私は以前ゲティ ビラ美術館の近くに住んでいた

私は以前ゲティ ビラ美術館の近くに住んでいた。家からPCH(Pacific Coast Highway)を車で30分ほど行くと、マリブの中にそれはあった。

これはかの有名な石油王ジャン ポール ゲティが設立した美術館で、紀元前からの古代ローマ、ギリシャの古い美術品のコレクションが見られる。中に入るとすぐ眼前に広がる、古代ローマの別荘ビラ デイ パピリを模倣して作られたと言う庭園。これが素晴らしい。

両脇に白い円柱を張り巡らした回廊がありそれに続く美しく配置された草木の植え込み、そして中央に薄青の水をたたえた長方形のプールがある。(泳ぐプールではなく水の美しさを楽しむプール)その荘厳な景観はこちらが委縮してしまう程だ。

だが恐れ入る程威風堂々とした何かを見ると、すぐにどこか隠れた弱点はないかとあら捜しをする悪賢い私は、色々と検索する。すると見つけました、ゲティ卿が美術品の購入には金を惜しまないが、それ以外はとてもケチだったと言う事を。

彼の孫息子がローマで誘拐された時、犯人たちに1700万ドルの身代金を要求されたゲティ卿は「ビタ一文払わない、私には他に14人の孫がいる、この身代金を払えば他の孫たちにも危害が及ぶ」と言った。

この言い分には一理ある。この孫はいわゆる放蕩息子で、祖父から金を引き出すために、友人たちと狂言誘拐を何度も企てたと言う。ナイトクラブに入りびたり娼婦漁りも好きだったと言うから、卿はそれに業を煮やしていたのかも知れない。

だが孫はまだ16才だったそうで、そう言う風に育つしかなかった家庭環境もある。

だが身代金の支払いにグズグズしていたら、彼らは孫の耳を切り落とし、その耳と彼の耳なし横顔を撮影した写真をある新聞社に郵送した。それでやっとゲティ卿が動き出したと言う。だが身代金を全額払う訳ではなく、290万ドルまで値切り、残りは孫の父親、つまり自分の息子に利子を付け貸し付けた。

3世が解放されるまでに5か月もかかったそうだ。すべてはゲッティ卿が金の支払いをあれこれ渋ったかららしい。

最近この事件をもとにした映画「All THE MONEY IN THE WORLD 」をテレビで見た。ゲティ3世を演じた俳優が、大富豪の孫の孤独感、悲哀感を、無頓着で投げやりな表情、仕種で、うまく演じていた。

この映画は画像がなんとなくドキュメンタリーを思わせる映像で、山中の隠れ家に拉致されたゲティ3世が耳を切られるシーンは、迫力があり私は思わず自分の耳を押さえる程だった。この耳を切り新聞社に送ったと言う話は有名なので、以前聞いた事があった。

耳を切ると言うのはとても猟奇的で残忍なやり方だ。グロテスクでもある。私は耳を上から下まで根こそぎ切り落としたと勝手に思い込んでいたが、実は耳輪の少し内側を輪に沿ってぐるりと切っている。これは根こそぎ切るより時間もかかり、薄い皮だからよけいに痛いだろう。

3世は誘拐犯から解放されてからもショックで立ち直れず、結婚もして男子一人を設けたが、薬物とアルコール依存症でその後の人生は足萎えになり車椅子生活、失明、会話不能など、重度の障害を抱え過ごし54才でなくなったそうだ。

ゲティ卿は生涯5度結婚し、5人の子供をもうけた。呪われた一族として知られるゲティ卿の息子、孫、曾孫の中には、脳腫瘍、自殺、精神崩壊、突然変死などで亡くなっている人が多くいる。呪われた一族と言うよりも、世界一の大金持ちの重圧に耐えきれなかった人達である。

色々と書き連ねたがいずれもウイキペディアからの書き写しで、私自身がゲティ一家にマイクを傾けインタビューした訳でもなく、山中の隠れ家に乗り込み誘拐され打ちひしがれたゲティ3世にステーキを焼いて上げた訳でもない。犯人の中に実際そう言う女性がいたらしい。人質を傷つけてはいけないと、犯人達は3世を丁重に扱ったそうだ。

犯人の中に英語を話せる男が一人いて、この人物が3世の面倒を見ていたそうだ。彼は仲間に「あの男の子はいい子だ」と言っていたそうだ。こんな事を誘拐犯人に言わしめるとは、やはり3世の人徳のなせるわざだろう。あるいは育ちの良さと言うべきか。単なる気取った金持ちの放蕩息子なら犯人もこんな事は言わない。

とにかく私が肉眼で見たものは、あのゲティビラの回廊と美しい植え込み、それに囲まれた素晴らしい薄青のプールである。今となっては、その美しい庭園のあちらこちらに、亡くなった一族がまるで亡霊のように立ちつくしているような気がする。

だがそれは恐い、気持ちの悪い亡霊ではなく、もはや大財閥のしがらみから解き放たれ自由になり、優しく穏やかな表情をした亡霊たちである。彼らは「やあ、いらっしゃい、よく来たね。ゆっくり過ごして行ってね」と観覧者に語りかけているような気がする。

もちろん、あの誘拐され運よく解放されたが、その後は悲惨な人生を送ったジョン ポール ゲティ3世も。

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