ベラはベラと言う自分の名をとても気に入っていた

新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。

今回もまた、投稿がすっかり遅くなってしまいました。お詫び申し上げます。高齢が進むと常に身も心も倦怠感に包まれ、すべてを先延ばしにしてしまう悪い癖がつきました。ですが今年は身を引き締め、また新しい気持ちで日々暮らして行きたいと思っています。皆様もどうぞ健やかにお過ごしください。今年初めての物語を投稿します。

ベラはベラと言う自分の名をとても気に入っていた。

ベラ、ベラ,バラ、薔薇、そうだ あの豪華で華やかな薔薇の響きを思わせる名前ではないか。これは亡くなった母がつけた名だと、父が教えてくれた。

母はベラが産まれた同じベッドで、何日もぐずぐずして起きなかった。要するに産後の肥立ちが悪かったのだ。どうにか退院したが出血が止まらず、2週間後に自宅でなくなった。

その母が死期は数日後に迫っていると医者に言われた時、父の耳元に囁いたそうだ。「この子の名前はベラにして。お願いよ」父は思わず大きくうなずいた。

ベラが6才の時、近所のおばあさんがベラに話した。「ばあちゃんの妹は4才の時、火事に焼かれて死んだんよ。その頃は野焼きと言って春先になると、この辺の狭い畑や周りのノッパラ(野原)の枯草を、マッチで火を付けて燃やした。その火が最初はチョロチョロ燃えていたんが、風が出て来て大火事になってしもうた」

火の周りで二人がはしゃいでいると、そのうち火が妹の服に燃え移り、妹はあまりの熱さに、泣きながらそこら中を転げ回った。「どうして大人は助けなかったの?」ベラが聞くと「小さな子供がわめきながらあちこち飛び跳ねているから、大人は手をこまねいているだけだった。それにあたりに沢山人がいる訳じゃないからね」

老婆はながながとその話をした訳ではなく静かな横顔を見せながら、それはどこか詩的な話し方で趣味の良い言葉の羅列を思わせた。

ベラが帰る時老婆はびん詰にした甘くとろとろに煮た金柑をくれた。彼女は近所で有名な金柑の砂糖煮の名人だった。その晩ベラは、大きな赤い炎に包まれた自分が、無我夢中で火の中から逃げ出そうとする夢を見た。目が覚めた時、汗びっしょりで体がとても熱く、なのに少しのやけどもない自分の体が不思議だった。

柔らかくゆらゆらと揺らめく美しい赤い炎がベラをまた魅了したのは、彼女が小学二年生の時である。校庭で友達と遊び過ぎて薄暗くなって一人帰宅していると、ベラはある人家の庭の花畑が燃えているのを目にした。

竹垣で囲まれた小さな庭のその竹垣の根元から、ちらちら炎があがりそれがカラカラに乾いた竹に燃え移ったのだ。ベラは胸騒ぎを感じ、「このままにしていたらこの家は全焼する」と思い、その家の中にはいり「玄関の横の竹垣が燃えています」と家族に警告をした。

数日してその家の主婦がお礼を言いに来た。「あなたの娘さんのおかげで家が焼けずに済みました」と何度も頭を下げたそうだ。

母にそれを告げられた時、ベラは垣根に咲いていた見事なバラの花を思い出した。大輪の真紅のバラが、何本もの真紅のバラが、狂ったように赤い火の中で身もだえていた。生の花は燃えてはいず、ただ身もだえているだけだった。

その時バラをいじめるように怪しげに揺らめいていた赤い炎の姿は、ベラの網膜に焼き付き良くも悪くもその後の彼女の暮らしの中で思い出したように、唐突に彼女を突き動かした。

それから十年程たってベラが高校生になった時、彼女はアメリカのカリフォルニア州のマリブあたりに大きな山火事があった事を、日本のテレビのニュースで知った。火事で燃えている山の映像をアナウンサーは指示棒で示しながら「過去最最大の山火事だそうです」と無表情に伝えた。

なだらかな丘陵を燃やす赤い火は、まるで爆発した活火山のてっぺんから流れ出した真っ赤な溶岩のように見え、何日も続いた。テレビのアナウンサーはその映像を棒で指しながら「まだ燃えてます」と無表情に伝えた。それはいかにも対岸の火事であると言う風だった。

「僕の父は消防士だった」一緒にテレビを見ていた父が唐突に言った。無口な彼はいつも出し抜けに、思いや考えを言い放つ。いかにも今までずっと考えていたと言う風に。「知ってる、父さんが昔言ったわ。火事に巻き込まれて亡くなったのよね」

ベラの父親はアメリカの高校を卒業するとすぐに、東京に住むベラの家を訪ねて来た。うどん屋を営むベラの祖父のもとで修業をするために。「僕の父さんはうどんが好物で、良くリトル東京の店に連れて行ってくれた。とてもおいしくて二人で良く行ったよ」

 

その店のオーナーがベラの祖父を紹介してくれた。「父のいないアメリカは僕にとって、つまらないものだった。彼はサーフィンの名手でもあったし、海にも良く彼と行ったよ。沢山の思い出がある父の死は僕の人生を変えた」

日本人と白人の混血だったベラの父親は、いつも日本とアメリカの狭間で宙ぶらりんの人生観に苦悩したと言った。そのためかどちらの人種でもないような、どこかミステリアスな性癖を持つようになった。彼は英語と日本語のバイリンガルでもあった。

彼はけじめを付けたかった。中途半端な暮らしから抜け出したかった。だから日本に移住するのに何の迷いもなかったと彼は言った。そこでまだ若いベラの母親に出会ったのだ。

父はベラが高校三年の夏に、彼女を連れてアメリカに旅行した。そこで昔、父が両親と暮らしたアパートの近くのホテルに滞在する事にした。

「娘の君に一度僕の産まれた国をみてほしいという気持ちはいつもあった」と父はホテルに着いたその日に言った。ベラは群青色の海の見えるベランダに父と二人立ち、以前テレビで見た通りの半島のような、陸地から海に突き出したマリブの島影を見つけ凝視した。

父がめずらしくベラの肩に手を置いた。彼はいつも胸の中で静かに燃えているベラへの愛を、表に出す事はほとんどなかった。抱きしめると言う事もほとんどなく、アメリカ人が日常茶飯事口にする家族間での“I  LOVE YOU‘’と言う言葉も使わない。

「ほんとの事を言えば、僕の父さんは火事に焼かれて死んだんじゃない。自殺をしたんだ、胸を拳銃でぶち抜いてね」ベラは思わず父を見上げた。父は続けた。

「カリフォルニアの山火事は必ずと言っていい程、毎年繰り返される。そこでは何人も死者が出て、家を焼かれてホームレスになる人もいる。彼はとても責任感の強い消防士でね、ある年の火事の終わりに、「燃えなくてもいい家が燃え死ななくてもいい死者が出るのは、消防士としての自分の責任だと言ってね、死にたいと言い出した」

『そんなバカな事を思ってはいけない。あなた以外の消防士は他に何人もいる。みんなの力を合わせたけどそれが及ばなかっただけだ』周りの人間たちはそう言ったけど。父は聞かなかった。毎年続く山火事の被害に彼はうつ病を患ってもいた。バランティアの消防士でもあった彼は、自分の力が足りなかったとより強く我が身を責めたのかも知れない。

ベラはあふれる涙をどうする事もできなかった。その時だった。群青色の海に浮かぶ島影に、いつかテレビで見たあの流れ出る溶岩のような赤い炎を見たのは。涙の中でゆらゆらと揺れるその幻影に、ベラは祖父がむかし消しえなかった無念の火と、今、父の胸に燃える静かなベラへの愛の火を重ねて見ていた。

ベラの肩の上に置いた父の手のひらのぬくもりは、次第に熱くなりそれは彼女の心の中に静かに浸透して行くようだった。

林の中の細い下り坂

林の中の細い下り坂を降りる。伸びすぎた羊歯や熊笹が両脇の崖からせり出し、メイの裸の腕を引っ掻く。坂を下り切ると沼があり、いちめん背高い茶色い穂をつけたガマの畑が見える。メイは沼のそばの草の上に虫取り網をポンと放り投げ座り込んだ。

彼女はイライラしていた。夏休みの宿題の昆虫採集がなかなかうまく行かない。「出来るだけめずらしい虫を、少なくとも10匹は集めなさい」と先生は言った。だがめずらしい虫など集まらない。昆虫図鑑を見てみると珍しい虫はすべて外国に住んでいる。

菓子折りの空き箱で作った採集箱には黒いアゲハ蝶、蝉のヒグラシ、それから茶色いカブトムシが虫ピンで止めてあるだけだ。あと七匹捕まえなければならない。しかも新学期まであと5日しかない。どうしよう、メイは焦った。負けず嫌いの彼女は、どうせならクラス一番の採集をやりたい。

ふと正面を見ると穏やかな清流が流れ、平たい大きな石の上にカナさんが居る。この辺りで有名な気の狂った女の人だ。「カナさんはずーっと昔結婚して子供が出来たけど、赤ちゃんは死んで産まれたの。だから旦那さんに実家に戻されたのよ」そんな事を言った友達がいた。

「キチガイなのに病院に入らなくていいの?」メイが聞くと「お姉さんがいるから、彼女が世話をしてるのよ」と友達は言った。「でもお姉さんも少しおかしいけどね」と彼女は付け加えた。

カナさんには道で時々会う事もあったがいつもぶつぶつ一人言を言ってるだけで、大人しい人だった。いま目の前にいるカナさんは、しわくちゃの花柄ワンピースを着て、平たい大きな石の上にしゃがみ込みザルに入れた米を洗っている。

ザルの目が粗いらしく米は容赦なくザルからこぼれ落ちている。するとカナさんが急に泣き出した。それは聞いた事もないような恐ろしい泣き声で、暗い穴の底から絞り出すような哀しい響きに聞こえた。

メイは恐くなり草の上から立ち上がろうとしたが、腰が抜けたようになり立てない。するとカナさんが右手をぱっと川の中に入れ、また同じ速さで手を引き上げた。そして立ち上がるとメイの方に歩いて来る。どうやら帰るらしい。

メイのそばを通る時、右手の手のひらをぱっと開いて見せた。そこにはオレンジ色の小さな可愛いサワガニが、観念したようにじっと動かずにいた。「食べれるよ」彼女はそう言うと、メイがたった今降りて来た細い坂の方に歩き出した。

しばらく彼女の後姿を見送っているとカナさんはぱっとメイを振り返り、大きな赤い舌を出して見せた。それはとても‘大きな👅でメイはびっくりした。

メイはとても嫌な気持ちになり裸足で川に入った。大きな平たい石のそばの水の少ない場所に、サワガニがぞろぞろと横歩きをしていた。そのそばでつやつやと滑らかな黒い小石が、宝石のように光っている。

この清流は水源に近く上流に行くほど川幅が狭く浅くなり水も澄み、最後は洞窟になりそこの祠に神様が祭ってあると誰もが噂していた。だが誰も祠を、いや洞窟さえ見た者はいない。

人の気配を感じ見ると、木漏れ日が揺れる上流から、彼女が知っている上級生の女の子と男の子が裸足で川を歩いて来た。二人は脱いだ靴を片手に持ち大きな川石をよけるように歩き、男の子は黒い学生服を着ている。彼らは祭壇からクルリと回れ右をして、バージンロードを後戻りする新婚のカップルのように、かすかな戸惑いを見せメイを見た。

薄暗くなって家に帰ると母が、「夕食の手伝いをしてね」とキッチンから大声で言った。考えれば絵日記も一週間溜まっている。「夏休みの宿題がたまっているから、それをやらないといけない」メイが負けずに大声で答えた。すると「毎日少しずつやらないからダメなんだよ」とヒステリックに言う母の声が聞こえた。

かなり昔の頃

かなり昔の頃、私がまだ日本に住んでいた頃の話である。週刊誌でとても暗いニュースを読んだ事があった。ページの中ほどに大きな写真が掲載されていた。薄暗い夕暮れの空き地、あちらこちらにススキの穂株 が見え野草が生い茂ったうら寂しい場所、そこに置き去りにされた数個の古い冷蔵庫が写し出されている。使い物にならなくなった廃棄物である。

その冷蔵庫の中に幼い少年たちが閉じ込められ窒息死をしたと言うのである。彼らはかくれんぼをしていて冷蔵庫の中に入り、外に出られなくなって死んだと言うのだ。

痛ましい事故である。幼少の子達は格好の隠れ場所を見つけたと思い、喜び勇んで中に入ったに違いない。だが入って見れば中からドアが開かない。最初は何が起きたか分らず必死になり開けようとしたに違いない。だがびくともしないドアに次第に疲れ果て息絶えた。

空地に大きな廃棄物を捨て置くと言うのは当時良く行われた事らしく、特に冷蔵庫は修理が出来なくなれば、ハイお役目ごくろうさまとポイ捨てされたのだろう。子供たちが空地の冷蔵庫の中で死に絶える事故は多かったそうだ。冷蔵庫が中から開けられないと言う事は実は私にとっては斬新なニュースで、目からうろこの思いだった。開ける必要もないが。

現在動画などでネコや子犬が冷蔵庫の中で餌を物色してるような映像を見るが、あれで冷蔵庫のドアが閉まればどうなるのだろうとハラハラする。中には頭脳明晰な猫や犬もいて何とか脱出法を考えだすかも知れない。大声でギャーギャーと泣きわめくとか。

だがまず小動物は冷蔵庫のドアなど開ける事は出来ない。人間が開けてやるのだ。動画の映像では飼い主がそばにいてビデオを撮っている訳だから。だが近頃は動物もネット慣れして、動画の中ではなかなかたくみな技を見せてくれる。(やらせでなければ)

最近日本でビックニュースになっているのが、ある有名な音楽事務所の社長が少年愛者(英語ではPederastと言うらしい)で、スターになるのを夢見てやって来た少年たちを自分の家に泊め、夜な夜な彼らのベッドに入りこみいたずらをしたと言うのである。

そのいたずらの意味さえ知らない幼い少年たち(中には8,9,10才の子もいたと言う)驚愕として行為を拒絶する。すると社長はその子をつまはじきにして仕事を与えなかったと言う。バカバカしい。完全にそれがトラウマになった少年の中には、後に自殺をしたり不審死を遂げた子もいると言う。

だがその音楽事務所の社長は数年前にすでに死亡している。彼が生きていた頃も噂では囁かれていたが、メディアが隠蔽に徹したために世間で問題になる事はなかった。だが最近イギリスのBBC放送が暴露したために、やっと事実が日の目を見る事になった。

すると著名人やメディアまでもが「実はそうだった」「確かにそうだった」と言いはじめた。するとここぞとばかりにユーチュウバーが「何を今さら、保身だろう」と揚げ足を取る。すると外野がうるさくああでもない、こうでもないと言いはじめ矢をも手に立たされた音楽事務所は「虚偽の発言もある」と言い訳を始める。今やネットは大変な事態になっている。

冷蔵庫にとじ込められるのと性被害に会うのと、どちらがましだろうなどとは、口が裂けても言ってはならない。それは幼くして無知のままに将来を台無しにされた、幼い子供たちの清らかな魂を冒とくする事になるからだ、

私は5,6歳の頃、夏祭りを見に行くために母と二人、叔母の家に一泊した事があった。その夏祭りの夜に迷子になり大泣きをした事がある。なぜ泣いたかと言えばはっきり覚えていない。一人になった恐怖、寂しさではない。自分が迷子になった事さえ自覚していないのだから。単なる条件反射だと思う。

すると私の前にしゃがみ込み同じ視線の高さで私を見て、優しく話しかけてくれた若い男性がいた。たぶん「おうちはどこ?」「おかあさんはどこ?」とか聞いていたのかも知れない。数分後、私はその男性と叔母の家の玄関に立っていた。

「あっ!帰って来た、帰って来た!」細長い廊下の向こうの茶の間から、私に向って来た母の姿を覚えているような気もする。だがその前後の事は何も覚えていない。なぜ家にたどりついたかも分からない。ただ覚えているのは、あの時の男性の暖かい優しい雰囲気だけである。

思えばあの男性は、若いおまわりさんだったのだろうと今思う。

その頃はまだ、誘拐などと言う言葉を思いつくほど世間はすさんでいなかった。小さな田舎町だったからと言うのもある。だがその夏祭りの場所はその頃まだ有名な温泉町だった。近県からの観光客も来ていたに違いない。あの男性がもし良からぬ人物だったらと、今思い出してもぞっとする。

幼い頃の想い出は本当に大事なものだ。自分では気づかないままにその後の人格形成に影響して来る。幼い頃の思い出は誰にでも、春の日の暖かい陽ざしのようなものであってほしい。

今度あなたを

「今度あなたをこのあたりで有名なバラ屋敷に連れて行くわ」

新しい街に越して来るとすぐにそう言われた。言ったのはやはり新しい隣人のエリザベス、彼女はこの街のカントリークラブのメンバーだった。

バラ屋敷、なんとミステリアスで華やかな響きを持った言葉だろう。今もそうだが少女時代に憧れた言葉だ。私はバラ屋敷そのものを見た事は一度もない。さまざまな色と種類のあふれるようなバラの花達に囲まれた、白い邸宅を思い描くだけである。

リズは約束をうやむやにするタイプではない。それどころかすぐ実行に移す。その一週間後私とリズはバラ屋敷の女主人を訪問する事になった。彼女の名前はマーシャ。リズの計画としては、二人がメンバーであるカントリークラブで私を含めた3人でランチを食べ、その後マーシャの家に行くと言う計画だった。

だが「そんなにバラが見たいのなら私の庭でランチはいかが?」と、バラ園の持ち主が言うのでそうする事にした。

白い木柵に囲まれたバラ園のアーチ形の入口は、何かの蔓で造られ、華やかなバラの花がそれを覆っている。やはり私が想像していた通りの庭だった。大小さまざまの種類のバラはふっくらと息づき、それぞれの色と匂いを振りまいている。大輪のバラは神々しく空を仰ぎ、小さなバラ達はルルとハミングして微風に花びらをそよがせている。

私は願い事が完全にかなった時の茫然自失に近い状態で庭をゆっくりと見回した。すると女主人が言った。「ランチはピザでいい?」「いいわよ」リズが即座に答えた。庭を一回りした後、私達は園の中ほどにある白いテーブルに座った。

すると背低いだが恰幅のいい男性がパティオのガラスドアを開け「やあ、いらっしゃい。」とほほ笑みながらこちらに歩いて来た。すると女主人は「あらこれから出かけるの?」と聞く。彼は「ああ、ちょっと必要な書類を忘れたんだ。じゃお二人ともどうぞごゆっくり」彼は軽く会釈するとガラージに入った。すぐにエンジンを掛ける音がした。

この男性はあるホテルのジェネラルマネージャーだとリズから聞いていたが、彼が去った後私は、聡明で鷹揚な男性だけが放つ力強い優しさの余韻のようなものを感じた。

ピザ屋の配達人が片手にピザケースをささげアーチ形の入口を入って来た時、私は急に現実に引き戻された。トッピングの多い贅沢なピザとロゼワイン、そしてバラの強い息吹で私達は満たされた。しばらくしてとても幸せな気持ちでリズと私はバラ屋敷を後にした。

「あのご主人、今大変なのよ」帰りの車の中でリズが静かに言った。「彼のホテルの経営が思わしくないの。ホテルに何かあればすべての責任はGMに罹って来るからね。彼の手腕が悪いとは言いたくないけど、左遷させられるかも知れないってマーシャが言ってたわ」 

「マーシャは働いているの?」私が聞いた。「ええ、週二回ある自閉症の男の子の家庭教師をしているわ」「うまく行っているの?」私の問いにリズは「ええ、やりがいがあるって言ってた」私が無言でいるとリズは「仕事はぜったいやめたくないと言ってたわ」彼女はハンドルを握ったまま強い口調で言った。

200年以上も前にこのあたりの大地主の屋敷だったと言うカントリークラブのクラブハウスは、古色蒼然としてだが堅牢、揺るぎない勝気な大昔の上流階級の老婦人、と言う佇まいである。改装とメンテナンスが程よく施され、その雰囲気がメンバーをその気にさせる。

その気にさせると言うのは、メンバーがレストラン席に座れば、200年以上も前の上流階級人の顔つきになると言う事である。

その顔つきの裏側で女性メンバーは噂話に花を咲かせる。むろん他のメンバーの噂話である。

「リズのご主人がとうとうメキシコに行くらしいわ」クリスマスパーティでクジャクの羽の扇子を使い失笑を買った女性が言った。彼女はキリンに似た風貌で首がやたら長い。その女性の向かい側にいる子豚のようにふっくらした女性が「あら、あのホテル、メキシコにも支店があるの?」と言いすぐにマティニのグラスを口につけた。

クラブのダンスパーティで夫が他の女性と踊るともの凄いヤキモチを焼くと言う噂の女だ。

「あのホテル規模が大きくて、国内だけでも支店は3000店を下らないわ」私の隣にいたリズが言う。「メキシコと言ってもカンクンだから期待されているのよ」と彼女は付け加えた。

「それでマーシャも一緒に行くの?」とキリンが聞く。話が退屈になると目の前の人物が着飾った動物に見えて来る私の性癖。魂が体から抜け出しゆらゆらと天井あたりで浮遊し、上から奥様達の頭のてっぺんを見ている

「彼女は行きたくないって言ってた。子供がいるから」とリズ「子供と言っても、もう大人でしょ、18才と19才の大学生よ、しかも大学の寮に入っている」「それにマーシャはあの子供たちが養子だってひた隠しにしてるでしょ、愛情があまりないんじゃない」何か言いたくてうずうずしていたコアラによく似た女性が咳をしながら言った。マーシャがこの席にはいないから何とでも言える。

夏が来た。プール開きが発表され、大きな欅の木の下にあるプールに人々が集い始める。私もビーチタオル片手に座り心地の良さそうなデッキチェアを探している。すると入り口の付近で驚くような美男美女のカップルが、水着姿で隣同士に寝そべっている。

女性の方はバービードールのように素敵に腰のくびれた女で、男性はバービーの恋人ケンに似ている。いつかリズが教えてくれたマーシャの子供達、養子達だ。彼らは無表情に口も聞かず、マネキンのように、ただじっとプールの水面を見つめている。

私はマーシャがバラ作りに精を出す理由がこの頃分かり始めた。

「今度あなたをこのあたりで有名なバラ屋敷に連れて行くわ」

新しい街に越して来るとすぐにそう言われた。言ったのはやはり新しい隣人のエリザベス、彼女はこの街のカントリークラブのメンバーだった。

バラ屋敷、なんとミステリアスで華やかな響きを持った言葉だろう。今もそうだが少女時代に憧れた言葉だ。私はバラ屋敷そのものを見た事は一度もない。さまざまな色と種類のあふれるようなバラの花達に囲まれた、白い邸宅を思い描くだけである。

リズは約束をうやむやにするタイプではない。それどころかすぐ実行に移す。その一週間後私とリズはバラ屋敷の女主人を訪問する事になった。彼女の名前はマーシャ。リズの計画としては、二人がメンバーであるカントリークラブで私を含めた3人でランチを食べ、その後マーシャの家に行くと言う計画だった。

だが「そんなにバラが見たいのなら私の庭でランチはいかが?」と、バラ園の持ち主が言うのでそうする事にした。

白い木柵に囲まれたバラ園のアーチ形の入口は、何かの蔓で造られ、華やかなバラの花がそれを覆っている。やはり私が想像していた通りの庭だった。大小さまざまの種類のバラはふっくらと息づき、それぞれの色と匂いを振りまいている。大輪のバラは神々しく空を仰ぎ、小さなバラ達はルルとハミングして微風に花びらをそよがせている。

私は願い事が完全にかなった時の茫然自失に近い状態で庭をゆっくりと見回した。すると女主人が言った。「ランチはピザでいい?」「いいわよ」リズが即座に答えた。庭を一回りした後、私達は園の中ほどにある白いテーブルに座った。

すると背低いだが恰幅のいい男性がパティオのガラスドアを開け「やあ、いらっしゃい。」とほほ笑みながらこちらに歩いて来た。すると女主人は「あらこれから出かけるの?」と聞く。彼は「ああ、ちょっと必要な書類を忘れたんだ。じゃお二人ともどうぞごゆっくり」彼は軽く会釈するとガラージに入った。すぐにエンジンを掛ける音がした。

この男性はあるホテルのジェネラルマネージャーだとリズから聞いていたが、彼が去った後私は、聡明で鷹揚な男性だけが放つ力強い優しさの余韻のようなものを感じた。

ピザ屋の配達人が片手にピザケースをささげアーチ形の入口を入って来た時、私は急に現実に引き戻された。トッピングの多い贅沢なピザとロゼワイン、そしてバラの強い息吹で私達は満たされた。しばらくしてとても幸せな気持ちでリズと私はバラ屋敷を後にした。

「あのご主人、今大変なのよ」帰りの車の中でリズが静かに言った。「彼のホテルの経営が思わしくないの。ホテルに何かあればすべての責任はGMに罹って来るからね。彼の手腕が悪いとは言いたくないけど、左遷させられるかも知れないってマーシャが言ってたわ」 

「マーシャは働いているの?」私が聞いた。「ええ、週二回ある自閉症の男の子の家庭教師をしているわ」「うまく行っているの?」私の問いにリズは「ええ、やりがいがあるって言ってた」私が無言でいるとリズは「仕事はぜったいやめたくないと言ってたわ」彼女はハンドルを握ったまま強い口調で言った。

200年以上も前にこのあたりの大地主の屋敷だったと言うカントリークラブのクラブハウスは、古色蒼然としてだが堅牢、揺るぎない勝気な大昔の上流階級の老婦人、と言う佇まいである。改装とメンテナンスが程よく施され、その雰囲気がメンバーをその気にさせる。

その気にさせると言うのは、メンバーがレストラン席に座れば、200年以上も前の上流階級人の顔つきになると言う事である。

その顔つきの裏側で女性メンバーは噂話に花を咲かせる。むろん他のメンバーの噂話である。

「リズのご主人がとうとうメキシコに行くらしいわ」クリスマスパーティでクジャクの羽の扇子を使い失笑を買った女性が言った。彼女はキリンに似た風貌で首がやたら長い。その女性の向かい側にいる子豚のようにふっくらした女性が「あら、あのホテル、メキシコにも支店があるの?」と言いすぐにマティニのグラスを口につけた。

クラブのダンスパーティで夫が他の女性と踊るともの凄いヤキモチを焼くと言う噂の女だ。

「あのホテル規模が大きくて、国内だけでも支店は3000店を下らないわ」私の隣にいたリズが言う。「メキシコと言ってもカンクンだから期待されているのよ」と彼女は付け加えた。

「それでマーシャも一緒に行くの?」とキリンが聞く。話が退屈になると目の前の人物が着飾った動物に見えて来る私の性癖。魂が体から抜け出しゆらゆらと天井あたりで浮遊し、上から奥様達の頭のてっぺんを見ている

「彼女は行きたくないって言ってた。子供がいるから」とリズ「子供と言っても、もう大人でしょ、18才と19才の大学生よ、しかも大学の寮に入っている」「それにマーシャはあの子供たちが養子だってひた隠しにしてるでしょ、愛情があまりないんじゃない」何か言いたくてうずうずしていたコアラによく似た女性が咳をしながら言った。マーシャがこの席にはいないから何とでも言える。

夏が来た。プール開きが発表され、大きな欅の木の下にあるプールに人々が集い始める。私もビーチタオル片手に座り心地の良さそうなデッキチェアを探している。すると入り口の付近で驚くような美男美女のカップルが、水着姿で隣同士に寝そべっている。

女性の方はバービードールのように素敵に腰のくびれた女で、男性はバービーの恋人ケンに似ている。いつかリズが教えてくれたマーシャの子供達、養子達だ。彼らは無表情に口も聞かず、マネキンのように、ただじっとプールの水面を見つめている。

私はマーシャがバラ作りに精を出す理由がこの頃分かり始めた。

見知らぬ町

見知らぬ町を車で走っていたらすぐ右手の石畳の歩道を、若い女性がジョギングをしながら走り去って行った。彼女が歩を進める度に彼女のポニーテールが勢いよく横揺れする。そのインパクトの強さに私は釘付けになり、彼女が見えなくなるまで髪の揺れを見続けていた。

同じような事が前にもあった。街を車で走っていたら犬の激しい鳴き声が聞こえた。見ると、反対側の道を前から走って来る車の窓から犬が顔を出し、私にむかって吠えている.

私はその犬をじっと見つめた。すると彼はなおも吠え続け私から目を離さない。しばらくは犬と私のにらめっこが続いた。

もちろんどちらの時もドライバーは私ではない。よそ見をしながら運転したら事故に会う。

車の中から外の景色に見とれるのは昔からの私の癖である。学生の頃、東京から郷里に帰る汽車の中から見る窓外の景色には、特に思い入れが深かった。人気のない駅のベンチに少女と母親が横並びに座っている。彼らは横向きに見つめ合いながら、激しく口論している。

あるいは薄暗い本屋の中でおばあさんが、猫と一緒に店番をしている。そのおばあさんをじっと見る。むろん彼らは私とは縁もゆかりもない人で名前さえ知らない。そんな人達の一瞬の姿を見ながら私は彼らの人生を夢想する。彼らの夕食の献立を夢想する。

生きている間にたぶん、今日この時この瞬間が彼らに会えるたった一つチャンス、つまり一期一会なのだと思うと感傷的になる。バカバカしい事だが膨大な時間と場所の中で、この一瞬こそが彼らに出会うために神が選んだ一瞬なのだと、感慨にふけるお馬鹿な私である。

その時は必ず、あるシャンソンのフレーズが頭をよぎる。

 “人生は過ぎ行く 足音も立てず 人生は過ぎ行く 私を見捨てて”

いつ覚えたのかもはっきりしないシャンソンの訳詩の一節が、頭の隅にこびりつきときどき私を脅かす。題名は『La  vie  s’en  va』

このフレーズだけ聞くと、聞きようによってはどこか哲学的な抒情詩のようにも思える。深遠な人間の心の機微を歌うようにも思える。

 だが‟私を見捨てて“ このところで私はちょっとあわてる。まだまだ人生に未練があるのに見捨てられるなんて、と顔をしかめる。まだ行きたい観光地もある、見たい芝居もある、あの山にも登りたい、この川でも遊びたいと幼児のような欲望が次々と私を捕える。

だがこの歌は女性が(あるいは男性が)去って行く恋人に行かないでと懇願する‟愛の歌“である。いきなり冒頭から好きよ、好きよ、ジュテーム、ジュテームと言うセリフが出て来て、遅かったわね、なんでもっと早く来れなかったの、好きよ好きよ、どうせまたあの人の所に帰るんでしょ、好きよ好きよ、あなたが行くなら私はもう駄目🙅と言う脅しと縋りつきの激しいヤキモチの歌である。

これでは、素敵な別離を考え出方次第では再会もよしと考えていたかも知れない、相手の気持ちをみすみすうち砕き叶う恋も叶わなくなってしまうだろう。だがこれは60年以上も前の歌で、作ったシンガーソングライターはジョエル オルメスと言う男性ですでに亡くなっている。幼い頃にとても苦労した人だそうだ。だからこんな人生に縋りつくような詩が書けたのだろう。

それにしても若い頃ならまだしも、60、70を過ぎてこんな歌を聞くと、私は肌がむず痒くなり顔が赤らむ。それほど誰かに抱く恋愛感情と言うものが、もはや枯渇してしまっている。もう今は「忘れ物はないか?忘れ物はどこ行った?」そんな事ばかりが頭を巡る。恋の忘れ物ではない、物の忘れ物である。家の鍵、眼鏡、マスク等々。

話は変わるが、先に書いた、私がよく犬に吠えられると言う話。犬に吠えられると言うのは必ずしも、嫌われているからではないそうだ。犬が私に吠えるとそばにいた飼い主に「あなたの事が好きなのよ」と良く言われる。私に興味を持ってくれてるというのだ。

ある時2匹の大型犬にひどく吠えられた事がある。私はつばの広い麦わら帽子を被り、大きなサングラスをかけていた。そして他人の庭を一生懸命覗いていたのである。それでアヤシイ不審者だと犬は思ったのだろうか。

だが覗いた理由はその庭が懐かしかったからである。それより半年ほど前に、その家のオーナーが庭づくりに励んでいた時、散歩をしていた私は声を掛け立ち話をした事がある。石灯籠や日本のメープルツリー等があったので「日本の庭見たいですね」と言うと彼は「妻が日本人で彼女の希望通りにしてるんだ」と言った。

あれから半年が過ぎ庭は完成している。私は彼がいるなら挨拶したいと思い彼を探していたのだ。執拗に庭を見ていたら二匹の犬に吠えられた。二車線道路で割りに広い道の反対側の木柵に、犬がよじ登るようにして私に吠えている。

「ヘイ皆さん、アヤシイ女が人の家を覗き見してますよ、気を付けて、アヤシイ女がいます」と近隣の住民に大声で知らせているようだった。

私は足早にその場を離れ家路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポーチに立って外を見ていた

ポーチに立って外を見ていた。気持ちの良い朝だ。中庭の落葉樹も今は夏の光を受け、その緑葉の強い息吹が聞こえるようだ。私は手にしていたコーヒーを一口飲み、カップをそばのキャビネットに置いた。

その時だった。右手の建物の上から、頭が白く体は黒い大きな鳥が目の前を横切って行った。黄色いくちばしの先が下にまがっている。

私はびっくりしてその姿を見逃すまいと、目をこらし鳥を見つめている。鳥は巨大な黒い紙飛行機のように、別の建物の屋根と木々の梢に切り取られた薄青の空に、滑るように舞い上がりそのまま消えて行った。

「あれはハクトウワシだな」と私は思った。ハクトウワシ、英語名はBald Eagleと言う。そんな事をなぜ知っているかと言うと、毎朝見るニュース番組の冒頭で同じ種類の鳥が、とても高い木の上から下界を見下ろす画像を見ていたからだ。鳥のそばには巣の中の2個の卵が写し出され、ワシは卵の孵化にいそしんでいる事が解る。

毎朝写し出されるので視聴者は(と言うか私は)いつヒナが孵化するかと楽しみなのだ。ハクトウワシはアメリカの国鳥、その番組は卵を孵化するワシの映像で、少しでもアメリカ国民の心を揺さぶろうとしたのかも知れない。視聴率を稼ぐために。

だがいつまで経っても卵はかえらない、私はその番組を見るのをやめてしまった。そこへ突然現れた大ワシの飛翔、地上で生で見るハクトウワシの飛翔、私はワシが孵化を終わりそれを知らせるために、私に会いに来たのではと勝手に思ってしまった。

果てしない空の向こうに鳥の姿が消えると、私の真向かいの斜め上の2階のポーチから、やはり外を見ている女性に気づいた。最近越して来たと噂のある女性だ。私は手を上げた。朝の挨拶のつもりだった。だが彼女は無視した。

それから2週間程して買い物がてらにモールへ行きコーヒーショップに寄ると、奥の席に先日の女性がアイスコーヒーを飲んでいる。私が「こんにちは」と言うと彼女は何も言わずにっこりと笑った。

許可を得て彼女の前に座り「この前の大ワシにはびっくりしましたよね」と言うと彼女は首を傾げて「何の事?」と言った風に私を見た。「ほら、大きなワシがコンドの中庭を飛んで行ったでしょ、あなたもポーチに立っていたから見たと思ったけど」と言うとあーと言う風にうなずき「あれはワシではないわ、カラスよ大きなカラスよ」とにやりと笑った。

彼女はすらりとした黒人の女性でとても聡明な顔をしていた。近くのコミュニティカレッジで、英語の講師をしていると言った。私はずっと昔住んでいたアメリカ東部のコミュニティカレッジで、やはり英語の授業を受けた事を思い出しその事を話した。彼女は相づちを打ちながら興味深く聞いていた。

そして私が「英語のテストはとても簡単だった。試験のための問題集があり、先生はその中からテスト問題を選びしかもどのページかも明かしてくれる。生徒はただ後ページに載っている答を丸暗記すればいいだけだった。私はいつも100点満点を取った」と言うと彼女は薄ら笑った。

「そんな事は学校によって違うわ」と言うと立ち上がり店を出て行った。何となく人と面と向かって話すのが苦手、と言うか嫌なようだった。私は毎朝ポーチから中庭を見るのが習慣になっているが、その後はその女性を彼女のポーチで見かける事はなくなった。

そして彼女はやがてひっそりと引っ越して行った。噂話が結構好きな私は、うわさ話に口は突っ込まないが耳は突っ込む。その女性の18才の娘が人身事故で2年前に死亡し、それからご主人との折り合いが悪くなり離婚した。そして彼女はここに来たが落ち着けずまた別の街に越したのだと、隣人たちは話していた。

ある広大な牧場主のペットであるハリスホークと言うタカが、鳥小屋から逃げ出しそれがニュースになったのはそれからすぐだった。発見者には5000ドルと言う賞金が掛けられた。飼い主が撮影したと言う鳥の写真が数枚テレビの画面に映し出された。

それは私の中庭に来た鳥にとても良く似ていた。特に羽を広げた写真は良く似ていた。ワシもタカも同じ仲間で単に大きさが違うだけだと言う。

鳥の名前はシュガーでマイクロチップも埋め込まれている、幼鳥の時に飼い始めもう20年にもなると、飼い主が涙声で言うのがテレビで映し出された。

私は別に5000ドルが欲しい訳ではないがそれからは、庭にまたあの鳥がやって来ないかと心待ちにするようになった。同時に斜め向かいの二階にも目をやり、あの黒人女性が戻ってはいないかと、かすかに期待するようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

もはやネットの時代

もはやネットの時代、ありとあらゆる情報、動画が世界中から秒刻みの速さで発信されて来る。それは可愛い犬猫動画から魑魅魍魎の人間の生きざまを暴露したものまで、種々さまざまである。中には見てはいけないものを見てしまったと言うような、後ろめたさにかられるものもある。

私は犬猫動画が好きで良く見る。それも野良犬野良猫の動画。三本足のやせ細った母猫は腹を空かせて待つ3匹の子猫のために、大きな魚屋のショーケースのそばに飛び乗る。並べられた新鮮な魚には、なぜかケースの蓋がない。その中の大ぶりの魚を盗もうと手を出す。

するとそばにいた店員に追っ払われる。母猫は仕方なく家に帰る。家と言っても路上の隅の段ボールで、そこから子猫たちが喜び勇んで駆け寄って来る、すると母猫は、ぽとりと口にくわえたもの物を彼らの前に落とす。それは臭い内臓物のような物で食えた代物ではない。

母猫がじっと宙を見ているとその胸に子猫たちは顔を寄せる。「ママ、とにかくありがとう、私達のために餌探しに出かけてくれて」と。母猫はお返しに毛づくろいをしてやる。エサが無くても彼らは気にしない。明日と言う日がある。

父猫はメスが妊娠するとすぐどこかへ雲隠れする。この猫族の家族構成の仕組みは、母猫にとっては好都合である。父猫がオレもオレもと分け前をねだるなら母猫はたまったものではない。

これを人間の例に例えるなら、3人の幼い子供を持つ病弱の、仕事をクビになったシングルマザーの話。彼女は生活保護を申請するために役所へ行く。だが断られる。肩を落として帰宅し「ごめんね、母さんの力が足りなくてと」と言う。子供たちは母の苦労が分かるから何も言わない。

すると6才の長男が「大丈夫、僕が働くよ」と明るく言う。やれやれこれではどこかの国の浮かばれない母子家庭だ。

だが猫は生活保護を受給は出来ない。知人からちょっとした金を借りる事も出来ない。すべては自力だ、三本足の自力である。

アフリカの弱肉強食の世界に魅了される人はいるだろうか。私はアフリカの大将は百獣の王のライオンだと思っていた。だが動画ではバッファローやバイセンの群れに痛い目に会うライオンを見る。

彼らは一匹のライオンを角で宙に放り投げ、落ちて来るそれを別のバッファローが角でまたもや宙に放り投げる。それが永遠と続く。あれは痛いだろうな。やがて肉が程よくやわらかくなった所で彼らはライオンの首元に食らいつく。

二匹のライオンに襲われるバッファローもいる。襲われ足の骨を折られ立てないバッファローの尻のあたりに座り込み、ライオンは仕留めた獲物をちびりちびり小出しにして、スナック気分で味わう。その度にバッファローは悲愴な泣き声を上げる。もう一匹のライオンはその泣き声にびびりあたりをうろうろする。

巨大なバッファローの肉体、二匹では食べきれないだろう。後で仲間を呼んでくるのだろうか。

アフリカで死ぬの生きるのと生き馬の目を抜くような生活をしていた野生動物を、ある日突然人間は動物園に入れてしまう。大自然の中で躍動する動物を狭い檻に入れ見世物にする。これはけしからん事だと言う人がいる。

だが檻に入ればエサは自然と手に入るし日照りで喉の渇きを覚える事もない。動物たちも要領を覚えれば、人間との交流を楽しむ事さえ出来る。私だったら動物園に入りたいな。

少し前にヤラセの問題があった。子猫を線路につなぎ轟音とともに近づく列車、子猫に突き当たるその直前、間一髪と言う所で子猫を救出する。子猫には動画、ヤラセなどは分かっていない。猫は繊細な動物だ。ストレスになってもおかしくない。

このヤラセが問題になり動物救出動画はユーチューブで規制される事になった。だが疑り深い私は今でもあまり信用していない。川に溺れた犬、深い穴に落ちた猫を救出する動画は最初の部分で切ってしまう。

最近は路上で行き倒れになった犬、猫を拾い家に連れ帰りシャンプー、餌を与え獣医に見せアダプトすると言う動画が多い。そして飼い主になった投稿者が元気になった犬猫を抱き目いっぱいの笑顔を見せる。抱かれている犬猫も笑っている。これもヤラセではないか、あやしい。すべてとは言わないが。

だがこんな事をくどくど言う私は、すべては恐いもの見たさの高みの見物と言う事も分っている。遠い外国の路上で疥癬病にかかった野良犬を可哀そうだとは思うが、さて自分のポーチにそんな犬が現れたら追い払うかも知れない。いや獣医に連れて行くかもしれない。究極の人間の真の行動と言うのは土壇場にならなければ分からない。

では動画など見なければいい、その一語に尽きるだろう。だが恐いもの見たさはやめられない。人間は日々のんべんだらり、平々凡々に生きているとストレスを感じる、ピリッとした強いスパイスがほしくなる。

動画はそのための恰好の刺激剤だ。

 

オーケーこれで出発できるな

「オーケイ、これで出発できるな、何も忘れ物はないな!」父のタカシが大きな声を出した。「ないよ、忘れものなんか、何度も点検したじゃないか」息子のリョウがぼそりと言った。「じゃーかーさん、行って来るよ。」父が玄関からさらに大声を上げた。「行ってらっしゃーい」母の静かな声が家の中から聞こえた。

車は国道に出てみずみずしい新緑の下を走って行く。「やっぱり若葉の下を車で走るのは気分がいいな」ハンドルを握ったまま前を向いて父が言う。リョウは軽く肩をすくめた。

二週間ほど前だった。「おい、リョウ、今度の週末、一緒にキャンプに行かないか?」父に言われて「駄目だよオレ、テントの張り方なんて知らないもん」リョウが即座に答えた。

「ところがこのキャンプ場には貸しテントがある。それも折り畳み式の傘みたいに指一本で開閉できる奴だ。渓流もあり魚釣りもできる、それを焼くグリルもそろっている。なんでもありなんだ」父が言う。リョウはしぶしぶオーケーした。

時は9月初期、国立大を受ける受験生のリョウは、2月の試験に向けてだいたい心構えは出来た。と言うより今さらじたばたしてもと言う感じだ。だからここでキャンプと言うのもありかなと、内心こころ弾む。

キャンプ場に着くと家族連れが多くかなり賑わっている。夏休みも終わったが子供連れが多い。ここは近くに温泉や動物とのふれあい牧場などもあり、キャンプ場と言うより、テーマパークあるいは観光施設のようなものだ。

「ここは至れり尽くせりのキャンプ場なんだ、テントが嫌ならキャンピングカーで寝泊まりも出来る。そばに渓流もあるから魚釣りもできるし、それを焼くグリルなんかもそろっている。どうだ今から魚釣りに行かないか?」

そこまで一息に話すとじっとタカシはリョウを見た。「魚釣りなんてやった事もないし、、、」常にネガティブの返事しか出来ないリョウはそう言おうとして、じっと父を見た。常になく熱心に話す父の顔が気になる。

心にもやもやを抱えながらリョウは父の後について行った。確かな強い足取りで歩く父の後姿を、彼は上目づかいに見ていた。渓流はテントのすぐそばにある。釣り竿も釣った魚を入れるクーラーもすべて借りられる。

「俺は下流で釣るからお前は上流にしろ」父は勝手にそう言うとさっさと自分の位置を決め釣り糸を垂らした。そこからリョウは10メートルほど離れた所で釣り始める。釣り竿のセッティングなどは父に聞いた。

やがて父が大声を上げた。「おーい 釣れたぞー」リョウが父の方を見ると、彼は宙に放り上げた竿のリールをシャカリキになって巻き戻している。釣り糸の先でねずみ色の魚が飛び跳ねている。「これはニジマスだな」

タカシがそう言うとリョウが携帯を取り出し調べ始めた。「ヤマメじゃないの?ほらすごく似てるよ」と携帯の写真を見せた。「いや、これはニジマスだ、ヤマメはもっとでかい」タカシはもう一匹釣り、道の反対側にある魚洗い場に行き手際よくさばく。それを良く焼けたグリルに乗せた。

リョウは父の一連の行動を感心したように見ていたが、「こんな事どこで覚えたの?」と聞いた。「おやじだよ、小さい頃に良く魚釣りに連れて行ってくれた。親父は百姓で俺は田舎育ちの野暮な男だ」タカシは笑いながら言った。父の両親はリョウが小さい頃に亡くなり彼は会った事がない。

グリルで焼いたニジマスはとても美味しく、食後のピクニックテーブルで父はうまそうに煙草を吸っていたが、やがて思い切ったように話し出した。「リョウ、実はかあさんと別居しようと思うんだ」「えーっ!」と、リョウはのけぞる振りをした。こんな事は普段しないリョウである。彼は父ととても打ち解けた気持ちになっていた。

美しい自然の中で父と二人で魚釣り、バーベキューをする。生まれて初めての経験だった。

魚の身を奇麗に骨からはずし平らげた父が話し始めた。「リョウ、母さんは立派な実業家だ。一人で立ち上げた美容室をりっぱに成功させ、そこにブティックを併設した。それもうまく行っている。ほんとにやり手なんだ」ここで父はビールを一飲みした。

「だが俺は一生『髪結いの亭主』で終わりたくない」「かみゆいのていしゅ?」リョウが聞く。「美容院を経営する妻に食わせてもらう出来ない男の事だ、つまり俺の事」

タカシはある中堅どころの建設会社に勤務していたが、可もなく不可もなく平社員のまま今日まで来た。しかも会社は不況で閉鎖に追い込まれている。そこに来てのこの決断なのだろう。もう住む家も買ったと言った。

「千葉県にある200万円の古民家だ」「やすーい!」リョウはまたもやのけぞって見せる。「持ち主が高齢になり施設に移るそうだ、家もきちんとしてる」「生活費はどうするの?」「そこだよ、畑を耕し野菜を作る自給自足の生活をする、それが目的なんだから」ここで父は「何か甘いもんがほしいな。おい、あすこにソフトクリーム屋がある。ちょっと買って来い」とポケットから金を出そうとした。‘

「いいよオレ、金あるから」リョウは立ち上がりアイスクリーム屋の方に歩いて行った。

途中で一度父を振り返った。父は川の方を向いていたがその後ろ姿はどこか寂し気だった。

家に帰るとリョウはすぐ母に聞いた。父の話はほんとうかと。母はとても落ち着いていた。

「ほんとよ。父さん,今度こそ本気よ。あのひと不言実行だから。父さんはいつも言ってた、俺は情けない男だ、お前にばかり働かせて、俺は出来ない男だって」

キャンプから持ち帰ったタカシとリョウの洗濯物を中庭に干しながら、母は無表情で話した。その声はとても真摯に聞こえた。少なくともリョウには。「あなたは受験する一流国立大学の合格も担任の先生から太鼓判を押されてる。父さんはその事でまた自己嫌悪に陥ってるのよ、息子にも負けたと」リョウは我知らず頭をかいた。

「だから少し発破をかけてやった、じゃ自分ですべてやって見たらって、これが最後のチャンスよって。だからしばらく好きにさせて、どのくらい出来るか少し様子を見てみましょう」それから母は美容院に出かけた、予約が入っていると言いながら。

夜になり父親の部屋をリョウがそっと覗いて見ると、彼はコンピューターの前に座りインターネットで何かを検索していた。「今はネットの時代だ、何かフリーランスの仕事も探してみるよ」と言った父の言葉を思い出した。『自立するって言うのは案外本気なんだな』とリョウは思った。

ある日の夕夕暮れ

ある日の夕暮れ、歩き疲れた旅人がスペインの古い町にたどり着いた。すると地べたにゴザを敷いた露天商が何やら口上を述べている。

「さあさあ、寄って行きなよ見て行きな、ナポレオンのしゃれこうべがあるよ」と大声を上げている。旅人は疲れ果て、今すぐにでも地べたにしゃがみ込みたい程だったので、露天商の真ん前にあぐらをかき彼をじっと見つめた。

「ナポレオンのしゃれこうべにしてはやけに小さいじゃないか」旅人が言うと露天商は「これはナポレオンの子供の時のしゃれこうべでしてさー」と高をくくった。旅人は「ああそうか」とうなずいた。長旅の果てに疲労困憊し思考が鈍っていた旅人はあっさりとその話を信じた‘

これは有名なコントであちこちの小話集に出てくる。最近ではある有名な日本の作家が、モロッコかどこかでナポレオンの頭蓋骨を売っていたと言ったそうで、こんな時代になってもまだ懲りずにそんな事を言っているのかとおかしくなった。

普通にナポレオンと言うとナポレオン1世の事、だがナポレオンには2世3世4世といる。なかでもナポレオン2世は病弱で若死したと言うから、案外その人の頭では?と疑う事も出来る。この話はあやふやな時代設定で人を煙に巻く、意味不明なコントだ。

さてどこの馬の骨とも知れない人間の頭蓋骨など買う気になれない旅人は、立ち上がり前方に見える古いレンガ造りの壁を見た。壁は上部がアーチ形に曲がった赤黒い門で、その向こうに薄青の湾が広がっている。

旅人は門をくぐり抜け左右を見た。するとちょっと小奇麗な石畳の海岸通りに出る。湾岸は腰の高さまでのレンガ塀で仕切られ、曲がりくねった半円を描き入り江を守っている。旅人はその仕切りに腰かけると海ではなく、反対側の裏寂れた町並みを眺めた。カフェや居酒屋、ホテル、土産物屋が雑然と並んでいる。

彼はふとカフェの店先の小さな丸いテーブルに目を止めた。薄いピンクのテーブルクロスが可愛い小さなテーブル。そこに不思議な女が座っている。不思議と言うのはこんな場所にふさわしくない様子をしていると言う意味。

気品があるがどこか下品にも見え、頭が良さそうだが馬鹿にも見え、椅子に座った様子がとてつもなく郷愁をそそる。『昔どこかであった懐かしい女』と誰にでも思わせるそんな女である。旅人はいったん視線を湾の方に向けたがまた女に戻した。

すると女も旅人をゆっくりと見た。彼が微笑むと女も微笑む。旅人はゆっくりと彼女に近づき「この席は空いているのか?」と聞く。すると女がこくんと首を縦に振る。彼は彼女の前に座った。それからの二人の距離は急速に近まる。

「フランスのボルドーから来たんだ。君は?」男が聞く。ひとしきり話をしたが、喉がカラカラに乾いていた男が「何か飲む?何が良い?」と聞くと女が「シャドネー」と答えた。男はカフェの中に入り赤いシェリー酒が入った小さなグラスを二つ持って来た。

「シェリー酒しかないそうだ」「そうよ、この町は何もない小さな港町。この退屈な町で私は生まれ育った」女はそう言うと頬杖をつき湾を眺めた。「何もない町、俺もそれが理由でボルドーを出て来た」「ボルドーで何をしてたの?」「バーテンダー。親父がバーを経営している、そこの雇われ従業員だ」

「君は何をしてるの?」男が一番聞きたかった事を聞いた。「絵のモデルよ」女が無表情に言った。「夫は画家なんだけど、絵が売れないから絵画教室を開いているの、そこで私はモデルをやっているわ」

男が生真面目な顔で女をじっと見た。「あなたは?結婚してるの?」と女が聞く。「いや、だが婚約者は居る」「婚約者がいるのに一人で旅行?」『働き過ぎよ、少し休暇をとったら』と旅行を勧めたのは婚約者だった。だが男はその事は口にしなかった。

「今日は絵のモデルは休みなの?」男が聞くと「毎日やる訳じゃないから」と女は薄笑い、カフェから数軒先の雑貨屋を指さした。

「あの店先に太った女性が立ってこちらを見てるでしょ、あれは私の母親なの」と店先の女性に手を振った。「母は父が家出をしてからずっと一人で私を育ててくれた。今でこそ母の気前と度胸の良さで店も繁盛してるけど、始めた頃は大変でまだ小さかった私は、店に行くと邪魔だから家に帰れと怒られたわ」

「家と言っても店の二階だけどね」女は寂しい顔をした。その時男は故郷の婚約者をふっと思い出した。彼が5才の時彼の家はレストラン経営で羽振りが良かった。婚約者の家は家族経営の小さなブドウ園を開き、まだ小さかった婚約者は、家が忙しいと良く彼の家に遊びに来ていた。

年月を経るといつのまにかずっと離れず、自分のそばにいるその女性が愛しくなり婚約した。小さな田舎町で学校の同級生同士が結婚する、そんな感じだ。実際二人は古い町の古い時代を肩を寄せ合い生きて来た。

シェリー酒を飲み干した女が「あ、母が呼んでいるわ、もう行かなきゃ」と立ち上がった。見るとさっきの女性がこちらに手を振っている。「シェリーをごちそうさま。婚約者によろしくね」女はさっさと母親のいる雑貨屋に急いだ。

男がその後ろ姿に目を向けていると突然、飛んできた白いカモメが彼のそばに止まった。つんつんと嘴でレンガを突いている。あたりはすでに薄暗くまさに夕日が水平線に沈むところだった。その真っ赤な夕日は水平線の上にちょこんと止まっているようだった。

それが彼にはさっき見たナポレオンの頭蓋骨の形に見えた。彼は苦笑いをし「赤い夕陽の頭蓋骨か」とつぶやいた。

次の朝、彼はこの不思議な体験をした旅を終え、優しい婚約者のいる故郷の田舎町に帰って行った。