まんじゅうと茶

まんじゅうと茶を食べ終えると俺はノレンをかきわけ、薄暗い店の中にむかって声をかけた。「代金はここに置いときます、ごちそうさまー」かなり大声を出したつもりだが、中からは何の返事もない。

俺はそのまま止めていた自転車をこぎだしペダルを踏み始めた。しかし変な店だな、店の店員が口を聞かない、愛想がない。茅葺の屋根、お休み処ののぼり、軒先の縁台に掛けた赤い布、江戸の風情と情緒を感じ立ち寄ったが、思ったよりも無愛想な店だった。そんな事を思いながら俺はまた速足で自転車をこぎ出した。

ひきこもりになって2年が経ち急に自転車旅行に行って来ると言うと、母親は涙を流して喜んだ。この頃は食事を二階の俺の部屋まで運んで来るようになった馬鹿な母親。俺がニートになったその原因は母親自身にあると言う事も分らず、ただおろおろするだけしか脳のない女だ。

なぜ自転車旅行かと言うと、あるユーチュウバーの動画がその理由だった。彼は言った。「海沿いを自転車で走るのは実に気持ちがいい。潮風を受け自転車で走ると、身も心も潮風に洗われたようになる」と彼は言った。じっさい動画の撮り方がうまいのか、島影に立つヤシの木、寄せては返す白い波を左手に見て、颯爽と走る姿はカッコ良かった。

その海が湘南海岸と言うので、同じコースを俺も選び横浜の自宅から動画の通りに自転車をこぎ始めた。だがいつまでたっても海が見えない。おまけに道が悪くなり石ころだらけの田舎道になり足も疲れて来た。それで見えた茶屋ののぼりに救われた気持ちになったのに、あてがはずれた。

高校3年まで俺は優等生と皆に言われた。バスケット部に所属し友人も何人かいて、比較的楽しい学生生活を送った。天才とは言わないが、高3の模擬試験では72の偏差値を取り、そのデーターでは青山、名古屋、筑波大学は合格可能と書かれていた。

だが俺は受けた大学すべて落ちた。あの時の悪い夢を見ているような絶望と落胆の気持ちは、今思い出してもゾッとする。プライドの高い俺は地獄の底に突き落とされた気になり、未来が閉ざされ朝から晩までベッドの中で過ごすようになった。それが高じて引きこもり。すると今度はぶくぶくふとりだした。

ある日二階の自分の部屋にいると、階段の下から茶の間の家族の声が聞こえた。「お前はツヨシが腎不全と言うがあれは病気じゃない」「じゃなぜあんなに太っているのかしら?」母親のつまらない声がする。「それは何もせずに食べてばかりいるからだ」と言う父親の声「お医者様は腎不全だとおっしゃったんですよ」とこれは母親の声。父親は何も言わない。二人はそれ以上の会話は避ける。

俺はだっだっだっと階段をかけおり、「俺の病名は自閉症スペクトラム障害と言うんだよ。自閉症スペクトラム障害、分ったか!体はどこも悪くない、精神がおかしいんだ!」大声でそう言いたい衝動にかられた。だが俺は言わない、中にため込む。

石ころ道を30分ほど自転車で行くと、左がわの細道を妙な格好をした男が歩いて来た。菅笠をかぶり合羽を着た肩に、振り分け荷物を前と後ろに掛け急ぎ足で歩く。菅傘で顔は見えない。道の両わきには松の並木道が続いている。まだ海は見えない。

ニートになった俺に母親はぐずぐずと泣きながら「先の事はどうするの、篠原さんの息子さんは東京の早稲田に行ってるそうよ。早稲田の近くにアパートを借りてるらしい」この前道で会った時に少し話をしたの」と言いやり切れないほどの暗ーい顔をした。

篠原と言うのは高校の時の友人だ。俺と彼は高校の成績が優秀だと言う事もあり、良く話をした。いわば親友だ。だがあいつが早稲田に受かり、俺がどこにも合格出来ないとなると、俺たちはぱたりと合わなくなった。いや俺があいつを避けるようになった。あいつも無理に押しかけて来るような事はしなかった。親友とはそんなものだ。

あれ、今度は駕籠に乗った女がやって来た。裸同然の恰好をした貧相なかごかきが、前と後ろで駕籠の棒をかついで、「へっちょい!、へっちょい!」と掛け声をかけながら調子良く駕籠を担いでいる。女は座り心地が悪いのか不機嫌そうに顔をしかめている。駕籠と言えば今のタクシーだが、このタクシーにはドアがない、中は丸見えだ。

女と言えば、受験に落ち家でふて寝してると、同じクラスの好きだった女性徒から手紙がきた。俺も悪くは思っていない子だったので驚いて中を開けて見ると「好きでした。あなたには光のようなものがありました」と書いてある。でも今さらそんな事を言われても、ニートになりかけていた俺にはなんの足しにもならなかった。

昔のことを思い出すと今の自分と比較して嫌気がさす。大学受験の勉強をしていた頃は、希望に燃えていた。未来が輝いて見えた。だがそれも終わりだ。何をする気も起らない。

突然ツヨシは目を輝かせた。「おおーっ!あれはなんだ、、、ああーっあれは草原だ」ツヨシは声を上げた。クローバーの白い花が一面に咲き乱れる大草原だ。あの上に大の字になって寝ころべば気持ちいいだろうな。もう3時間ぐらい自転車をこいでいる、足も疲れた、よしここで休憩だ。

ツヨシはクローバーの大草原に続く細い道を走り、しばらく行くと声を上げ自転車を飛び降り、草原の上に大の字になった。しかしながらそこは白い花が咲く大草原ではなく、白いさざ波が揺れる大海原だった。草原に続く細い道だと思ったのは桟橋なのだ。彼は暖かい母のような海に抱かれ、微笑みを浮かべ静かに海の底に沈んで行った。

ニートになってからツヨシは現実の風景が実際とは全然違って見えるようになった。たまに外出して街を歩くと、町並みが百年以上も前の古典的景色に見えたり、無人の未来都市に見えたりする。そのために恐怖をかんじ外出もしなくなった。だがその事は誰にも言わなかった。

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