プリンセスは朝の窓からいきなり飛び込んできた

プリンセスは朝の窓からいきなり飛び込んできた。ばたばたと羽をばたつかせルイスの肩に止まった。

ルイスはいつものルーティンで歯磨きと洗面を終え、ポーチの窓辺に立っていた。彼のアパートは二階にあり、窓のすぐそばに大きなポプラの木がある。その窓から朝の匂いを嗅ぐのが彼は好きだった。

そこへプリンセスがやって来たのだ。

プリンセスはルイスが飼っていた青いインコで、二か月ほど前にとつぜん姿をくらました。閉めたつもりのポーチの窓が少し開いていたらしい。

まるで恋人のように愛したプリンセスをプリンと呼んで、ルイスはとても幸せだった。指に止まらせキスをしたり頬を突かせたり、なのに急に居なくなった恋人プリン。そのプリンがとつぜん舞い戻って来た。

「あら、プリンセスじゃない、良く戻って来たわね!」とクラウディアが声を上げた。ここぞと言う時に必ずルイスのそばに来て彼を励ますこの嫁は、今度も力量を発揮した。

だがこのインコがプリンセスでない事は、ルイスにはすぐに分かった。頬の真ん中にあるチークパッチが黒色でプリンの色とは違った。

プリンは胸と腹の部分が淡いブルーで、頭と羽は黒と白のギザギザ縞模様、嘴は黄色。濃いブルーのチークパッチが目立つ鮮やかな鳥だった。

「これはプリンじゃないよ」ルイスは思わず言いそうになったが、ひとこと言えば千倍返しで反論する嫁なので、彼は無理に黙り込んだ。

彼女は近くのメキシコ料理店でウエイトレスをして、かなりのチップを稼ぐ働き者だった。

ルイスはピューマの顔をアニメ化した紋章をフロントガラスの右下に貼り付け、一日八時間だけ働くローカルタクシー『クーガー』の運転手。

「あんたは一国一城の主なんだから、何も引けを取る事はないのよ。自分の車で動き自分の采配で客を乗せ、高評価を貰ってるんだから堂々としてなさい」

ある日、客がルイスの車にとても高価なカメラを置き忘れた。ルイスは困り果て「本部に連絡しよう」と言った時の、クラウの反応がこれだった。

「その客に電話しなさいよ、電話番号は分かってるんでしょ」「なんど電話しても出ないんだよ」「それじゃ本部が電話してもどうせ出ないんじゃない、ほっときなさい、じきに向こうからかかって来るわよ」ルイスは妻の言う通りにした。そしたらほんとに向こうからかかって来た。

なくした携帯をやっと見つけたそうだ。

こんな風にスペイン語で交わす夫婦の会話はルイスを和ませ、クラウは常に指揮を取る事になる。ルイスはいつまでたっても英語がうまくならない。

二人は幸せだった。プリンセスが帰って来るまでは。いや偽のプリンセスが帰って来るまでは。

迷い鳥をすっかりプリンだと思い込んだ嫁は、「良かったわね」と何度もルイスに言った。「あんた、ホントにふさぎ込んでいたものね」そう言ってルイスの頬を何度も撫でた。

ルイスはプリンにしゃべる事を教えた。プリンは賢く、それらの言葉をすぐに覚えた。『オラ』(こんにちは)『アディオス』(さよなら)『ムーチョ』(たくさん)などなど。英語ではなくスペイン語で教えた。自国語だから。

偽プリンにも言葉を教えようとやって見たが、この鳥はプイと横を向いてしまう。

プリンが使っていた白い鳥かごは、ポーチの隅でいつもプリンを待っていた。ルイスが奇麗に洗ってプリンの帰りを待っていたのだ。今は偽プリンが陣取っている。

彼はこの狭いガラス張りのポーチに、ウンべラーダ、ブーゲンビリア、ドラセナなどの観葉植物を置いた。それが良く育ち今では小ジャングルのようになった。そこで枝から枝へ飛び交う可愛いプリンを見るのが彼は好きだった。これはもう一つの大きな鳥かご、プリンはその事が分かっているようだった。

だが偽プリンはかごから出しても動かない。

「ねえ、プリン、ちっとも喋らないわね。前はうるさいくらだったのに」ある日の午後、早番の仕事を終えた嫁が帰ってルイスのそばに来た。ルイスは非番の日で、鳥かごの偽プリンと鏡で遊んでいた。

時々赤銅色の自分の顔も見てみる。また顔に肉がついたようだ。背も低く彼は自分の外見が好きではなかった。

そこへ帰って来たクラウ。ルイスはギョッとして嫁を見た。

女優のように奇麗な顔の下に、プクプクの肉体を持つコケティッシュで悩殺的なこの女と、なぜ結婚できたのかいまだにわからない彼は、常に挑戦的に構える。

偽プリンが迷い込んで以来、すっかり本物のプリンだと思い込んだクラウ、実は違うよなんて口が裂けても言えなかった。

言えば「なんで隠していた!」と食って掛かるだろう。隠していた訳ではなく、彼女が勝手にそう思い込んだだけ、が、そんな事を言っても大人しくなるような女ではない。

人の三倍はおしゃべりなクラウと人の三倍はだんまりなルイス、まるでひまわりとミツバチ、そんな二人の関係はとてもうまく行き、楽しい日々を送っていたのに。

ある晩クラウが仕事を終え夜遅く帰って来た。店であまったブリートを沢山持ち帰った。彼女がチーズのカケラを偽プリンの嘴に持って行くと、この鳥はプイと横を向いた。

「おかしいわね、昔はチーズ大好きだったのに」とクラウが眉をひそめた。美しい眉だった。ルイスはこの時ばかりと声を上げた。

「これはプリンじゃないよ!!!」「どうして!」「頬の模様が違う。プリンは青色だった。これは黒だ!」焦ったのでついどもってしまった。彼は軽いどもりの性癖があった。

「そんな事何でもないわ、単に色が変わったのよ、」クラウはそう言ってのけた。「でもおかしいと思わないか?言葉は話さない、チーズは食べない、違う鳥なんだよ」

「あんたね、なんで折角帰って来たプリンを他人呼ばわりするの。案外あたしがしばらく家を出て帰って来たらどこのどいつだって追い出すんじゃない!?」と、怒りまくった。

ルイスは驚いてじっとクラウを見た。実は「俺はいつか追い出されるんじゃないか」と怯えていたからだ。

クラウみたいな魅力的でセクシーな女はそんなにいない。ウエイトレスなんかやってるが、女優でもやっていけそうだ。いつか別れの日が来ると彼は何となく恐れていた。

それから数日後、ルイスがコンビニから帰って来ると、クラウがあわてふためきルイスに抱きついた。

「あんたーごめんねごめんね!プリンがまた逃げ出したのよ」ルイスは黙って嫁の顔を見た。

「鳥かごの掃除をしようと思ってカゴから出したら、ポーチの窓からさっと飛んで行ったのよ。窓が少し開いてたのね、ほんとうにごめんなさい」涙さえ浮かべている。

「いいよ、また戻ってくるさ」ルイスはそう言い、優しく嫁を抱きしめた。「こんどこそ本物のプリンが戻ってくるさ」と嫁を強く抱きしめた。

だが最後の言葉はとても小さくクラウには聞こえなかった。

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