新年あけましておめでとうございます。

今年の干支はイノシシだそうだ。だがめでたいイノシシではなく、蛇について書こうと思う。蛇年(巳年)は6年後にやって来る。この蛇もなかなかの縁起物で、蛇の抜け殻を財布にいれたり、蛇柄の財布を持っているとお金がたまる、と言うジンクスさえある。また蛇は神の使いとも言われる。
だが蛇を嫌う人は多い。なぜ蛇は嫌われるのか。アダムとイブと蛇の話が聖書の中にある。木の上を這いずり回る大蛇が、無垢なアダムとイブに悪知恵をつける。狡猾な蛇にそそのかされたアダムとイブが、禁断の果実であるりんごを食べ、神によって楽園を追放されるあのくだり。この日から蛇は、人類に毛嫌いされる運命を背負う事になったのだ。

それから何かの本で読んだのだが、人間がまだ猿人類の頃、樹上生活をしていく上での天敵が蛇だったそうだ。だからその恐怖が遺伝子レベルとして刻み込まれ、人は蛇と聞いただけでいまだに嫌悪するのだと言う。蛇に巻きつかれ、絞め殺され、丸のみにされた古代の同志を思うと、心穏やかではない。
テキサス州の民家で火事が発生し消防隊が踏み込んでみると、煙に巻かれた100匹以上のヘビやトカゲが床を這いまわり、消防夫はそれを素手で救出したそうである。両腕に大きな蛇を巻き付けた消防夫の写真があったが、消防夫の方も大変だなと気の毒に思った。家主は助かり、だがなぜそれほど多くのヘビを飼っていたかと言う質問には、多くを語らないと言う。そこがこの事件の主要ポイントだと、私は思うのに。
ある日本の男性ユーチュウバーが、蛇を食べて見たと言う動画を出した。しかも死んだ蛇を。彼はまず蛇の頭をちょん切り上部を口にくわえ、両手で皮を下に向けはぎ取ろうと頑張るがうまくいかず、途中からまな板の上でやっていた。それを輪切りにして火であぶり醤油をつけ、うまいと食べている。会社員としての人間関係がすっかり嫌になり、安い土地を田舎に買い、手造りの粗末な小屋を建て、井戸水や薪で食事を作るそうだ。蛇を食べたのは好きな漫画の主人公の真似をしたかったと言っていた。視聴者へのサービスだろう。
蛇は本当においしいのだろうか?十年ほど前に、ある高齢の女性が「私の父が昔、蛇飯を食べたと言っていたわ。おいしかったんだって」と言った。「どうやって作るの?」私が聞いた。まず米と水を鍋にいれ煮立ったところで、絡み合った10匹ほどの蛇を投げ入れふたを被せる。
ふたには丸い小さな穴がいくつも開いているので、熱くて苦しくなった蛇がそこから頭をだす、その頭を引き抜くと身だけが鍋に残り、それを炊けたご飯と一緒にしゃもじで混ぜる。と言うような事を、面白そうに話した。彼女の父親はおいしかったと言ったそうだ。
この話とそっくり同じことを、あの有名な『夏目漱石』の『吾輩は猫である』と言う小説の中に書いてある。ただの彼のうまい作り話だと思っていたが、こんな事が昔、実際にあったのだ。あるいはこの小説をよんだ件の女性の父親が、自分でもこっそり作って見たのかも知れない。大昔には一般人の間で、野生の蛇を料理して食卓にのせる習慣もあったそうだが、それもすっかりすたれてしまった。















で、「彼は今日は調子がいいので9回まで完投するのだ」知ったかぶりして答えた。すると彼女は右隣に入る友達に同じ質問をし、また私に向き直り「カーショーは9回で投げたりしないんだって」と、二人のコメンテーターの間でいい気になるアナウンサーのような顔をした。その通りだった。あるいはあれは七回裏だったのかもしれない。











