おいしそうな招待状をもらった

おいしそうな招待状を貰った。ポストカードサイズで絵柄面に、ムール貝、チーズ、パイナップル、ミニトマト、ブラックオリーブなどをイタリアンドレッシングでざっくりと混ぜ合わせ、緑の葉野菜の上に盛ってある写真が目につく。

その下に「あなたをフリーディナーにご招待、ご家族とご一緒にどうぞ」と書かれ、宛名面にレストランの電話番号、名前、住所、日時などが書かれRSVPと最後に念を押してある。

写真のムール貝サラダの盛り付けと自然な色合いが食をそそる。ムール貝は私の大好物。一人暮らしの私は誘うような家族も友人もいない。一人で行く事に決めた。

ネットでレストランを調べると家からそれ程遠くはなく、散歩の途中で取りすがりに見た場所である。無類の方向音痴で地図の読めない私は、家の近くで迷子になると言う経験を過去に何度もした。それで車の運転はもうしない。高齢と言うのも一つの理由だ。

ついでに言うと方向音痴、高所恐怖症、涙腺崩壊は私の特技で、これらを友に私は人生を楽しんでいる。

当日、レストランを目指しそぞろ歩きをして行くと、見慣れた十字路の交差点から緑色の大きな病院の建物が見えた。緑色の病院、このいつもの違和感を今回も無視し、この十字路を左に曲がれば目的のレストランに着くと見定め左に曲がろうとするが、それが一本ではない。大通りから折れた路地、それも広い道が何本もある。どれも左に曲がる道に見える。

どうにかこうにかレストランにつき中に入ると誰もいない。フリーディナーだから混雑していると危惧していたがそんな事もなかった。夏時間になったばかりの戸外は明るく、道路わきのユーカリの木枝が微風に揺れている。ホステスに案内され窓際の席に着き、招待状に印刷されたムール貝サラダを注文した。

ネットで検索したレストランの内部の写真は客で満席、野外席も満席。ヤシの木に飾られた水銀灯の下で談笑する大勢の客がとても楽しそうだ。ところがここでは閑古鳥が鳴いている。

おまけにいつまで経っても一人の客も来ない。「フリーディナーと言うのは、今日もやっているんですよね?」ウエイトレスに聞くと「はい」「じゃどうしてお客が来ないんですか?」すると彼女は無表情にこう言った。「いつもこんな感じですよ」

それで納得した。フリーディナーと言うのは客寄せ謳い文句で、普段は閑古鳥がないているこの店に、無料の晩餐と銘打って人を誘導するのだ。それを機に客を増やそうと言う魂胆だろう。この安易な手段にあきれもしたが、今さら店を出るのは面倒くさい。なりゆきまかせにする事にした。

見た目はそれほど悪くない店に客が来ない理由は何か?その謎ときの方が面白そうだ。

外は次第に薄暗くなって来た。ちらりと時計を見て「まだ日没までには間があるな」と思った。だがこの街の天候はあてにならない。水平線にいつまでも引っかかっていた夕日が、流れ弾に当たったかのように急にすとんと海に沈んでしまう。それから暗くなるのは時間の問題だ。徒歩で帰るつもりなので、ある意味不安だ。

やっと来たサラダに気を良くし、小皿に取ったムール貝の身をフオークで取りだし口に入れる。程よい硬さでドレッシングにワインを効かせてあるらしく、他の具材もおいしい。ついでに白ワインを注文する。

その時ドアが開き客が一人入って来た。長い黒髪の女性でサングラスをかけピンクの野球帽を被っている。野球帽にはLAのロゴが入っている。私も同じ帽子を持っている。親近感がわきじっと見ていると、彼女もちらりと私を見た。

ホステスは彼女に窓際の席を指定したが、なぜか彼女は私の斜め後ろの席に座った。空席は沢山あるのに私のそばに座る。それもかなり近い距離だ。やがて彼女は白ワインとムール貝サラダを注文しひっそりと食べ始めた。後ろから上目づかいに見られているようで落ち着かず、私は皿に残った一粒のブラックオリーブを指でつまんで口に入れた。

勘定を払おうとした時、「あっ、ただだから払わなくていいんだ」と思い出し、ちらりと後ろを振り向き彼女を見た。するとこの人も上目づかいに私を見たのである。

たった一杯のワインにほろ酔い加減になりながら、すっかり薄暗くなった戸外を急ぎ足で帰り始めた。タクシーを呼ぶような距離でもないので歩く方が早い。通りに歩く人は一人もいない。ヘッドライトとテールランプをつけ、華々しく行き来する車の多さに物寂しくなる。その時後ろで激しく咳をする声がしたので振り向くと、レストランにいたあの女性が後をつけて来ていた。

かすかな恐怖を感じガスステーションの隣にあるコンビニに入る。煌々と照らされた広い店だが客がいない。店員もいない。またもや無人の店かと辺りを見回す。だがこの店まで彼女がついて来るなら、何か魂胆があるに違いないと腹を決め身構えた。

すると自動ドアが開き彼女が入って来た。つかつかと歩みより私の目の前まで来て言う。「Mom you forgot your bag!」(おばさん、店にバッグを忘れたわよ)と見慣れた私のバッグを両手で差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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