新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。
重ねて今年が皆さまにとってとても幸せな一年になるよう、お祈りいたします。
今年初めての物語を投稿します。
これは今から100年、いや200年以上も前の話です。
風吉は破れ雨戸の穴から差し込む朝の光に目を覚ましました。そしてそのままじーっと動かず布団の上で天井を見つめていました。
そこへ「コケコッコー」と言う朝一番の鶏の声、風吉はガバッと上半身を起こし2,3度強いまばたきをしました。今日が計画を実行する大事な日だと言う事を思い出したのです。そうです、今日は元旦、見合いの日なのです。
起きて隣の部屋へ行くと、父と母はすでに囲炉裏のそばに座っていました。「おお、風吉起きたか、火もあったけーぞ、はよ座れ」と父が言い「餅も焼けとる」と母がこんがりと焼けた餅に醤油を垂らし風吉の前に差し出しました。
それから三人は頭を下げて新年の挨拶をしました。
すると間髪を入れず「なあ風吉、町に見合いに行くのはやめた方がええ、町のおなごがお前のような田舎もんを相手にする訳がない。あそこらの人は化粧をしてええ着物を着て、お侍さんの婿を探しとる。汚い百姓と夫婦になんぞならん」母親が最後の念押しとばかりに言い放ちました。
すると風吉は「この村のおなごは大根や玉ねぎのようなおなごばかりで、おまけに馬鹿ばかり。あんなものと世帯を持とうとは思わん」断固として言いました。母親がぴしゃりと風吉の頬を叩きました。
すると父親がまあまあとばかりに「だが庄屋さんの口利きを無下にする訳にもいかん。行くだけ行って見ろ」そう言います。庄屋の口利きとは庄屋の知人である隣の国の呉服屋の旦那の事で、その旦那がそこで働く下働きの女中を紹介してくれると言う話なのです。
その旦那さんがわざわざ元旦に来るよう指定したのは、田舎もんの風吉に町の正月の様子等を見せたいと言う気持ちからで、それに元旦は店が休みでもありました。
「ほら、今日のため草鞋を編んでおいたぞ。裸足で長旅はきついからな」父親が尻の後ろに隠していた編んだばかりの草鞋をさっと風吉に渡しました。
風吉はとても真面目な百姓で人徳にも恵まれ、庄屋の信頼を一身に受けていました。だが村の若者の中にはそれに異論を唱える者もいました。「なんだあいつは庄屋の機嫌ばかり取って。ホントはすげー臆病もんの癖に」一人がそう言うと別の者が「そうだそうだ、村のおなごは嫌だ?フン!そんなこたー自分の面を見てから言え」
だがこう言う意見は庄屋の耳には届きません。届けばその言った本人が痛い目を見ます。
父の編んだ草鞋を履き庄屋の紹介状と地図を懐に入れ、風吉は町にむかって歩き出しました。初めての長旅でサッパリ要領が分らず、庄屋が書いてくれた地図だけがたよりです。だが風光明媚な景色に元気づけられ、どんどん歩いて行きます。
とても広い海だか川だか解らない所を通り過ぎ、田んぼを過ぎ林を抜けると上り坂になった坂道に出ました。道にはグニャグニャと幾重にも絡みあった木の根が、道の真ん中を陣取っていてまるで灰色の蛇の集団を見るようです。草鞋で歩くのはとても危険です。
そこを何とか制覇し坂の頂上に着くと、軒先に紺に白地で『茶屋』と書いた小さなのぼりが見えます。風吉は大きな安堵のため息をつき、すぐさま倒れるように縁台に座りました。実は新しい草鞋の紐でかかとに幾つもの豆が出来、それが今度はつぶれ、気の遠くなるような痛みをともなっていました。普段は裸足で過ごす風吉なのです。
中から出て来た女将さんがすぐに事情を察し、小さな桶に水を入れタオルを湿らせ風吉のかかとに優しく当てました。それは天にも昇る程の気持よさでした。風吉は思わず「ああー」と悦びの声を上げました。それに女将さんはとても綺麗な人でした。
「そこのお若い人、初めての旅のようだが、どこまで行くんですかい」隣の縁台に座っていた品の良いじいさんが声を掛けました。「隣の肥後の国です」「そうか、それなら明日の昼頃にはつきますよ」その隣に妻らしきやはり品の良いばあさんが居て頷いています。
お茶🍵と団子🍡の代金を置き風吉が立ち去ろうとすると、中から女将さんが出て来て「旅のお方、そんな足では歩けますまい、今夜はここにお泊まりなさい。この辺りにはやまんばが夜更けに現れ、人を食うそうでございますよ」するとばあさんが「その話は私も聞きました」と言い、「怖い怖い」と首をすくめました。
やまんばとは、普段は奇麗な顔して上品にふるまうが、とつじょ妖怪に変身し人を食う化け物の事です。
女将の美貌と優しさに、そして足の痛さにほだされ風吉はすぐに草鞋を脱ぎ、女将の言う通りにしました。そしてそのまま明け方までぐっすりと寝ました。
さて、まだ外が薄暗い明け方に風吉がふと目を覚ますと、シャッシャッシャッと妙な音が隣の部屋から聞こえます。襖を少し開け覗くと、そこには白い着物を着て白髪頭を振り乱した気色の悪い老婆が、出刃包丁を研いでいます。風吉に気づくと女は立ち上がり襖をがらりと開け包丁を振りかざし、「ぎゃおーぎゃおー」と恐ろしいうなり声をあげました。
女の顔はもの凄い形相で、血塗られたような大きな口は耳まで裂け、耳は狐の耳のように頭の両脇にぴんと生え、これぞ噂に聞くやまんばだと風吉は慌てふためき、そのまま町に向かう下り坂を一目散に走り出しました。そして何とかやまんばからうまく逃げ切る事が出来ました。
寿命が3年はちじまったようで、恐ろしくてもう嫁などどうでも良いと思いましたが、折角ここまで来たのだからせめて一度は会いたいものだと、理性だけは失いませんでした。
庄屋に言われた通り目的の宿場町につくと、目当ての呉服屋が見えました。玄関の両脇に竹、松、南天をあしらった門松が立ててある、立派な町屋です。道の向こうで奇麗な晴れ着を着た女の子が二人、羽根つきをしています。女の子が動くたびに髪に挿したかんざしがキラキラ光ります。
田舎者の風吉には何もかもめずらしくすべてに見とれていると、心得顏の丁稚が出て来て「風吉さんですね、旦那様がお待ちでござりまする」と言う。ピカピカに磨かれた廊下を通り客間に案内されました。
床の間には大きな三方の上に二段重ねの鏡餅と羊歯、それにだいだいが飾られ、庭には鯉が泳ぐ大きな池、軽やかな音を立てる鹿威し、洒落た植え込みにひっそりと立つ石灯籠、風吉はすべてに目を奪われました。何もかも夢を見ているようでした。
初めて見る商家の旦那様は、恰幅の良い優しい感じの男でした。「庄屋さんからお前の事は聞いた。とても働き者で親孝行だそうな」と言うとぽんぽんと手を叩き、「お千代を呼べ」と出て来た番頭に言いました。
「お千代はもうここに5年も奉公している。10才の時に来たからもう15になるな。家が百姓でいまだに田舎が恋しいと言っている。これも親思いの働き者でお前とは似合いだろう」そこにお千代が小花模様の薄青の小袖を着てまず旦那さんにお辞儀をし、風吉にも頭を下げました。
「おらあ17だ、年頃はちょうどいいな」風吉は頭を下げながらそんな事を思いました。お千代は色の白い非常に美しい女で、風吉は一目で好きになりました。
見合いは見事に成功し、そんなこんなで無事祝言を上げた二人は、風吉の両親と一緒に今までの掘立小屋に住む事になりました。お千代は商家の旦那が言ったようにとても出来た女で、働き者で風吉の両親の面倒も良く見ます。
だが彼はどうもしっくりいきません。あまりに話がうますぎる。
「これは狐が仕掛けた妖術ではなかろうか。このお千代も実はやまんばで、ある日突然豹変して俺を煮て焼いて食うかもしれん」夜更けにふと目を覚ました風吉は、隣に寝ているお千代の顔を見てそんな事を思わないでもありません。