夢のできごと

ゴミゴミした古い町を、自転車に乗って颯爽と走っていた。道は一車線で交通量もわりに多い町、それでも私は自転車用の道を走っているから、混んではいない。たまに後ろから割り込もうとする小型車がいるが、そうはさせまいと私は巧妙に自転車を操る。

いや待てよ、私は高齢のために、ずい分前に運転をやめ免許証もないし、一つ間違えば逆走事故も起こしかねないぼんやりとした頭を持っている。前頭葉が故障しかけの認知症の一歩手前でもある。その女が颯爽と、混雑した道を自転車で走れる訳がない。出来る訳は、それが夢の中の出来事だからである。

やがてゴミゴミとした道を抜けると、右側にユーカリの樹木が立ち並んだ薄暗い狭い道が現れ、それと私がいる表通りとT字に重なる場所に、小さなガラス張りの店が現れた。これが私の目的地である。この店の名物である🍙(おにぎり)を私は買いに来たのだ。

ついでに言うと、夢を見ている間に『これは夢だ』と自分で認識する事は私には出来ない。出来る人もいるかも知れないが、よほど頭脳明晰の人だと思う。

店の中は人いきれでむんむんしている。カウンターの中には、🍙を握る人が二人いて、一人は東洋人との混血らしき黒人の男性、もう一人は太った中年の日本人女性だ。二人ともプラスチックの手袋をはめ、二人が立っている後ろの壁に、おにぎりの種類を書いた長方形の紙が貼ってある。その中から昆布と梅干の🍙をにぎってもらい外へ出た。

そして今度は自転車に乗らず、歩いて近くの酒屋までビールを買いに行く。🍙とビールはよく合う。自転車は乗り捨て次の場所まで歩いて行く。乗り捨てる事に何の悔いもない。これが夢の夢たる所以である。夢はとつぜん何の脈絡もなく、一発勝負で最後の切り札を出して来る。

酒屋に着き、あらゆるビールのビンが並べられたガラスケースの前に立っている。するとすぐそばに、アイボリー色のだぶだぶのスーツを着た男性が立って、男性はどこか薄汚れた感じで、じーっと私を見ている。どんな顔かは分からない。首が回らず彼の顏が見えないからだ。だがそれはあまり気にせず、何となく後ろを見た。

店の主人が不安げな顔で私を見ていた「気をつけて、その男は危ないぞ」実は私もこの男の精神の異常さをすでに感じていたので、二、三歩右によけた。だが彼は同じ位置で、ただ私を見つめるだけである。私も彼をもっとよく見ようと顔を近づけた。残念、その時目が覚めた。

だがこの男性は実際に私が見た男である。その時は知人の誕生日パーティに行く途中でシャンペンでも持って行こうと、酒屋に寄った時の事だ。するとダブダブのスーツを着た変な男がそばに来て、意味もなく私を見つめていた。気色の悪い男だなと思ったが、体が動かない怖い思いをした。

夢はどうして見るのか?私の場合は、何となく心に気にかけている事が、ぽっと夢に現れたりする事が多い。例えば現実にトイレットペーパーが切れかけている、するとその晩さっそくマーケットに行く夢を見る。

あるいは旅行先での出来事、時は春、頭上にはさやさやと若葉がそよぎ、目の下の清流には、時おり黒い岩を叩くように白い飛沫が上がっている。私は橋の手すりによりかかり、川を見下ろす位置に立ち、誰かに電話をしようと携帯を手にしている。

だが、そのまま携帯を川に落としはしないかと、気が気ではない。暗示にかかりやすい性格だから何かを思っていると、それをやがて現実化してしまう。そしてとうとうその夜、携帯を川に落としてしまった。ただし夢の中で。

あるいは思い出として記憶に残っているシーンが、意味不明な夢の中にぽっと出て来る。父の記憶は夏の浴衣姿である。彼は夏になると、浴衣姿で横向きに寝そべり良く本を読んでいた。それが夢の中に出て来て、彼が起き上がると、それが私の夫にすり替わっていたりする。

「あーあ」と私はため息をつき良く見ると、彼はあぐらをかき盃を手にしてにやっと笑っている。夫は白人で浴衣など着ない、盃で酒も飲まない。にやっとも笑わない。これらは皆父の所作である。それが夢の中では夫にすり替わっている。これは奇妙な感覚を私に呼び戻した。

夫はかなり私とは年が離れ、父親と言ってもいい位の年の差があった。父親に似た感情を彼に持っても良かったのだが、それはなかった。理由は彼が白人で、日本人の男のような気質が無かったからだと思う。

昔は夢を見た朝は必ず、ベッドの中でその夢を反芻し、余韻を楽しむのが好きだった。だがそんな事ももうできない、なぜなら目が覚めた瞬間、夢の記憶はすでに跡形もなく消え失せているからだ。脳の働きが衰えて来ている証拠だろう。

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