見知らぬ町を車で走っていたらすぐ右手の石畳の歩道を、若い女性がジョギングをしながら走り去って行った。彼女が歩を進める度に彼女のポニーテールが勢いよく横揺れする。そのインパクトの強さに私は釘付けになり、彼女が見えなくなるまで髪の揺れを見続けていた。
同じような事が前にもあった。街を車で走っていたら犬の激しい鳴き声が聞こえた。見ると、反対側の道を前から走って来る車の窓から犬が顔を出し、私にむかって吠えている.
私はその犬をじっと見つめた。すると彼はなおも吠え続け私から目を離さない。しばらくは犬と私のにらめっこが続いた。
もちろんどちらの時もドライバーは私ではない。よそ見をしながら運転したら事故に会う。
車の中から外の景色に見とれるのは昔からの私の癖である。学生の頃、東京から郷里に帰る汽車の中から見る窓外の景色には、特に思い入れが深かった。人気のない駅のベンチに少女と母親が横並びに座っている。彼らは横向きに見つめ合いながら、激しく口論している。
あるいは薄暗い本屋の中でおばあさんが、猫と一緒に店番をしている。そのおばあさんをじっと見る。むろん彼らは私とは縁もゆかりもない人で名前さえ知らない。そんな人達の一瞬の姿を見ながら私は彼らの人生を夢想する。彼らの夕食の献立を夢想する。
生きている間にたぶん、今日この時この瞬間が彼らに会えるたった一つチャンス、つまり一期一会なのだと思うと感傷的になる。バカバカしい事だが膨大な時間と場所の中で、この一瞬こそが彼らに出会うために神が選んだ一瞬なのだと、感慨にふけるお馬鹿な私である。
その時は必ず、あるシャンソンのフレーズが頭をよぎる。
“人生は過ぎ行く 足音も立てず 人生は過ぎ行く 私を見捨てて”
いつ覚えたのかもはっきりしないシャンソンの訳詩の一節が、頭の隅にこびりつきときどき私を脅かす。題名は『La vie s’en va』
このフレーズだけ聞くと、聞きようによってはどこか哲学的な抒情詩のようにも思える。深遠な人間の心の機微を歌うようにも思える。
だが‟私を見捨てて“ このところで私はちょっとあわてる。まだまだ人生に未練があるのに見捨てられるなんて、と顔をしかめる。まだ行きたい観光地もある、見たい芝居もある、あの山にも登りたい、この川でも遊びたいと幼児のような欲望が次々と私を捕える。
だがこの歌は女性が(あるいは男性が)去って行く恋人に行かないでと懇願する‟愛の歌“である。いきなり冒頭から好きよ、好きよ、ジュテーム、ジュテームと言うセリフが出て来て、遅かったわね、なんでもっと早く来れなかったの、好きよ好きよ、どうせまたあの人の所に帰るんでしょ、好きよ好きよ、あなたが行くなら私はもう駄目🙅と言う脅しと縋りつきの激しいヤキモチの歌である。
これでは、素敵な別離を考え出方次第では再会もよしと考えていたかも知れない、相手の気持ちをみすみすうち砕き叶う恋も叶わなくなってしまうだろう。だがこれは60年以上も前の歌で、作ったシンガーソングライターはジョエル オルメスと言う男性ですでに亡くなっている。幼い頃にとても苦労した人だそうだ。だからこんな人生に縋りつくような詩が書けたのだろう。
それにしても若い頃ならまだしも、60、70を過ぎてこんな歌を聞くと、私は肌がむず痒くなり顔が赤らむ。それほど誰かに抱く恋愛感情と言うものが、もはや枯渇してしまっている。もう今は「忘れ物はないか?忘れ物はどこ行った?」そんな事ばかりが頭を巡る。恋の忘れ物ではない、物の忘れ物である。家の鍵、眼鏡、マスク等々。
話は変わるが、先に書いた、私がよく犬に吠えられると言う話。犬に吠えられると言うのは必ずしも、嫌われているからではないそうだ。犬が私に吠えるとそばにいた飼い主に「あなたの事が好きなのよ」と良く言われる。私に興味を持ってくれてるというのだ。
ある時2匹の大型犬にひどく吠えられた事がある。私はつばの広い麦わら帽子を被り、大きなサングラスをかけていた。そして他人の庭を一生懸命覗いていたのである。それでアヤシイ不審者だと犬は思ったのだろうか。
だが覗いた理由はその庭が懐かしかったからである。それより半年ほど前に、その家のオーナーが庭づくりに励んでいた時、散歩をしていた私は声を掛け立ち話をした事がある。石灯籠や日本のメープルツリー等があったので「日本の庭見たいですね」と言うと彼は「妻が日本人で彼女の希望通りにしてるんだ」と言った。
あれから半年が過ぎ庭は完成している。私は彼がいるなら挨拶したいと思い彼を探していたのだ。執拗に庭を見ていたら二匹の犬に吠えられた。二車線道路で割りに広い道の反対側の木柵に、犬がよじ登るようにして私に吠えている。
「ヘイ皆さん、アヤシイ女が人の家を覗き見してますよ、気を付けて、アヤシイ女がいます」と近隣の住民に大声で知らせているようだった。
私は足早にその場を離れ家路を急いだ。