リリーは日毎に大きくなって行く

リリーは日毎に大きくなって行く自分のお腹を、両手の手のひらで撫でまわす。

最近はこの動作を知らず知らずのうちにやってしまっている事がある。あまり好きな動作ではないが、やっと授かった赤ん坊である。産婦人科のお医者は双子だと言った。

いつまでも妊娠する事が出来ず、不妊治療で排卵誘発剤を使用した。ドクターはこの薬は双子が出来る事もあると言ったが、その通りになった。だがリリーはクスリのせいで双子が産まれたとは思っていない。それは妖精のおかげだと思っている。

ずいぶん前に読んだ雑誌の随筆に、不妊の女性がある日突然妊娠する、それには妖精の力が加担していると書いてあった。作者はあまり売れない随筆家で、とてもエキセントリックな作風で一部には熱烈な読者がいる事で有名だった。

彼女が言うには、日常生活の中で羽をつけた妖精は、自分の周りのあちこちに潜んでいると言うのである。それはとても微小な姿で蛾や蝶の外見に似ており、普段は家の中の観葉植物や庭の木々の葉陰に止まっている。キッチン用具の裏に羽を休めている事もある。

それらが、子供を欲しがるだが授からない主婦を見つけると、その主婦の口から鼻から耳の穴から容赦なく体内に飛び込むと言う。そしてその女性の胎内で魔法の杖を一振りする。するとそれまで互いに見当違いの方向を見ていた精子と卵子が、悦びあいながら結び合うと言う。これを妖精の受胎と言うのだそうだ。

女性の胎内で気まぐれに浮遊していた精子と卵子が、杖の一振りで結合すると言うこの作り話は、思いもつかない事が起こる現代では妙に信ぴょう性がある。売れない随筆家はそこに目を付けたのかも知れない。

リリーは今年50才になる。お医者は生理学的に言って、まだまだ子供を産める体だと太鼓判を押した。夫の方はすでに検査済みでこれは問題なし。8才年下の男でもある。そして産まれた双子の子供。

それは実に可愛らしい赤ちゃんだった。それこそ妖精のように愛らしく、人間の子供ではないようだった。おそろいのパジャマと赤ちゃん用の帽子を被せ、あお向けにベッドに寝かせると二人は同時に両手を宙に突き出し手のひらをパッと開く。その姿は天使のようだった。

リリーは有頂天になった。二人を乗せたストーローラで散歩をすると、道行く人が立ち止まり極上の誉め言葉を浴びせる。それは母親に向けられた言葉のようにも思われ、彼女は日々幸せに満ちていた。ある夜夫がベッドの中で囁いた。「君はこの頃若くなった。身も心もね」「妖精のおかげよ」彼女は心の中でつぶやいた。

ある日の午後、リリーは庭の木陰で揺り椅子にゆられ赤ん坊におっぱいを上げていた。胸を大きくはだけ豊かな乳房を惜しみなく見せ、赤ん坊を抱きしめている。双子だから同時に乳首を含ませる事は出来ない。出来ない事もないがそこまでしたくはない。もう一人の赤ん坊は屋根つき乳母車の中ですやすやと眠っている。

ところでこの双子たちは二卵性双生児である。一人は男の子もう一人は女の子、男の子はノア女の子はエマと名付けた。夫婦で相談して決めた。二人はこの命名に満足している。困った事の一つは父親がいつも混乱して、ノアをエマ、エマをノアと始終間違える事である。

さてリリーはエマに乳首を含ませながら、母としての極上の幸せを噛みしめていた。庭の木陰で揺り椅子にゆられ赤ちゃんにお乳を飲ませると、蝶々やテントウムシが周りを飛び始める。長い間咲かずにいたチューリップの花が風に揺れている。まるで童話の中にいるようだとリリーは幸せを噛みしめた。

お乳を飲ませるのはいつもエマが先である。二人はとても良く似ているが、エマの方がほんの少しだけ可愛さが優っているとリリーは思う。だから何をするにしてもいつもエマが先だ。リリーは出来るだけ分け隔てなく育てようと思っているが、つい先に抱き上げるのがエマである。

そこに夫が仕事から帰って来た。いつになく不機嫌な様子である。「またエマから先に乳を飲ませているな」と恐い顔で言った。「えっ?どう言う事?」リリーがいぶかし気に言うと「君はエマをえこひいきしている。何をやるにしてもエマが先だ」静かな声だが口調がきつい。

彼はメンテナスの仕事をして稼ぎも良い。誠実で真面目な気質がオフィスのボスに気に入られている。信用できる勤務態度についボスは彼に仕事を振り当てる。すると夫は涼しい顔ですべての仕事をこなし、最近では自分の事務所をオープンする事も考えているようだ。

そんな性質からリリーが双子に平等でないと見えるのだろう。「あら、そんな事はないわ。あなたこそノアばかり可愛がって!」ついリリーが声を荒げると「それは君がエマばかり可愛がるからだ!ノアが可愛そうだ」と妻の前に立ちはだかった。

結婚して初めての口喧嘩である。「夜更けにエマが泣くと君はすぐさま様子を見に行く、だがノアが泣いても君は知らんぷり」「だから言ったでしょ!あなたがノアの面倒を見るからあなたに任せるのよ」「ちっ違う!君がエマを先に、、、」ここで夫は馬鹿馬鹿しくなったのか、急に口をつぐんだ。そしてその夜「僕は今夜はソファで寝る」と言い放ち枕をかかえリビングに消えた。

こういう暮らしが5年も続いた。気がつくとあんなに可愛かった双子の赤ちゃんがどちらも普通の顔になり、道行く人もあまり褒めなくなった。つまり可愛さが目立たなくなり、どこにでもいる当たり前の顔になったのだ。

ただ違うのはノアが父親に似た性格になり、エマが母親のそれになった事だ。ノアは静かな性格で控えめだが自分の意見はしっかり持っている。エマは少しわがままで人の注意を引くのが好きである。

ある日リリーが夫に行った。「ノアはあなたに似て聡明な男の子になったわ。でもエマはいつまで経っても甘えん坊で私みたい」彼女はうつむいたままそう言った。すると夫はリリーのあごを指先で上げ唇にキスをした。「そんなことはない、ノアも結構わがままだよ」と言い微笑んだ。

それから夫婦は二人の子供を良い子に育てるために、話し合い力を合わせるようになった。馬鹿な夫婦げんかもやめた。すると子供達は笑い夫婦は幸せな家族を築いた。

これも妖精のなせるわざだろうか。

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