだし一人じゃ食べきれない、どうです後でもう一度来ませんか、三人でパーティやらかしましょう」

すっかり気が萎え車に戻った二人は互いの頭の中で“もう一度戻ってもいいな”と考えていた。だが口にはしなかった。

最近はまっている動画にアニマル動画がある

最近はまっている動画にアニマル動画がある。圧巻なのはライオン、アフリカ大陸のサハラに生息するあの百獣の王ライオン。

群れになった大家族が寝そべりあたりを睥睨しながらまったりしている様子は、祝日に人間の親戚が集まり和やかに団欒する図に似ている。寝そべった父母ライオンの背中にワチャワチャと遊びまわる赤ちゃんライオン、穏やかな表情でその子たちにグルーミングする親ライオン。至福の時だ。

だがこの群れと言うのが曲者で、メス数匹にオス二匹ほどそして子供達と構成されたグループに、本妻、妾、ガールフレンドがいる訳で、とうぜん腹違いの子供達もいる。オスはその日の気分でどのメスとも交尾を繰り返し、メスはメスでヤキモチも焼かず涼しい顔で空を見上げる。

古代からの生態に慣れ親しみ飼いならされ、メスたちからは嫉妬と言う感情が欠落したのだろうか。しかも赤ちゃんが誕生すれば母親だけでなく、他のメスたちもこぞって授乳すると言う。なんと心の広い寛大なメスたちである事か。

たてがみの美しいイケメンオスはメスに特に交尾をせがまれると言う。せがまれる⁈何の邪気もなく純粋に美しい者に魅かれるメスの美意識は神々しい。

しかも獲物狩りに出かけるのはメスたちと言うから驚く。キリン、シマウマ、イノシシ等を追いかけ、大草原を物凄いスピードで疾走するその姿はほれぼれする。獲物の近くまで来ると、他のメスたちと取り囲み深く静かに詰め寄り、いきなりわっと喉笛にかみつき息の根を止める。

後に控えていたオスは獲物が捕まるとのそりと動き出し横取りに行く。獲物が大きければ仲間の所まで引きずって行く。待っていた仲間はいっせいにその肉を貪り食う。大勢のライオンが牙をむき出し口を血だらけにして、頭を振り振り野生の生肉を食い荒らすその姿は、さぞグロテスクで陰惨な光景だろう。

控えめな若いライオンや幼獣はおこぼれに預かれない。特に幼獣は何が起きてるかも知らず他の場所に置き去りにされたりで、餓死の確率は高いと言う。一番分け前が多いのは何といってもオスライオンだ。

オスが狩りに行かないのは、たてがみが邪魔して早く走れず目立ちやすく、狩りの最中興奮し過ぎて敵に逃げられるからと言う。オスライオンも可愛らしい所がある。それに彼らは人間を襲わない。それこそが百獣の王が見せる風格のある知的な選択だ。

メスに暴力を振るわれるオスもいる。怒ったメスの顔には独特の凄みがある。メスもツボは心得ている。怒るメス側の理由は何か?昼寝の邪魔された、お尻を舐められすぎたの説もあるが定かではない。他のメスに入れあげすぎたと言う索引はない。

オスの役目は縄張りを守る事。敵を寄せ付けず家族を守る。やり方は吠えたり尿をまきちらしたり、猫のようだ。襲って来た敵に負けるとすぐに殺され幼獣も殺される。敵の子供はいらない自分のを作る、これも実に現実的な本能のなせる技だ。

ここでも赤ちゃんライオンは悲惨な目に合う。赤ん坊の癖に妙に老成した顔をしているのも、彼らがいずれ来る危険な未来を見据えているからだろう。大人になるまで生き延びる彼らの確率は、実に20%くらいだと言う。

二才位になれば若いライオンは群れから自立しなければならない。グズグズしてたらオスライオンに殺される。ひきこもりの無職人間が親に殺されるように。自立しても他の群れに入れず路頭に迷うものもいる。ライオンの生活もカッコいいばかりではないようだ。

もう一つ好きな動画は熊動画。

大きなお尻をもこもこ動かし歩く母熊の後から、チョコチョコついてくる数匹の子熊、それだけでも可愛いのに母親があたりの様子を窺うため二本足で立つと子熊も真似する。これがまた可愛い。

熊はライオンより身近に感じる。森の中から出て来た熊の親子が、人家の庭に入り込みプールやハンモックで遊ぶ、終わるとまた柵を越え帰って行く後姿がほほえましい。

ポーチの窓ガラスから中を覗き込み、部屋に入り冷蔵庫を開け食い物を物色する熊もいる。だが部屋は荒らさない。その辺は人間の強盗よりも行儀がいい。

小さな滝や清流にやって来て魚を捕る母熊は、魚が捕れると子熊が待つ岸まで持って行き口と手で器用に裂き子たちに分け与える。熊の魚取りは秀逸で、水の中で飛び跳ねるサーモンを口や手で瞬時にキャッチする、その姿を生で見れたら本望だ。

二匹の大きな熊の喧嘩と言う動画、よく見ると一匹は母熊でもう一匹はその大きな息子。いつまでも乳離れをしない息子を母熊が力ずくで諭している。なんとも哀切に満ちたやるせない動画だった。

最後に全米が泣いたと言う動画を一つ。ロシアのドローンで撮ったもので、大雪におおわれた急傾斜の長い崖を母熊と一匹の小さな子熊が登って行く。母親はなんなく登りおおせたが子熊は何ども何度も下まで滑り落ち、それでも小さな四つ足を踏ん張り頑張る。

ドローン撮影のため彼らの姿はとても小さくぼやけて見える。それがまた哀愁を誘う。どうにかこうにか頂上にたどり着くと、一息もつかず待っていた母親と次の場所へピョンピョンと走って行く。

子熊が何度も滑り落ちたのは、ドローンの飛行音に怯えていたからだと言う視聴者たち、虐待だと。だが私は虐待とは思わない。ドローン撮影者がいなかったらこの感動的なシーンは見れなかった。

私は動物の虐待動画は決して見ない。

すでに晩夏の季節

すでに晩夏の季節だが、日本では酷暑が続き熱中症で死人が出ている。カリフォルニアも昼間はやたら暑い。おまけに各所で山火事が猛威を振るい、その煙で空気がよどみカラッと晴れ上がらない。何となく嫌な晴れ方だ。

この妙な暑さを吹き飛ばすために、何か怖い話はないか。昔、日本では夏になると怖い話が喜ばれた。そう、背筋がぞっとするような怖い話が。怖い話となると幽霊を思いつくが、幽霊は実際存在するらしい。

2011年の東日本大震災の後、地域で幽霊を乗せたと言うタクシーの運転手さんが少なからずいたそうだ。「怖くなかったですか?」と言う質問に「ぜんぜん、みんな優しい感じで静かに座っていたよ。ただ料金を貰おうと後ろを振り向くと誰もいないんだよ」

東京に住んでいた大学三年の夏、友人と四人で他県の田舎町へ泊りがけで小旅行に出かけた。ある晩、畳の上に敷いたそれぞれの布団に座り、順番に過去に体験した怖い話をする事になった。口下手な私は「どんな話をしようか」と気もそぞろでいると、二番目の人が話し始めた。

彼女は交通事故で無くしたと言う左手の肘から先に義手をつけていた。真夏でも薄いカーディガンを着て隠し、それでも手首から先は義手が同じ形をしていつもそこにあった。遠目には解らないが、近くで見ると生白い蝋のようで私は気味が悪かった。それに片手だけではシャンプーもままならないのだろう、いつも髪がジトッと濡れ微かに匂った。

だがそれを覆い隠す性格の良さ、崇高な人間性で人に好かれていた。ひねくれ者の私はどうしても馴染めなかったのだが。ハルミと言うその友人がした怖い話。

ある夏の午後、ハルミは下宿先の部屋で急に気分が悪くなった。胃の下を錐か何かで刺される、刺されてねじ回されるような痛烈な痛みで、それでも何とかタクシーを呼んだ「ここから一番近い病院へ行ってください」息も絶え絶えに言うと「病院ですかー」と不満げに言う。

着いた先は実に古びた建物で、玄関ドアの横に下げた雨染みの木製カンバンに、『砂川病院』と書いてある。どう見ても廃墟一歩手前の劣化した木造建築にどんな医者がいるのだろうと、半信半疑で待っていた。

数分立つと、痩せた白衣の老人が出て来て「うちは保険は扱わないからね」とずり落ちた眼鏡の奥の目でじっと彼女を見た。診察はすぐに終わり痛み止めと言い白い錠剤を1粒くれた。「これはすぐ効く薬だ。10分で痛みが止まらなかったら3日程入院だね」と言う。

しばらくすると痛みはかなり治まったが動くと痛い、あの猛烈な痛みがまたぶり返すかと心配で入院する事にした。看護婦、いやまかない婦と言う感じの初老の女が、病室は二階だと案内した。階段はガタピシで急な傾斜だったが、老女はスイスイと登った。

簡素な病室はだが掃除が行き届いていた。鉄製ベッドが置かれパリッと真っ白のシーツが掛けてある。患者用の寝間着に着替えベッドの上で天井を見ていると、「夕食だよ」と先ほどの女がお盆にのせた料理をベッドの上に置いて「用がある時はこのベルを押してね」とヘッドボードにくくり付けてある魚の目玉のようなベルを指さした。

仮眠をしたのに違いない、目覚めると気分が良かった。薄暗い部屋の外が何やら騒がしい。窓から見下ろすと隣近所が集まる小広場と言った空間があり、子供たちが縄跳びをしたり石けりをして遊んでいる。乳母車に赤ん坊を乗せた祖母らしき人がそれを見ている。外灯がともり夕間暮れのそれは幸せな下町の路地裏風景だった。

ほのぼのとなり見惚れていると、広場の隅の電柱の下に浴衣姿の駒下駄の男がいて、じっつとこちらを見ているのに気づいた。電灯のかさは広場に向いているから、男の顏は暗くて見えない。気味が悪く目をそらし、また視線を戻すと向こうはまだこちらを見ている。

あくる日医者は病室に来て「血液検査をする」と言い血を多量に抜き取った。「今日退院できますか」と言うと「ダメだよ、病気の原因が分かるまで精密検査やら何やらする事がある」糞真面目に医者はそう言い去って行った。

ハルミは「保険はきかないから長く居ればそれだけ料金が高くなると思ったけど、体がひどくだるかったの」と左手の義手を右肩に置いて目をつぶった。その時私は、彼女のすぐ前に白衣の医者の薄い影を見たような気がした。

医者の言いなりに退院を延ばした理由は、病室の居心地の良さ、窓から見る夕暮れの下町風景の面白さにあった。しかも気になる浴衣の男はいつも電柱の下でこちらを見ている。その姿が妙に郷愁に満ちていると思った時、ハルミは気色が悪くなったと言った。

結局3泊4日もいて今日が退院と言うその朝、ハルミは医者が浴衣姿で出てくるのではと気がかりだったが、そんな事もなく無事退院、その後は体の調子がすこぶる良くなったそうだ。

「今思ったんだけど」と、ハルミと一番仲の良い京子と言う友人が「その男の人、案外その病室で亡くなった人の幽霊だったんじゃないの」淡々と言った。「幽霊が出てくるのは必ず理由があると言うわ。むかし自分がいた病室に居るあなたに親しみを覚えたのかも知れない」

雰囲気が妙にしんとなった時、ハルミがその後その病院のそばには一度も行った事がないと言った。

例えば少女時代に失くした大切な雑誌

例えば少女時代に失くした大切な雑誌を異国の道端で発見した、それも長い年月の後に、と言う経験をした人がいるだろうか。私がしたそんな経験を話したいと思う。

その青い家はやはりブルーカラーの海のそばにあった。徒歩で二分も歩けば太平洋が見える場所、潮騒が聞こえる場所である。その界隈のスペイン風の雑貨屋での買い物の帰り道、私は見つけた、失くした雑誌を。

青い家には白い玄関ドアがつき、やはり白い窓枠で囲まれた大きな一枚ガラスの二階の窓からは、天井にぶらさがった小さなシャンデリアが見えた。その隣の西に向かった、つまり海に向かったバルコニーには、白いハンモックがかかっている。

海辺の家のバルコニーにはハンモックがかかっている事が多い。ハンモックに揺られて海を眺めると言う趣向なのだろう。だがこの家の魅力はそのためだけではなかった。家の外観が何十年も昔の小学初期に見た、漫画雑誌のひとこまに酷似していたのである。

漫画の内容は幼い少女が生き別れの実の母親をさがしに、一人旅に出ると言うものだった。バックパックを背負い、写真を手がかりに母親が住むと言う青い家をさがしに。そして少女は左手に握った写真とそっくりの家を最終回で見つける。天井にシャンデリア、バルコニーにハンモックの、洒落た窓のある青い家を。

少女の父親はどこにいるのか、祖父母はいるのか、いるならばなぜ彼らは少女を一人旅に出したのか、学校には行かなくて良いのかと言う疑問は解けない。なぜならその辺の記憶はすべて私の頭からすっかり葬り去られているから。

今から役40年ほど前に『母をたずねて三千里』と言う日本アニメが人気だった。幼い少年“マルコ”が、アルゼンチンに出稼ぎに行ったきり便りの途絶えた母を探しに、イタリアからアルゼンチンに一人旅すると言う内容である。原作は1889年にイタリアの作家が書いた『クオーレ』と言う小説の中の短編的小説だったそうだ。

要するに行方不明の母あるいは父を、幼い少年少女が一人(なぜかいつも一人)探し旅に出ると言う内容は、古今東西、過去現在を問わず人の心を激しく揺さぶるものらしい。

さて母親の住む青い家をやっと探しあぐねた少女は、はやる心を押さえ玄関のベルを鳴らす。するとこの家の主人らしき男性、その後ろに赤ん坊を抱いた妻らしき女性が立っている。少女はときめきを押さえきれず「ママー‼ママー!」と顔を輝かせ叫ぶ。

すると赤ん坊を抱いた女性はひきつる顔で「私の子供はこの赤ちゃんだけよ」と冷たく突き放す。悄然と少女は青い家を後にする。母が住むと言う家の写真をどうやって手に入れたか、その辺の記憶もないので話は曖昧になって来る。確か継母の元に帰り強く抱きつき「私のママはあなただけよ」と言ったような気がする。

だが私には三千里もかけて探したいような行方不明の母親はいない。事実彼女は安穏の内にすでに死亡している。なのに漫画の中の青い家に痛く感動し脳裏に刻み、それを探し続ける老年の私。

つまり青い家の中の母親は私がたどり着きたい私の真の魂ではないかと思う。常に抱える心の渇き、魂の叫びを癒したいと言う気持ちをなだめるために、私は私の青い家を探し続けてきたのだ。

だが少女のように玄関のベルを鳴らす訳にもいかない。そんな事をすれば不審者として追報される。やたらとあたりを徘徊すればまぎれもなくストーカーだ。だがせめてどんな人が住んでいるのか知りたい。

そんなチャンスが訪れた。三か月に一度の健康診断を受けるために訪れたクリニックの帰り道、何となく回り道をして青い家のそばを通った。するとサーフボードを小脇に抱えたウエットスーツの若い男性が3人、家から出て来て小走りに海に向かって行った。多分彼らはこの家で共同生活をしているのだろう。車を止めしばらく彼らを見送った。

やがて記憶の遠い彼方から、別の思い出がよみがえった。やはり約40年前に見た『Big Wednesday』と言う映画である。アメリカの西海岸に住む3人のサーファーとそのグループは毎晩痛飲、ケンカのパーティに明け暮れながら、水曜日にやって来ると言う世界最大の波『ビッグ ウエンズデー』に挑むことを夢見ている。

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やがてベトナム戦争が始まり仲間の誰もが巧みに徴兵を逃れようとするが、3人のうち一人だけが志願して戦争に行く。3年後彼が帰還すると、サーファー達の中には、結婚した者、引っ越した者、戦死した者がいて、彼らの人生もそれぞれに様変わりしていた。奔放に過ごした彼等の青春の終わりである。

やがて6年後、遂に『Big Wednesday』がやって来る。青春に終止符を打った三人は、やがて来る未来に向かって挑むかのようにサーフボードに乗って大波に向って行く。

あらすじのすべてがウィキペディアの受け売りだが、この映画にとてつもない衝撃を受けた事を覚えている。アメリカの若者はこうして青春してるのだと言う覚醒の感があった。第一田舎者の私は、サーファーなどと言う人種がいる事さえ知らなかった。その頃のアメリカの西海岸の情報などあまりなかったし、すべてにうとい私は、あっても優に見逃していたのだ。

結論、私の青い家には『Big Wednesday』の三人の若者が住んでいた。

Rincon Point in Santa Barbara County