真昼のように明るい月の光に照らされ、床一面に張り巡らされたメキシコタイルの絵柄が、一枚一枚はっきりとここから見える。
私は庭の隅にある大きなアボカドの木に登って、その模様を楽しんでいた。アボカドはかなり熟しているらしく、枝を揺らせばぼたりぼたりと実は地面に落ちる。だから私は息をひそめて身動きもしない。
すると同じタイル造りの四角い柱の影から一人のメキシコ女がさっと出て来て、そばにあった大きな壺の傘立てから傘を取り出し床に置いた。次に女は壺の中に手を入れがさがさと中をさぐり始めた。
やっと目当ての物を探り当て、取り出した布製の袋の中身を月光にかざし、うんとうなずきまた袋をもとに戻した。中身はへそくりだったのだ。
その時、庭の大きなアジサイの花株の横から6才位の男の子が姿を現し、走って来て「かあちゃん」と女の背中に抱きついた。すると女は立ち上がり幼い息子の頬に往復ビンタを喰らわせ「バカだよお前は、誘拐されるなんて、どんなに心配したかしれやしない!!」とまたもやビンタを喰らわせた。
息子は泣き出し「かあちゃん、かあちゃん」とさらに背中にしがみついた。
やがて女は息子の手を引きパティオを出て建物のまわりを歩き、反対側の庭の隅にある堅牢だが小さな自分の家に入って行った。この女が邸の主人の運転手の女房だと私の中では理解できていて、次に私は小賢しい猿のようにするすると木から降りて彼らの後をつけた。
半開きのドアから家の中に入ると、ドアのそばのテーブルで女の亭主と彼の知人らしき男がカードゲームに興じていた。私は亭主の隣にすわり、目の前にあったバーベキュー味のポテトチップスを一つつまんだ。亭主がじろりと私を見た。
斜め向こうの壁に聖母マリアの木製像が釘で打ち付けてある。白いドレスに赤い腰ひもをつけ薄青のベールを被ったそのマリアは、とてもやつれた女に見える。その下の祭壇らしき台には、赤に金糸の入った布がかけられその上にアボカドが二つのっている。
さっきの女が庭で拾ったアボカドを供え物にしたのだろう。私はこの女の横着で怠惰な信仰心を蔑んだ。女も息子もこの部屋にはいない。ベッドルームで息子はまたお説教をくらっているのだろう。
亭主がやたらジロジロ私を見るので外に出て、今度は建物の反対側を回って先ほどのパティオに来た。ここはアボカド木のある庭の反対側、右手は切り立った高い崖になっている。下を見るとめまいがし真っ逆さまにそのまま転落しそうだ。
ふと見るとこの邸の主人らしき男がパティオの中央で運転手と話をしている。ロバート デニーロ風の主人はハデなローブを着て葉巻を吸い、その葉巻をつまんだ右手の小指に大きな指輪がはめられ、その指輪の模様が分かる程月の光は明るい。
「お前、馬鹿か、なんで俺がお前の息子を誘拐するんだ!何の得にもなりやしない!それよりお前は俺に5000ドルの借金してるだろうが!!!」と、葉巻を持った手を運転手の前でぐるぐると回した。
「女房が聞いて見ろと言うんで、、、、」運転手が怯えながら言うと「お前、馬鹿か!お前の女房は俺より偉いんかっ!!!」主人が彼の額をどづいた。
運転手はその後恐怖で一言も発せず、ただ私より後に家を出た彼が私より先にここにいると言う不思議にこの私は無頓着である。その時主人が凄い顔で私をじろりと見たので、私は走って逃げ出した。
その時パティオの隅の汚れた寝椅子に、ピストルが一つ置き忘れてあった。まさかの時のためにそれをポケットに入れたが、拳銃の使用法など知らない事を思い出し後で捨てた。
やがて気づくと次の瞬間、私はニューヨークのある汚い路地裏の行き止まりに来ていた。そこにはゴミがあふれ出したダムスターが5,6個置き去りにされ、波のうねりのように高く低く折り重なったホームレスの群れがこちらを威嚇するようだった。
生きているのか死んでいるのか、彼らは食いすぎて太った灰色の羊の様に身動きもしない。
ふと見ると行き止まりになった壁のすぐ前で、一人のホームレスが体を起こしじっとこちらを見つめていた。その赤黒い顔も月の光に照らされありありと見える。
私は怖くなりまた全速力で走りだした。20階だての高層ビルの屋上の端っこを、下を見ればめまいで落っこちそうな危険な場所を、全速力で駆け抜けるのだ。昔からかけっこは苦手なのに、なぜこんなに走るのか、いや走らされるのか?
だがこんな事はいつまでやってられないと考えが湧き普通に歩き出すと、目の前に昔見たサウンド オブ ミュージックの映画ポスターのような景色が広がった。
胸のすくような美しく壮大な大草原、私は思わず両手を広げクルリクルリと体を回転させた。すると急にめまいと疲れが押し寄せ、そのまま両膝をつき草の上にくずおれた。
するとどこからか子供たちの歌うドレミの歌が聞こえて来た。私も子供たちのように歌を口ずさみながら、体を海老のようにいや猫のように丸めてそのまま眠りに落ちた。
だが次の瞬間私はまた目を見開き朦朧とした頭の中で、自宅のベッドの上のブランケットにくるまっている自分を発見した。