ナツ,トモ、ウタは仲良し3人組、今日も一緒に下校していた。時間は午後3時、いつもより少し遅い下校だ。実は今日はフィールドトリップの帰りである。学校から町の映画館まで遠足がてらに歩き映画を見て、その後藤棚の美しい公園で弁当を食べ、今は家に帰る途中である。
だが3人は誰も押し黙ったように口を聞かずうつむいて歩いていた。別に映画に感激して口数が少ない訳ではなく、彼らは疲れ切っていた。映画館のある町まで歩いた事も一つの原因だが、映画の内容がさっぱり分からず、ただ今は目がチカチカして痛い。
先生は昨日皆に宣告した。「明日は町の映画館まで映画を見に行きます。題名は『石の花』」先生が言ったのはそれだけだった。それがロシアの映画で、初めてロシアで制作されたカラー映画で、もちろん日本で上映される初めてのカラー映画だとも先生は言わなかった。
だから衝撃も強かった。だいいち総天然色の映画など今まで見た事もなかったし、外国の映画を見るのも初めてだった。「画面の下に出て来た文字、消えるのが早くて読めなかったよね」ナツが言った。字幕の事をそんな風に言うと「そうそう漢字も多くてね」皆が同意した。
実はそれが原因で内容が理解できていないのだが、映画だけ見て内容を想像するには、彼らはあまりに幼すぎた。まだ小学2年生である。携帯電話、ポケモンゲーム、バービドールなどまだなかった時代、娯楽と言えば少女漫画雑誌が関の山だった時代。1950年代の話である。
「ウタちゃんのくれたおにぎり🍙、おいしかったよね」トモが思いついたように言った。彼女は藤棚の下で食べた弁当の事を言っている」「ホント、すごくおいしかった」ナツがそう言うと、ウタは嬉しそうな顔をした。
だがそれだけだった。🍙は自分で作ったのだった。母は朝早く田んぼへ出かけ家にいないので、ウタは自分で弁当を作らなければならない。みんなに上げようと余分に作った。でもそれをみんなに言うのは恥ずかしかった。
「石の花、わたしも持ってるよ」とトモが言った。他の二人の女の子はドキリとした。石の花と言う言葉を簡単に使って見せたトモの聡明さが、他の女の子たちを驚かせた。映画の中の石の花は、銅山の洞窟の中に年に一度だけ咲く、石で出来た花の事だった。これを見ればどんな下手糞の石工でも、すぐに才能が開花して素晴らしいものが彫れると言う。
若いだが才能ある石工のダニーラが、ある日貴族からクジャク石の花の鉢を彫るよう命じられる。彼は婚約者のカーチャがくれた白い花をモデルにした鉢を彫る。だがなかなかうまく行かない。彼はとうとう完成した鉢をぶち壊してしまう。
すると洞窟に住む魔性の女が「私の所に来れば石の花を見せる」と言うのがどこからか聞こえる。彼は一人銅山の穴の中に入って行く。カーチャは村に取り残された。女はダニーラに「私と結婚しなさい、そうすればあなたは立派な職人になれる」と言う。だがダニーラは断りカーチャと結婚する。
ここまで来てもナツ、トモ、ウタは映画の内容がさっぱり分かっていない。洞窟の中はただキラキラ輝いているだけで、魔性の女、つまり洞窟の女王は何だかぼんやり見え恐い感じがした。なにしろ遠いロシアの話でそれも古い民話なのだ。
「わたしも石の花もっているよ」とトモがもう一度言った。「ほんと?」ナツが驚いた声を上げる。「うん、わたしの父さんが、船で外国の港に行く時に買って来てくれるの」「ホント?いいなー」女の子たちは以前、船員の制服を着たトモの父親の写真を見た事があるので、すぐにその話を信じた。
「家にくれば見せてあげるよ」ナツとウタはトモの後をついて行った。彼らが今立っている場所は、トモの家の入口になる所で、そこから狭い坂道を上って行くとすぐにトモの家だ。その坂の両壁はなまこ壁になっていた。
なまこ壁とは普通の瓦を平たく並べて、そのすき間を白い漆喰で塗り固めた壁の事だ。その壁をナツが触っていると「ナツちゃん、それやめて、じいちゃんが嫌がるから」トモが言った。特に漆喰の白い部分はやたら触ると黒く変色するとトモの祖父は言ったそうだ。
その頃なまこ壁で出来た壁のある家は、お金持ちの家と決まっていた。トモの祖父はこの辺りの地主で広い土地を所有しているが、ケチで有名だった。トモの家は、祖父母と長男夫婦が住んでいる大きな母屋から離れた小さな小屋で、トモは母と小さな妹、弟とそこで暮らしていた。次男の父が航海をしている間は。
3人がトモの部屋に入って行くと、トモが折り紙で作った小箱を持って来て、床に中身をばらまいた。艶々とまぶしく光る色違いの、大きさの違う小石たちが中から転がり出た。彼女はそれらの石を並べまず小さな円を作り次にそれよりも大きな円と放射状に並べ始めた。
並べ終るとトモは窓の白い薄いカーテンを引く。すると小石たちの上をカーテンから漏れる午後の光が照らし、小石は揺れる花びらのように見える。これこそがトモの言う『石の花』である。ナツとウタは感心したように黙っていた。「これはわたしの宝物よ」トモが得意そうに言う。
「わたしも宝物をもってるよ」ナツがそう言うと「それはなあに?」ウタが即座に聞いた。
「かあさんがくれたフランス製の絹のスカーフよ。とても柔らかくて小さく丸めると片手で握れるの。こんど家に来れば見せてあげるよ」「ホント?」「ホント?」ウタとトモが同時に言った。
「ウタちゃんの宝物はなーに?」ナツが聞く。うつ向いていたウタがドキリとして皆の顔を見た。返事に困った。第一宝物など、そんな物はない。「色々あるから、、、。どれが宝物か分からない」やっとの思いで言った。色々と言っても実は何もない。
家には、学校から帰ると面倒を見て上げなければならない、80過ぎの病気の祖母がいるだけである。学校が休みの日には、家の掃除や家族の食事の支度をしなければならない。両親は野良に出ていつも忙しくしている。彼女は小さい癖に一家の主婦のような仕事をしている。
ウタに取っての『石の花』は自由に遊べる家庭環境かも知れない。