「今度あなたをこのあたりで有名なバラ屋敷に連れて行くわ」
新しい街に越して来るとすぐにそう言われた。言ったのはやはり新しい隣人のエリザベス、彼女はこの街のカントリークラブのメンバーだった。
バラ屋敷、なんとミステリアスで華やかな響きを持った言葉だろう。今もそうだが少女時代に憧れた言葉だ。私はバラ屋敷そのものを見た事は一度もない。さまざまな色と種類のあふれるようなバラの花達に囲まれた、白い邸宅を思い描くだけである。
リズは約束をうやむやにするタイプではない。それどころかすぐ実行に移す。その一週間後私とリズはバラ屋敷の女主人を訪問する事になった。彼女の名前はマーシャ。リズの計画としては、二人がメンバーであるカントリークラブで私を含めた3人でランチを食べ、その後マーシャの家に行くと言う計画だった。
だが「そんなにバラが見たいのなら私の庭でランチはいかが?」と、バラ園の持ち主が言うのでそうする事にした。
白い木柵に囲まれたバラ園のアーチ形の入口は、何かの蔓で造られ、華やかなバラの花がそれを覆っている。やはり私が想像していた通りの庭だった。大小さまざまの種類のバラはふっくらと息づき、それぞれの色と匂いを振りまいている。大輪のバラは神々しく空を仰ぎ、小さなバラ達はルルとハミングして微風に花びらをそよがせている。
私は願い事が完全にかなった時の茫然自失に近い状態で庭をゆっくりと見回した。すると女主人が言った。「ランチはピザでいい?」「いいわよ」リズが即座に答えた。庭を一回りした後、私達は園の中ほどにある白いテーブルに座った。
すると背低いだが恰幅のいい男性がパティオのガラスドアを開け「やあ、いらっしゃい。」とほほ笑みながらこちらに歩いて来た。すると女主人は「あらこれから出かけるの?」と聞く。彼は「ああ、ちょっと必要な書類を忘れたんだ。じゃお二人ともどうぞごゆっくり」彼は軽く会釈するとガラージに入った。すぐにエンジンを掛ける音がした。
この男性はあるホテルのジェネラルマネージャーだとリズから聞いていたが、彼が去った後私は、聡明で鷹揚な男性だけが放つ力強い優しさの余韻のようなものを感じた。
ピザ屋の配達人が片手にピザケースをささげアーチ形の入口を入って来た時、私は急に現実に引き戻された。トッピングの多い贅沢なピザとロゼワイン、そしてバラの強い息吹で私達は満たされた。しばらくしてとても幸せな気持ちでリズと私はバラ屋敷を後にした。
「あのご主人、今大変なのよ」帰りの車の中でリズが静かに言った。「彼のホテルの経営が思わしくないの。ホテルに何かあればすべての責任はGMに罹って来るからね。彼の手腕が悪いとは言いたくないけど、左遷させられるかも知れないってマーシャが言ってたわ」
「マーシャは働いているの?」私が聞いた。「ええ、週二回ある自閉症の男の子の家庭教師をしているわ」「うまく行っているの?」私の問いにリズは「ええ、やりがいがあるって言ってた」私が無言でいるとリズは「仕事はぜったいやめたくないと言ってたわ」彼女はハンドルを握ったまま強い口調で言った。
200年以上も前にこのあたりの大地主の屋敷だったと言うカントリークラブのクラブハウスは、古色蒼然としてだが堅牢、揺るぎない勝気な大昔の上流階級の老婦人、と言う佇まいである。改装とメンテナンスが程よく施され、その雰囲気がメンバーをその気にさせる。
その気にさせると言うのは、メンバーがレストラン席に座れば、200年以上も前の上流階級人の顔つきになると言う事である。
その顔つきの裏側で女性メンバーは噂話に花を咲かせる。むろん他のメンバーの噂話である。
「リズのご主人がとうとうメキシコに行くらしいわ」クリスマスパーティでクジャクの羽の扇子を使い失笑を買った女性が言った。彼女はキリンに似た風貌で首がやたら長い。その女性の向かい側にいる子豚のようにふっくらした女性が「あら、あのホテル、メキシコにも支店があるの?」と言いすぐにマティニのグラスを口につけた。
クラブのダンスパーティで夫が他の女性と踊るともの凄いヤキモチを焼くと言う噂の女だ。
「あのホテル規模が大きくて、国内だけでも支店は3000店を下らないわ」私の隣にいたリズが言う。「メキシコと言ってもカンクンだから期待されているのよ」と彼女は付け加えた。
「それでマーシャも一緒に行くの?」とキリンが聞く。話が退屈になると目の前の人物が着飾った動物に見えて来る私の性癖。魂が体から抜け出しゆらゆらと天井あたりで浮遊し、上から奥様達の頭のてっぺんを見ている
「彼女は行きたくないって言ってた。子供がいるから」とリズ「子供と言っても、もう大人でしょ、18才と19才の大学生よ、しかも大学の寮に入っている」「それにマーシャはあの子供たちが養子だってひた隠しにしてるでしょ、愛情があまりないんじゃない」何か言いたくてうずうずしていたコアラによく似た女性が咳をしながら言った。マーシャがこの席にはいないから何とでも言える。
夏が来た。プール開きが発表され、大きな欅の木の下にあるプールに人々が集い始める。私もビーチタオル片手に座り心地の良さそうなデッキチェアを探している。すると入り口の付近で驚くような美男美女のカップルが、水着姿で隣同士に寝そべっている。
女性の方はバービードールのように素敵に腰のくびれた女で、男性はバービーの恋人ケンに似ている。いつかリズが教えてくれたマーシャの子供達、養子達だ。彼らは無表情に口も聞かず、マネキンのように、ただじっとプールの水面を見つめている。
私はマーシャがバラ作りに精を出す理由がこの頃分かり始めた。