優香をピックアップ

優香をピックアップするために波止場へ向かう車のなかで、翔子は混乱していた。大変な事が起きたと言ったきり、電話を切った優香の声が耳に残る。彼女と行くクルージング七泊八日のバハマ行きを提案したのは翔子で、出航の日にドタキャンしたのも彼女である。あの朝急に、胃に錐をさし込まれるような痛みに襲われ、これで船旅は無理と即断し優香に電話した。彼女は驚きと怒りの混じった声で翔子を非難した。

5683070 - cruise ship in the clear blue caribbean ocean

それも道理で、しぶる優香を無理やり誘い、その気にさせたのは翔子だった。出航の直前までブツブツ言ってた彼女を、何とかなだめすかし船に送った。その二日目の午後、優香から電話があった。「一人で旅行に来てるのは、2000人の乗客の中で私だけよ、周りから白い目でみられるし。まったくバカみたい!」と大げさに嘆いた。「そのうちいい事があるわよ、もう少し様子見たら」と言い翔子は、あの激しい痛みが今は嘘のように消えた胃を手のひらで撫でた。その言葉通り優香は、次の日カンパニオンを見つけたのだ。それは優香と同じ年頃の日本女性だった。彼女も一人旅だった。april 16

仮にその女性をA子とする。A子と優香は外国人だらけの船客の中で、日本人同士と言う事で急速に親しくなった。なんとなく南の島の楽園にまぎれこんだ、二人の脱走兵という孤立感を共有し、しばらくはひっそりと行動した。優香はその事を翔子に電話で知らせ、「彼女と楽しくやるわ」と弾んだ声を出した。だが優香は、次第にある事に気づき始めた。A子がとつぜん気が狂ったようにはめを外す事があるのを。照明の美しい吹き抜けのステージで、ロックバンドに合わせ見知らぬ男と激しくジルバを踊ったり、サンデッキで日光浴をする沢山の人の前で、プールを何度も往復し素晴らしい泳ぎを見せたり、バハマの首都、ナッソーのバーでバーテンダーとあられもなくふざけたり。そして明日帰途につくと言う前日、とつぜん優香は翔子に電話をした。「A子が変な事をいうのよ」「なんて?」と翔子。「彼女、実はこの旅は同棲していた恋人と一緒に来るはずだった、それも別れ話の出ている男と。最後の頼みと思いこの旅行を独断で計画し彼を誘ったら、ものすごく怒ったんですって。そう言う君の強引さが大嫌いだって。それで彼、一緒に暮らしていたアパートを荷物まとめて出て行ったそうなの。もう彼のいない部屋には戻りたくないって泣くのよ」「彼女から目を離さない事ね」と翔子は言った。深刻な優香の声を理解したからだ。

Track after boat

だがA子は海に身を投げた。優香は自殺だと思うのだが、その場にいた三人のアメリカ女性達は、あれは事故で転落したのだと言い張った。夜更けの人気の少ないデッキで転落防止柵に身を乗り出し、星空に両手を広げ深呼吸をしていたA子は、とつぜん振り向き少し離れた場所でデッキチェアに座っていた三人の女性に、微笑みながら手を振った。その直後に身をひるがえし海に消えた。女性たちは誤って転落したものと思い、カスタマーサービスに電話をしたが、船が方向転換し救助隊が出動するまでに恐ろしく時間がかかり、結局彼女は次の日の朝方に遺体で見つかった。ターミナルで待つ翔子の前に、船から降りてきた優香はすっかり憔悴し「最後の日に一緒に過ごそうと何度も電話をかけたけど、返事がなかったのよ、きっと死に場所を探していたのね」と涙ぐんだ。それきり口をつぐんだ助手席の優香を横目でみながら、翔子は別の事を考えていた。出発のその日に胃が痛くなったのは、A子からのSOSだったのかもしれないと。死ぬ前に誰かと楽しい時間を過ごしたかったのだ。見知らぬ人間同士の間には、神の采配による測り知れない幽遠の導きがあるのかも知れない。

 

小鳥のさえずり、朝露のにおい

小鳥のさえずり、朝露のにおい、ある初夏の朝、二人は新緑の木の葉トンネルの下をドライブしている。トンネルを抜け古い眼鏡橋を渡り、小さなさびれた町を三十分ほど行くと、一気に視界が広がった。広々とした平地に無数のテントが張られ、何やらやっと安住の地にたどり着いた難民の収容所と言う展開になった。やたら活気がある訳ではないが、穏やかな安息が感じられる。「ついに来たわね」運転席の菜々がルミを見て微笑した。窓外に気を取られていたルミはハッと我に返った。そうなのだ、この街で有名な蚤の市に連れて行くと言う菜々の約束が、今日果たされた。どんな蚤の市も決して嫌いではないルミだが、無趣味なただのガラクタの寄せ集めには辟易する。だが今日はなんとなく、あたりに清らかな雰囲気がある。なぜだか判らないけれども。ハーブティの試飲をやっていたので、ハイビスカスティをトライしてみる。適度な薄さで味も良かった。ふと見ると菜々の姿が見えない。二人で行動する時、どんどん先へ行くのは菜々で、ルミはいつも置いてきぼりを食う。

Tourists and local people buy old goods at famous antique market

ピンクのサンバイザーをつけた菜々をやっと見つけた。貝殻細工のお店で彼女は、小さなメキシコ人の女の子のアシストを受けていた。しわくちゃでサイズの合わないワンピースを着た少女は、どこか薄汚れた感じで、それでも態度には真摯な気持ちが表れている。彼女はガラスケースから取り出した大きな貝のトゲの部分を、親指とひとさし指で注意深く持ち、他の指はぴんとそらせ菜々に渡した。「これはなんと言う貝なの?」菜々が聞く。「ハッキガイです」「食べられるの?」「食べられます」簡単な質問に簡単に答えいちいちはにかむ。貝の知識には驚くほど熟知していた。菜々はハッキガイの代金を払い、一ドル札を少女に渡し「これはあなたに。とても上手に教えてくれたわ」とほほ笑んだ。少女は入り口あたりの椅子に座った店主らしき初老の男を、そっと振り向いた。彼は不遜な態度で近寄ると「ほんとによくやってくれるんですよ、今日は僕からもチップをあげよう」と自分の一ドル札を少女の手に握らせる。後で取り上げなければいいが。そして「僕の養女なんですよ」とルミに耳打ちした。こざっぱりした白いワイシャツに太った腹をかくした、余裕ありげな初老の白人男性が少女の里親なら、なぜ彼女はあまりに見すぼらしく見えるのだろう。学校には行っているのだろうかとルミはよけいな心配をした。

Seashell souvenir hand-made in a showcase

 入り口を出ようとした時、種々の二枚貝の箱がならんだ奥の低い棚に、無造作に立てかけられた絵を見つけた。赤と緑を基調にした30号ほどの水彩画、ルネッサンス期の画風に似せてある。宮廷の温室、あるいは貴婦人の読書室と言った風情の部屋が描かれ、古典的な色合いが上品だ。さんさんと光が差し込む壁一面の大窓ガラス、背高い観葉植物がそれにそって置かれ、中央に古めかしいヤシの木が大ぶりの葉を四方に広げている、そしてその周りは百花繚乱の麗しき花の乱舞。どの美術誌にも載っていない、だが妙に既視感のある絵だ。それは大昔の時代の片隅で、イタリアの薄暗い石畳の上で、無名の画家が描いたその複製が流れ流れてここまで来た、そんな妄想さえふくらませるような絵だった。赤い繻子のテーブル掛け、同じ赤の絨毯、そばにある座面と背もたれが少し膨らんだ布張りの椅子、そんなものをルミが興味深く見ていると、いつのまにか少女がそばに来ていた。かすかに匂う彼女の髪の匂いが今では可愛く思えるほど、ルミはこの子に愛しさを見出していた。絵の左片隅に、ラファエロの幼児キリストに似た男の子が丸裸でいる。金色の長い柄のついた鏡を両手で持ち、上を見上げている。ルミはその子を指さし、「これはだーれ?」と聞いてみる。「それは天使です」そくざに答えがかえって来た。「ここにも天使が一人いるわね」少女の肩に手を置き「それはあなたよ」とルミが微笑した。彼女は驚いたようにルミを見上げ、次の瞬間、天使のような清らかな笑みを見せた。

20754058 - cute angel cartoon

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まったく同じ情景

まったく同じ情景が、その人の性格や気分で、全然ちがって見える事があると言う。例えば、イチョウ並木の下を親子三人で歩く後姿の写真があるとして、ある人は親子三人の楽しい散歩風景と言い、ある人はいや親子三人が死出の旅に出かける残念な写真だと言うかもしれない。現実の風景が心の風景に左右されるなら、本当に気をつけなければならない。

二十年ほど前私は、パシフィックオーシャンまで歩いて三分と言う所に住んでいた。海ではいつも人々が笑い、泣き、酔い(酒の酔いではない)騒ぎ、まるで近代的な鳥獣戯画風に、さわやかなざわめきを繰り広げていた。そのざわめきがキッチンの窓から聞こえ、食後の洗い物などしている時は、早く海に行きたいなと気がせいたものだ。

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人々はだいたい、自分の住んでる場所に一番近い海岸に行きたがる。だからそれぞれのビーチにはそれぞれのカラーがあり、私のビーチには日本人や白人の中流家庭の家族づれが多く、陽気な賑やかさがあった。そこから南に一マイル程行くと、乱雑な多肉植物が生えたなだらかな崖に突き当たる。その崖肌に、人々のトレイルが二本、ゆるやかに落ちていた。崖の上には高級住宅街があり、そこから降りてくる人々もやはりそれらしき人達だった。彼らは他の砂浜にいる人たちより比較的物静かで、誰もがただじっとすわって海を見ていた。人数もそれほど多くはない。波打ち際を歩くのが好きな私はその静けさが気に入り、自分のビーチからその崖までほとんど毎日のように歩いた。

そんなある日、私はある奇妙な光景を目にしたのだ。崖から少し離れた所で、かまきりのようにやせた顔色の悪い白人の少年が、ひざまずき長い両手を宙に振り上げるようにして、一心不乱に砂浜に穴を掘っている。砂が彼自身にも振りかかり実に哀れな姿。そばで父親らしき男が、膝を立てすわり両手を後ろにつき残忍な笑いを浮かべていた。中学生らしきその少年が突然引きつった顔で、「ちちうえー、穴の深さはこのくらいでよいでしょうかーあー」と不自然な高い裏声を上げた。それは普通の子供が使わない、非常に丁寧な尊敬語で、父親は薄ら笑いを浮かべ「まだまだ」と吐く。確かに父と息子の楽しい砂遊びには見えず、なにかしら虐待じみた危険な様相を呈していたので、私はわざと彼らの前を歩き、じっと父親をにらんでやった。彼もジロリと私を見た。しばらくして振り向くと、少年は気の毒なくらい無我夢中に穴を掘りつづけていた。その夜私は、いったい何のための穴を掘っていたのかと言う疑問に打ちあたった。残酷な殺人の方法として、犯人が被害者に穴をほらせ、掘り終えたところでその中に入るように命じ、上から土を戻し生き埋めにする、そんな事さえ想像できるような、それは悪徳に塗りつぶされた情景だった。世の中には、実子を地下室に閉じ込め鎖でつなぎ、食事もあまり与えず、たまに世間を見せびらかすために外に連れ出す鬼のような親がいると言う。彼の両親がそうでなければいいが、、、。

と、こんな事を書くと「なんだこの女は。誇大妄想癖の変態女じゃないか」「自分が不幸だから、何でも不幸に見えるんだ」「性格悪いな」と、あっち行けの目で見られそうである。確かに彼らの周囲の人は、格別気にしてはいないようだった。その後私は、二度と彼らを見る事はなかった。だがあの陰惨な光景は、心象風景として胸の裡にしっかりと刻み込まれ、今でも時々思い出し重ぐるしい気分になる。今はただ、あの少年がどこかで幸せに暮らしている事を祈るばかりだ。

やっぱり私は、精神分裂気味のあぶない子ちゃんなのかな?

 

 

世の中には信じられない

世の中には信じられない体験をしたと言う人が時々いる。お化けを見た、死後の世界に行った、宇宙人を見たとか色々ある。体験と言うには、その後実生活に戻りそれを回想する生身の自分がいなければならない。回想してまたこわがったり、くやしがったり、それも体験である。

京都に住む従妹から、その小包が届いたのは半年ほど前だった。包みを開けてる最中に彼女から国際電話があり、「そこに入ってる草木染めの袋はね、袋作り方教室をやってる私の友達が作ったの。京都の山奥で摘んだハーブの汁で染めた麻布でね。世界に一つしかないんだから、大事にしてね」と念をおされた。見るとお茶や海苔、ドライフードの上にえんじ色の楕円形をした、大き目の袋が二つ折りにして入れてある。全体に金糸の刺繍がほどこされ、従妹は麻布と言ったがどこか絹の肌触りで、底のない巾着バックと言った感じ。口を緒でしぼるようになっており、その緒についた青いボンボンが愛らしい。インドあたりの蚤の市にでもありそうなエキゾチックな郷愁があり、一目で気に入った。なにしろ世界に一つしかない物。京都の山奥でハーブをつむ従妹の友達の背中を思い描き、遠いアメリカから片手で礼を言った。

ところがばかばかしい事に、一週間後それを盗まれた。盗まれたというべきか。ショッピングモールをぶらつき、事のついでにフードコートでピザを食べた時、椅子の背にかけたその袋をすっかり忘れ帰ってしまった。二十分後に戻ったが後のまつり。だがそれから一か月程して、その袋が同じモールを歩いていたのには驚いた。正確には歩いているヒスパニックの女性の肩に下がっていたのだが。誘拐された娘を雑踏の中に発見したような極度の興奮におそわれ、彼女の後肩をたたくと振り向きざま「アマゾンで買った!」と恐ろしい形相で言われた。「それはどこで買ったんですか?」と言う私の問いが終わらないうちの、たたみかけるような返答にこちらも気が失せた。幸か不幸か私は物への執着が非常に淡白で、自分の物が誰かの手に渡れば、即、その物と縁を切る心構えが出来ている。これが功を奏したのかその布ぶくろとまた再会するはめになった。

People eating in a food court in a shopping mall.

私の行きつけのヘアーサロンは、ドアを開けるとすぐブティックになっており、その奥の両脇にスタイリスト達が立ち働いている。このブティックとサロンの真ん中あたりに、順番待ちの人のためのソファがある。そのそばのマガジンラックの中に何と袋があったのだ。それは確かに世界に一つしかない、私の物であるに違いない。ヒスパニックの女性に会った後アマゾンで検索してみたが、結局そこにはないのだから。突然の邂逅にたじろぐ私に、袋がニヤリと笑い、中からニュッと白い手を出し私の手首をつかむ、そんな気色の悪さだった。スタイリストに聞くと、客の忘れ物で取りに来るまでああして置くのだと言う。物への執着はない私だが、失くしたものを思いやるのは良くやる事だから、実は今まで誘拐された娘の暮らしをあれこれ思い描くような事を、袋にして来た。それが念力となり?内界の刺激を受ける体験となった?こんなこじつけをしても、袋のここまでの足取りを考えると無理話だ。あまりの気味の悪さに、チップもそこそこに袋に別れをつげ帰った。

この街には数件、寿司屋がある。どれも怪しげな店で、天井に大小のマグロの複製が飾ってあったり、太巻きが紙のように薄かったりと、度肝を抜かれる。私の行きつけの店もそんなものだ。だがあまり文句も言えず久々に入口のドアを開けると、なんとレジの後の掲示板にあの袋が下がっている。ウエイターに聞くと客の忘れ物で、取りに来るまでああして下げて置くのだと言う。二度ある事は三度ある。こうなるともはや、袋と私の粘り勝ちだ。やれやれ世界に一つしかない物の怨念はすごい。

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とんがり屋根に円筒を

とんがり屋根に円筒をくっつけたようなその廃屋は、全体が格子編みの古い竹細工で出来ていた。洒落たアパートや新築のコンドが多いこの一角に、なかば腐りかけた小屋が破壊されない理由は、そのあずま屋全体にびっしりと絡みついた青紫の西洋朝顔のせいにあった。朝顔は年がら年じゅう妖しい生き物のように、その花びらをぴりぴりと震わせ、その見事な美しさと強い生命力で道行く人々を魅了した。それは妖艶と気高くりんとして優しく、まるで誇り高き老いた娼婦のような風情にあふれていた。

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孤独な留学生のタツヤも、このあずま屋に魅せられた一人。彼は、いつまでも自分を玩具のように手元に置きたがる母親と、大喧嘩をしとうとうこのカリフォルニアにやって来た。初めての異国での一人暮らしはやはり心細い。だが今度こそ彼は、母親の呪縛を引きちぎるつもりでいる。自分にまとわりつき引き起こす、母の意味不明な錯乱に彼はほとほと嫌気がさしていた。

 そんな憂鬱を抱えながらある日あずま屋の前を通りかかると、扉の花とつるが無残に引きちぎられ、扉がわずかに開いている。彼は吸い込まれるように中へ入る。「ヘイ、ゲイのお兄さん、いらっしゃい」やけに色っぽい白人の美少女が彼に言った。腰掛にちょこんと座り足を組んでいる。ショートパンツからはみ出した長い足の見事さに、彼は一瞬ひるんだ。「俺はゲイじゃない!」人からいつもそうからかわれるので、彼はむきになった。少女はパーマをかけた長い金髪を額の上で二つに分け、両脇にたらしている。耳下あたりを黒い紐でゆるく結んでいる。「どうして扉を開けたんだ。花が台無しじゃないか」バカな事を言ったとタツヤは舌打ちした。小学生いや中学生、安物のアクセサリーをつけ、派手な化粧をした女の子が、なぜこんな場所に一人でいるのか。「あたし、お友達待ってるんだ」「お友達?学校の?」少女は何も言わず、携帯で時間を見るふりをした。あずま屋の中は、外に張り巡らされた西洋朝顔のせいで薄暗い。だが格子の網目から花びらを透かした光線が差し込み、みょうに幻惑的なムードだ。そんな所でこんなエロチックな少女と二人きりでいることに、タツヤはなぜか焦りを感じた。「あなた、バージンでしょ」突然少女が言う。「違う!」「じゃなきゃ、ママーズボーイ」彼は少女を睨んだ。その時扉が開けられイケメンの若いメキシコ人が、横すべりに入って来た。少女がとんでもない色目を使って男を見る。男はじろりとタツヤをにらむ。すると少女は立ち上がり男をうながし外に出た。だがすぐまた自分だけ戻ると「あたしに会いたかったら明日ここに来て。午後の三時そうね四時、四時がいいよ」つま先立ちであっと言う間にとてもセクシャルなキスをした。舌を入れてきたので、タツヤは目もくらむようだった。

 タツヤは二十才にもなってまだ童貞だった。童貞と言う文字が額に張りついたようで、日々イラつく。それが捨てられないのは母親のせいなのだ。母親は重度のヤキモチ焼きの恋人のように、タツヤの後ろでいつも目を光らせている。彼女はその事の異常さに気づいていない。だが彼は気づくべきである。彼の母親とあの美少女が、実は完璧な表裏一体の関係にある事を。母の内面に少女の魂が、少女のそれに母の魂が、物悲しくひそんでいる事を。彼はふと考えた。明日あずま屋に行けば、あの子がいるんだろうか、そして俺はあいつに抱かれるんだろうか。彼はその晩、激しく射精した。

 

薄暗い地下室の檻に

薄暗い地下室の檻に閉じ込められた子犬は、うずくまりじっとこちらを見ている。やせ細り皮膚はまだらにはげ、足なえのように動かない。まばたきをしない空洞のような目の片方が、流涙症にかかっている。それが生まれた時から地下檻に閉じ込められ、妊娠させ続けられた哀れなトイプードルのケリーだった。彼女の立場からすれば、悲しみの感情が瞳にでても良い筈なのにそれもなく、ただ空洞のような目を開け放しにしている。この映像をネットで見た時、マキは目からボロボロと涙を流した。誕生した時から空や木や花を感じる事もなく、餌缶、水缶、それに糞箱だけの檻の中で暮らし、生まれた子供はすぐに奪われ、次から次に妊娠しなければならなかったパピーミルでの地獄のような犬生。

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自分と似ているなとマキは思った。連続妊娠と言う点だけは違うが。だがケリーは動物愛護団体に救い出された。薄暗い地下からやっと戸外に出た犬が、やるせなく目をしばたく姿。それがまた哀れを誘う。「ケリー、良かったね」とマキはつぶやく。それにしてもブリーダの卑劣なやり方、今すぐその子犬工場へ駆けつけ悪しきブリーダに往復ビンタを喰らわせ、鞭でしばたき尻を突き飛ばし檻に放り込み、鍵をかけたい衝動にかられた。そしてケリーを引き取り一緒に暮らす。だがそれが出来ない事情がマキにはあった。

 彼女の夫には愛人がいる。それも五年以上も続き家にはあまり帰らない。だが別居も離婚もしないのは、彼がマキの事をとても良く理解しているからだ。結婚当初の頃は、とてもミステリアスに見えたマキが単なる重症の発達障害者だと分かった時、彼は単に優しいだけの夫になった。肉体的な愛が消え去りだがプラトニックラブでもない、何か幼稚園の頃に読んだ、妹の童話本の中に出てくる不幸な姫を思いやるような気分。夫に歩み寄るすべも気力もないマキは、ふだん完全なる自分だけの世界にいるから、夫とは何のいさかいもない。だが本心では、自分は不幸な女だと思っている。

久しぶりに我が家に帰って来た夫にマキが言った。「この前、可愛そうな犬の動画を見たわ」「君は犬や猫の動画がとても好きだね、それで猫を飼ったりもしたじゃないか」と穏やかに彼が言う。ずいぶん前に猫を飼った事があるが、仕事で疲れた夫が帰ると、「猫がああ言った、こう言った」と彼女がやかましく言うので、「君は猫語がわかるのか!」とある日とうとう一喝されてしまった。ついに切れた夫に愛人が出来たのは、その後数ヶ月してからだった。その猫もどこかへ雲隠れ、もう帰って来ない。彼女は時々ふっと自分がどこにいるか分からなくなり、好きなネット動画を見てると時々その中に自分の姿を見てしまう。

三か月ほどたって、マキはまたあのケリーを検索した。ケリーの事を思い出したのは、散歩の途中の買い物で同種のトイプードルを見かけたからである。運転するのは、もう夫から止められている。検索するとあのケリーがその後引き取られ、飼い主にキスをし甘えている姿が見える。玩具に囲まれ女王のように気取っている姿、丸々と太って芝生を走る姿。先住犬にグルーミングされボーッとしている姿、新しい映像が次から次へと出て来た。マキはタブレットをばたりとしめ、目を閉じ唇を噛んだ。何だケリーは幸せなんじゃないか、私より幸せなんじゃないか。味方の兵士に裏切られたような気分だ。親切心にしっぺ返しされたような。彼女は私にも新しい飼い主が現れないかなと、ぼんやり思った。

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クッキングショーのホストが

クッキングショーのホストが餃子の皮をクルクルとまわし、作った餃子を天板に並べて行く。マミは上目づかいにテレビを見ながら、クルクルと編み棒を動かし、網目を増やして行く。料理がうまい、編み物がうまい、どっちが女としての力量は上なのだろう、とそんな事を彼女は考えもしない。テレビから目を離さずに、餃子はオーブンに入れるよりフライパンで焼く方がおいしいのにと、ちょっといちゃもんをつけてやる。

Chinese Food Background / Chinese Food / Chinese Food on Wooden

彼女は料理が嫌いと言うより嫌悪している。なぜなら誰も喜ばないから。レシピ片手に、バラエティ豊かに栄養満点にと、テーブルを飾ったのも、遠い昔の事。今でもたまにはとご馳走を作るが、中学生の息子などは作った料理には見向きもせず、すまし顔でセリオに牛乳、砂糖をかけ食卓に持って来る。夫も同じ事をするのでもうあきらめた。そこで料理をもっと勉強しようと思わないところが、彼女らしさである。編み物をしても誰も文句は言わないが、誰も着はしない。だが暇つぶしになるのでやめはしない。もはや際限なくエンドレスのマフラーを編む今日この頃である。要するに彼女は欠陥主婦なのである。

だが夫もそれに輪をかけ怠慢、能天気、不精、会社を休む事も多々ある。当然昇給はむずかしい。マミは時々脳天に血がのぼり、ガミガミ怒鳴り散らす。が、夫はどこ吹く風、暖簾に腕押し。だからマミもそれ以上突っ込む気はしない。こういうのを世間では、似たもの夫婦と言う。彼女はこんな暮らしが不毛に近い事を薄々気づき始め、どうにかしなければと思ってはいる。そこがつまりは彼女の長所ある。

「かあさん、あした弁当いらないから」中学二年のヒロキががらりとふすまをあけ、ぶすっとした顔で言う。「どうして?」と母親。それには答えずまたふすまを閉める息子。そこへ夫が風呂から上がって来た。「ねえーカズー(夫には和義と言うれっきとした名前があるが、マミは省略する)」隣に座った夫ににじり寄り声を低め「ヒロキ、学校でいじめにあってるらしいよ」「誰が言った?」「もちろんヒロキじゃない、何言ってんの,バカね」「困ったな」「そうよ、自殺でもされたらカズの責任だからね」「なんで俺の責任になるの?」「あんたがしっかりしないからみんなに馬鹿にされるんじゃない」「、、、、、」「なんだか、ドッジボールの時みんなが集中的にヒロキにボールを投げつけるんだって、それに人の悪口を言う反省会みたいなのがあって、それに五回以上名前を呼ばれたら、放課後モップで廊下を、五回もふかなきゃいけないんだって。ヒロキ、それ毎日やってるらしいよ」「俺も中学の時、同じような事があった」「それでどうした?」「その時は全然気にならなかった。二十年位たってから、ああ、あれはいじめだったんだって分かったけど。いじめられてもポカンとしてたら、あいつら寄り付かなくなったよ。いじめなんてやるのは、ザコだからね」「ヒロキになんか話してみたら」「うん」ヒロキはこの一部始終を隣の部屋の布団の中で聞いていた。

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一か月程してのある日曜日、父が息子を公園に誘った。息子は「きたな」と思いにやりと笑った。重要な話があると公園に誘うのが、父の常とう手段だとヒロキは心得ている。二人はブランコに乗っていつものように、リラックスした。「ヒロキいじめどうなった?」「いじめ?」「学校でいじめられてんだろ、ママに聞いたよ」「ああ、あれ終わったよ」「終わった?」「あんな事気にしてたら、今の世の中生きていけないよ、何やられても知らんふりして、言われたとおりにしてたら、みんな寄ってこなくなった.あいつらザコだからね」ヒロキはすまし顔でハンバーガーにかじりついた。この息子は似た者同士の怠慢夫婦に、毒されるどころか素晴らしく洗脳されたようである。

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あれはおめかけさんの家

「あれはおめかけさんの家よ」学校帰りの坂道で、カナが指さすその向こうに、金色の穂波が揺れる広い麦畑の向こうに、瓦ぶきの小さな平屋が見える。その庭の崖っぷちに真っ赤に熟した実が鈴なりの、トンボ柿の木が見えた。平屋よりもその柿の木に目を奪われたユミは、黙って柿の実を見つめた。秋の終わりのトンボ柿は、海に沈む直前の小さな真っ赤な太陽のように魅惑的で、手をのばせばポトンとてのひらに、落ちてきそうだった。おめかけさんの家よりも、柿の色に気を取られていたユミに「おめかけさんは顔のここに、大きなあざがあるんだって」とカナが自分の右ほほに人差し指で円を描き「でもだんなさんはめくらだからそれが見えないんだって。おめかけさんはだんなさんをだまくらかしてるのよ」と口早につけ足した。学校帰りの小学二年生の話にしてはちとやばすぎるが、ユミはそんな事には無頓着である。そのおめかけにアザがあると言うのは、この辺では有名な話だった。でも誰もその女の人を近くで見たものはいない。女の人はつい最近越してきたばかりで、めったに家の外には出ない。「おめかけさんにアザなんかないよ」とユミが言えば、カナはびっくりするだろう。「あたしお妾さんに柿をご馳走になったから、どんな顔だか見たもん」と言えばもっとびっくりするだろう。二人はそれから黙って歩き、カナの家の前で別れた。風がざわざわと頭上で鳴り、黄色いイチョウの葉が数枚、路上に落ちた。首のあたりが寒くなりユミは背中を少しちぢめた。「あのおめかけさん、どうしてるかな」ユミは思った。

Persimmon persimmon in blue sky

先週カナが学校を休んだ日、一人下校していたユミは、柿の魅力に負けておめかけさんの家を訪ね、玄関口で声を張り上げた。「ごめん下さーい!柿を一つくださーい!」奥から出てきて無表情だったおめかけさんの顔が、ぱっと明るくなった。「もちろん!一つでも二つでも幾らでも!」と言うと家の中に招き入れ、むいた柿を小さなグラスの皿に盛り、小さなフォークを添えてくれた。彼女は大きなお腹をもてあますように、ユミのそばのテーブルに寄りかかった。「赤ちゃんが生まれるんですか」ユミが真面目な顔で聞いた。「そうよ、今八ヶ月よ」「生まれたら赤ちゃん見に来ていいですか」彼女は笑いながら「どうぞどうぞ」と言った。帰りに柿を沢山くれたが由美は断った。母親にいつも、知らない人から物をもらってはいけないと言われたのを思い出したからだ。しかも母はお妾さんの事をひどく悪く言う。会った事もないのに。お妾さんはとても奇麗だった。顔にあざなどなかった。とても優しく毎日でも遊びに行きたい感じだった。

70121744 - persimmon fruit on rustic old wooden table

正月が明けしばらくした頃、母が夕食の食卓でみんなに告げた。「あの妾の赤ん坊が、死んで生まれたんだって。めくらの子供なんか産もうとするから、罰があたったんだよ」憎々しげに言った。お妾さんに会った事など、口が裂けても言えないとユミは思った。しばらくして、彼女は旦那さんと別れて遠くへ行ったと、町の人たちが噂した。

あれから一年過ぎた今でも時々ユミは、学校帰りにあの平屋を眺める。その庭の柿の木をも。そして舌の上でとろけるように甘かった、あの冷たく冷やした柿の味を思い出す。もう一度会いたいと心から思う

この花の名を

「この花の名を知っていますか?」と男に聞かれたので「知りません」と答えた。知らないものを知っていると言うほど、ずうずうしくはない。それに散歩がてらにその家の庭の前にたち、男に聞かれた花を見上げ、この花の名は?と自問していたのは私の方が先なのだ。花はどこか大ぶりの鉄砲ゆりに似て、上向きではなく下向きに咲き、背低い木にその花とこれも大ぶりの葉がうっそうと垂れ下っている。花も葉も枯れかかり、ひなびた色であたりを物悲しくさせている。

だがしかし、と男をちらりと横目で見た。何だこの男は?初対面なのになれなれしくそばに立ち、しかも微笑している。花の名を聞く男などは、裁縫の仕方を聞く男にも似てどこか女々しい。女々しくにも見えるのは、こいつがイケメンだからだ。長身、ハンサム、知性のフレグランス、めったにお目にかかれない三種の神器をそなえ、影のようにそばにいる。いたたまれず歩き出すと「またお会いしましよう」と背中に声をかけられた。馬鹿か利口か分からないこの男に胸をかき乱され、その夜は一時間くらいしか眠れず、あの花の名は?とふたたび考えもした。

次の日の午後、同じ時刻にまたあの場所に行くと、遅れてきた郵便配達を待つという格好で、男が路上に出ていた。「いやーまたお会いしましたね」わざとらしく愛想笑いをする彼に、無言でいると「昨日は花の名なぞきいたりして、変だと思ったでしょう。実は僕はこの家の家主なんです。でも自分の家の庭の花の名も知らないんですよ」「知らなくても別にいいんじゃないですか」と言って見た。「でも庭の花の名前も知らずに引っ越すのは、心残りで」「引っ越す?」それから私たちは長い立ち話をした。

男の話はこうだ。二年ほど前に結婚した妻が、交通事故であっけなく死んだ。愛してやまない妻だったので、一人この家に住み続けるのはとてもつらい。だがせめて彼女の好きだった花の名ぐらいは知って置きたいと言うのだ。彼女は花好きで、花に関しては広い知識を持っていたが、この花だけはどんなに調べても分からなかった、と男がうつむいた。私はもう一度家全体を眺めまわした。瀟洒で素敵な家である。白壁の数か所にある淡いブルーの飾り窓が物語風で、家のまわりをぐるりと縁取る狭い花壇は、さび色のレンガで囲まれ植えられた三色すみれが愛らしい。庭の中央寄りにはそれなりの小さな築山があり、シックなアレンジで植物が植えられている。「妻が作った庭なのです」男がうつむいた。だがガーデナーを無くした庭は全体的にさびれた感じで、100円眼鏡で見るようにくすんで見える。「この花の名が分かれば、天国の妻に知らせたいのです」男が悲しげに昨日の花の木を見上げた。それは昨日よりもさらにしょぼくれ生気がなかった。「天国の妻に?どうやって?」とは聞かず、知るか!と無言の返答をし横を向いた。と、その時、目の隅に今にも散りそうな、開きすぎた真っ赤なバラの花弁が見えた。それが私をせき立て「それじゃー」としっかり後ろ髪を引かれながら、また歩き出す。

まったく、この軽い嫉妬感は何なんだ。見知らぬしかも死んだ女にヤキモチ焼くなんて。男は何であんな話を私に?それにしても花の名前が分かりましたと、また訪ねれば良い訳だ。急がねば。一人暮らしの私に楽しみがまた一つふえた。

 37296431 - white wooden chair in the flowers garden.

あと十五メートル

あと十五メートル、いや十メートル、いや五メートルも行けば、またあの家族にでくわす。哲学的なオーラをあたりに放ち、不思議な微笑をまき散らす曲がり角の家族。贅肉の一片もない赤銅色の肌と良く光る目をした男、そして彼に寄り添う妻は、上品で奇麗なムードをベールのように被っている。だがそれ以上の存在は、いつも地べたに腹ばい世にも哀れな目で私を見上げる、あのドーベルマンである。哀れな目で私を見上げながら、実はその奥にすべてを見抜いた冷たい光を放ち、私をあわてふためかせるあのドーベルマン。哀れな目が彼自身を哀れむ目ではなく、私を哀れむ目だと理解した時の失意感。あざやかなつやつやとしたその黒い毛並みに、両方の耳をピンと立て、彼は人間の声を静かに聞いている。

三ヶ月前の事だった、いつものようにショッピングモールに徒歩で買い物に出かけた私は、そこに続く曲がり角で、このホームレスの一家に出くわした。中年の夫婦と黒い犬一匹。段ボールの破片に「GOD BLESS YOU  HUNGRY HOMELESS  PLEASE  HELP」と書かれたサインが犬の前にあった。私は私を見る犬に微笑んだ。すると男がざっくばらんに「とてもフレンドリーな犬ですよ、撫でてごらんなさい」と言う。よせばいいのに思わず犬の頭を撫でてしまった私の手を、ぺろぺろと彼がなめた。男はほほえみ、ほらねと言わんばかりにウインクした。せっつかれたように、私は犬の横に置かれたクッキーの空き缶に、あわてて二十ドル札を入れた。

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ホームレスの方々を私は常日頃、決して軽蔑したり、同情などもしていない。だが他にやり方はないのだろうかと不思議に思う。人間死ぬ気になれば何でも出来る。火事場の主婦はタンスをかつぐと言うではないか。プライドを金とひきかえと言う行為は、人生の投げ捨てだと思うけど。もちろん、「俺には俺の理由がある」とまなじりを決する方もいらっしゃるだろう。そういう人は除外する。ホームレスは楽しいと、明るく未来をとらえる方も除外の対象とする。曲がり角の家族は、職種の選択ならいくらでも出来そうな、立派な家族だった。

さてそれからは、モールへの曲がり角で犬の頭をなで、二十ドル札を空き缶にほうり込むという責務を負わされる事になり、今では夫婦と世間話をするまでになった、今日この頃の私である。二十ドル札を入れる時に感じる私のあの後ろめたさを、彼らが気づいているかどうかは知らない。だが聡明なあの犬だけは、知りぬいているのだ。

犬は会うたびにいつもの目で私を見上げる、あごを地べたにつけたまま。その目は多種多様のニュアンスを私に投げかける。“なんでここに来るんだ”“金なんかいらねーよ”“金持の振りして、お前が家じゃカップラーメンばっかり食ってるの、知ってるぞ”“偽善者ぶるお前が嫌なのさ”犬にそれ程の思考力があるかはともかく、物言わぬ犬のあなどれぬ沈黙、静謐さを私はおそれる。しかもこの冷徹で聡明な犬に次第に魅入られて行く私だった。ただ夢遊病者のように、曲がり角の家族を頻繁にたずねる私を、誰も止める事はできない。犬の頭をなで20ドルを缶に入れる度に、その日のノルマを果たしたと安堵する私だった。

だが、ある日こつ然と彼らは姿を消した。さよならも言わずに。それが誇り高きあの犬の「場所がえしよう」と言う鶴の一声で決まったものと、私は信じて疑わない。