アメリカ東海岸

アメリカ東海岸南部寄りにあるテネシー州、その郊外にある小さな田舎町。まだ初夏なのに鬱蒼とした雑木林の木々たちは、あまりの暑さにげんなりとうなだれている。その雑木林と道路一つ隔てた所にある一軒の瀟洒な民家。その家の庭にあるプールにクマの親子が水遊びをしている。

黒い熊で二匹の子熊がプールの中で互いに水を掛け合いはしゃいでいる。母熊はプールの縁で立ったまま、行ったり来たりしながら子熊たちを見ている。

ナナはポーチのカーテンの陰に隠れて熊たちの様子を見守っていた。時間は4時過ぎ、学校から帰って、母が用意したスナックを食べたばかりだ。するとリビングに居る両親の会話が聞こえて来る。

「またクマが来てるな」父親が言った。「ええ、また親子三匹で」母親が言う。「よく来るな、週に3回は来てるんじゃないか」「この暑さじゃ熊たちもたまらないんでしょ」母親が思いやりを込めた口調で言う。

「まあいいさ、プールで遊ぶくらいなら。熊を凶暴な動物だと言う人間もいるが、熊はもともと優しい動物なんだ。こちらが何もしなければ襲っては来ない」「そうだと良いけど」「ナナはどこにいる?」「ポーチで熊を見ているわ」父親はここでテレビのチャンネルをニュースに切り替えた。

7才のナナは2才の時今の両親に貰われてきた。本当の両親が交通事故で亡くなったからだ。

ナナは迎えに来た里親とアメリカに渡り一緒に暮らし始めたが、自分が日本人と言う人種で里親両親は白人と言う人種なのだと次第に分かって来た。

その事は大した問題ではないが、問題はナナが里親になつかない事だ。幼児の頃の記憶は殆どないのだから、自分の子として育ててくれた親になつかないのはわがままと言うものだ。だがこれは彼女の意思と言うものではなく本心なのだからどうしようもない。

里親両親はある晩ベッドの上でこんな会話を交わした。二人横並びに並んで天井を見ながらの会話である。「ナナが僕たちに懐かないのはどうしたものだろう」父親が言うと「ほんとに困ったものだわ、いつまでも他人みたいで」

「だがあの子は本当に素直で僕たちの言う事も良く聞く。成績もいいし非の打ちどころがない良い子だよ」「だから心配なのよ、ある日とつぜん豹変するんじゃないかと思って」すると父親は寝返りを打って妻に背中を向け、寝た振りをした。

妻は「ねえ、私は思うんだけど、ナナの本当の両親の魂が彼らが死んだ後に、ナナの体の中に入りこんで、彼女のすべてを支配してるんじゃないかしら。それを消し去る力が私達にはないのよ」そう言うと彼女は夫と同じ向きに寝返りを打ち彼の背中に顔を埋めた。

『血は水より濃い』と言う言葉をこの夫婦が知っているかどうかはともかく、この妻の言葉は核心をついているようにも聞こえる。夫はある国立大学の心理学の教授で妻はある小児科医のアシスタント。教授の夫はこのところオンライン授業が多く、家に来る熊を目にする事が多い。

二人は敬虔なキリスト教の信者で、『世界中の親に見放された子供たちを幸せにするための会』の会員でもある。だがその信念が強いだけに、養女の心にもう一つ入りこめない悩みとジレンマがある。

さて今ではポーチの手すりに両手を置きプールのくま達を見ているナナは、そろそろ立ち去ろうとする彼らの様子が分かった。プールから上がると、母熊はずぶ濡れの巨体をぶるんぶるんと4,5回震わせ、子熊もブルブルぐらいの可愛い調子で体を震わせた。

だがここで何を思ったか母熊はもう一度静かにプールに入った。子熊たちも同じくプールに入る。母親がプールの水面に腹ばいになると、その広い背中に二匹の子熊たちがワチャワチャとよじ登った。すると子熊を背中に乗せた母熊は犬かきならぬ熊かきでプールを泳ぎ始めた。

それほど大きくもない長方形のプールの縦の部分を端から端まで泳ぐ。その間子熊たちは行儀よく母の背中に座り、無表情だ。いつの間にかナナの里親たちもポーチに出て来てこの光景を見ていた。

やがて楽しい時間が過ぎると、熊たちはプールを出て庭の金網のフェンスの方に歩いて行く。ナナはいつものように熊たちに手を振って「バーイ バーイ」と大きな声でさよならを言った。

この時感動的な事が起こった。最後を歩いていた子熊が立ち上がりナナに手を振り返したのである。 単に手を上げただけかも知れないが、ナナには手を振っているように見えた。彼女は驚いた。今までになかった事だ。

彼女は両親を見上げて「とうさん、かあさん、子熊に私の気持が通じたのよ!」と声を上げ歓喜の表情を見せた。両親は彼女を強く抱きしめ何度もうなずいた。だが彼らは「気持ちが通じた」と言う養女の言葉を正しく理解しただろうか。

今まで何度も手を振ったのに一度も振り返さなかった。だが今日やっと振り返してくれた。やっと気持ちが通じたのだ、、、ナナはそう言ったのだった。通じ合わない心もやがて通じ合う時が来る、ナナの言葉にはそんな意味があった。ナナもまた里親と通わない心を寂しく思っていたのかも知れない。

その事を両親は正しく理解しただろうか。そうであってほしい。


  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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