脱サラと言う言葉

脱サラと言う言葉が日本で使われ始めたのは、1970年代後半頃だったと思う。『脱サラで屋台のラーメン屋になる、焼き鳥屋の店主になる』などの見出しが週刊誌の表紙を飾った。

その頃はまだ東京に住んでいたので、ある夕暮れ、ふらりと代々木公園の近くに行くと、夜桜の下に屋台のラーメン屋さんがぽつんと立っていた。どこか恥じらいが見えるような初老の男性で、ラーメン屋のおやじにはとても見えない。部下に慕われる大会社の上司と言う感じだった。「ああ、これは新米脱サラの人だな」とすぐに一人合点した。

だが二、三か月してまた行くと彼はいなかった。挫折したのか、場所替えしたのか分からない。とても感じの良い人だったので、何とか成功してほしいなと思ったのを覚えている。

そして最近は、田舎暮らしと言うスローガンで同じような事が取り立たされている。『嫌な上司にタンカを切って、始めるクールな田舎暮らし』『畑を耕し鶏を飼い、これがほんとの自給自足』など、サラリーマンをやめ自由な田舎暮らしをと推奨するものだ。

それ程前の事ではないが、東京のサラリーマンをやめ家族6人で田舎暮らしを始めたと言うドキュメンタリーが、テレビで放送された事がある。“会社をやめ田舎暮らし”と言う言葉はまだ新鮮だったので、その実録はとても興味深かった。

両親と子供が4人、わいわいがやがや食卓を囲む風景が映し出され、所せましと置かれた惣菜の‘皿や小鉢を丹念にカメラは写し出し「どれも庭の畑で採れたものなんですね?」とマイクを持ったアナウンサーが聞く。コンピューター関係の仕事をしていたと言う父親が「そうですよ、子供たちが喜んで畑仕事を手伝ってくれますんでね」と破顔一笑。

次にカメラは畑では人参や大根を引き抜き、網戸を張った小屋では鶏の卵をつかみ取る子供達の笑顔や姿を映し出し、手押し車で野菜を運ぶ父親、庭の飲料水用の井戸を改良した水道で、野菜を洗う母親の姿がそれに続く。古民家を格安で買い取ったと言うので、あちこちに襖や障子が見られしかもそれが破れている。

だが父親は「田舎暮らしを始めた事、後悔はしていません。これからですよ、暮らしが面白くなるのは」と豪語した。子供たちに「田舎の暮らしはどう?」とアナウンサーがマイクを向けると、彼らは「サイコー!サイコー!」とサムアップする。

実は私は高校卒業までは半農の家に育った。大きな田舎家の前と後ろには広い野菜畑があり、そこではいつも母がしゃがみ込み野菜を育てていた。畑のまわりにはショウガ、ミョウガ、ふきの大きな葉がゆさゆさと揺れ、柿や梅、栗の木もあった。桃の木、ナツメの木山椒の木。今思えば田舎暮らし満載の植物園でもあった。

もちろん、食事の材料も畑の野菜を使う。夏の朝、裏の畑で摘んだばかりのエンドウを、白いご飯の上に散らした母の豆ご飯は最高においしかった。朝起きて茶の間から裏の畑に立っている母を見つけると、「あっ、今朝は豆ごはんだ!」と嬉しくなったのを覚えている。

私も真似して同じように作って見るが、なぜかスーパーのエンドウ豆は同じ味がしない。

小さな発泡スチールの容器に数枚入った『大葉』は、今アメリカのスーパーでは高値で売られているが、あの頃の田舎の庭の隅にはわんさか生えていた。私達は『青じそ』と呼んでいた。だが料理に使うと言う考えはなかった。一緒に生えていた赤いしその葉は、祖母が梅干しを漬けるのに使っていた。

あの青じそを千切りにして冷やしそうめんのつけ汁に入れたら、さぞかし美味しかったろうと今は思う。だがすべては後の祭りである。

田舎暮らしを実際にやっている時は、有難味など一切湧かない。ましてや田舎暮らしを尊重する気などさらさらない。それが若いと言う事なのだろう。

話は変わるが最近では田舎暮らしを動画にして自由に表示する、若いユーチュウバー達をネットで見かける。島の古民家を安く買い取り、近くの海で魚釣り、広い庭の隅を耕し野菜作り、山ではキノコ採り、素朴な農家の青年と言う感じの若い人が、堅実な田舎暮らしを披露する。

それとは反対に東京育ちのイケメン風の若者が田舎の空き家を買い、職歴なし、ニート出身と言う触れ込みで出す動画。とても速いテンポで場面が変化し、近隣の住民との談笑を軽く見せ、筋トレ、ハーブ栽培で都会感を出す。田舎町の郵便局、役場、記念碑などの間を、自転車で小粋に走り回り探索する。

若い視聴者に人気が出そうだ。これも新世代バージョンの自由な田舎暮らしなのだろう。

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