季節はずれのポインセティア 復活

『季節はずれのポインセティア 復活!』

と言う文字を、YouTubeで見た時、和也は思わず目をしばたたき二度見した。

『季節はずれのポインセティア』それは彼がまだ高校生の頃、YouTubeで初めて見た短編ドラマだった。

その頃はまだユーチュウバーと言う職業も真新しく彼らは、商品紹介、自宅紹介、たまに仲間同士のふざけ合いなどを見せたりしてお茶を濁していた。

つまり職業の立ち位置がはっきりせず、ユーチュウバー達の戸惑いがまだ見えた頃だ。そこで見た短編ドラマの動画。和也はとても鮮烈な印象を受けた。

映画は稚拙で、尻切れトンボ風の終わり方が観る者を落胆させるような演出で、だがそれが斬新だと和也は気に入った。抒情詩のようなドラマだと思った。

小雨振るある午後、見知らぬ町の古い喫茶店にふらりと主人公の若者が入る。するとそこに同じ年頃の少女がいていきなり目が合う。

ドライフラワーが入った籐のザルが数個天井からぶら下がり、テーブルの上の小さなアンティックランプ、店の隅の古いオルガン。舞台装置はまあまあだなと和也は思ったりした。

そんな喫茶店で見知らぬ若者同士が、目が合っただけで恋に落ちるのである。

セリフがとても少ないドラマでかすかに聞こえるクラッシック音楽。時々字幕が出て画面の説明をしている。

壁の古ぼけた棚に干からびたようなポインセティアが飾られ、若者はそれを指さし「君は季節外れのポインセティアのようだね」と言う。

時は6月、梅雨の時期なのにクリスマスの飾りが置いてある。枯れてしなびて、なのにそれはまるで明るいスポットライトを浴びたかのように、輝いて見える。若者はその事を言いたかったのだ。

女の子は意味が分からず、じっと若者を見つめるが、瞬時にして出た言葉の意味を説明するには、彼もまた若すぎた。

全体にグレーがかった画面なのに、その植物の葉の部分だけが真っ赤に染まっていた。それが想い出となり、和也は後にその映像を長い間ひきずる事になってしまった。

映画の脚本家になりたいと言う膨大な夢を抱いていた和也は、大学の芸術学科で演劇学を学び、そこで書いた脚本が文化祭などで採用されると、皆に称賛された。それがポテンシャルとなり彼はまた夢を膨らませた。脚本家になると言う夢を。

その事を田舎の父に話すと「映画とかテレビの世界は、常に怒号が飛び交う世界だと聞いているぞ。お前みたいなおとなしい性格で大丈夫か?」と心配した。

「出世するには運が左右する」と言うどこかで聞いた言葉をかたくなに信じていた和也は、父の注意を無視した。

だが大学を卒業し世間に出るとすぐに、威圧的な自分の夢に押しつぶされた。人間関係を構築する能力が極端に欠如していた彼は、何をどうして良いか途方にくれた。

これぞと思う脚本をコンクールに応募するが、すべてなしのつぶてで返事すらない。たまに映画制作会社まで持ち込むと、もろに嫌な顔をされ「他をあたってくれ」と突き放される。

和也はその帰り道必ず嘔吐した。軽度のパーソナリティ障害だった和也は、なぜ吐くのか解らずにいた。

夢を現実にするための努力は、自分なりにしたつもりだったがすべては机上の空論、絵に描いた餅、甘い夢だったのだ。

「季節はずれのポインセティア、復活か」和也は思わずつぶやいた。懐かしい言葉をパソコンの上に見つけ、昔見た短編ドラマと同じ作者の続編かとときめいたのである。

だがよく見るとそれはある花かき栽培者の動画で、“大量に売れ残ったクリスマス用のポインセティアが今頃売れ出した“と言うものだった。

その頃、父が危篤だと言う母の電話があった。四国の実家とは10年以上も疎遠である。

大都会の中で脚本書きのための、ありふれた日常から無理に作り出す生活の機微、情緒的でその癖人目を引く男女の風景、そんなものを模索し続けた彼は素朴な田舎の暮らしから遠ざかってしまっていた。

実家に帰ると父はまだ生きていた。「何度も死の瀬戸際まで行ったけど、お前に会うまではと頑張ったんだよ」母親は父の寝室の前で、和也の背中に手を添えそう言った。

「とてもとても会いたがっていたんだよ」母は涙を浮かべた。

ベッドの縁に立ち「父さん」と呼んで見た。すると父は閉じた目をぱっと見開き、和也が握った手をとても強く握り返した。

バイト暮らしの彼に時おり仕送りをし、庭のバラがきれいに咲いた、ツバメが今年も巣を作ったなどと添え書きをした父の優しさ。それが今ならはっきり分かる。

だが言葉を交わすには遅すぎた。父の魂はすでに宙をさまよい、ベッドの上の体は亡骸だったのだから。

葬式を済ませどうにもやりきれない思いで町に出て見た。だが十年ぶりに見る田舎町の風景は、物悲しい感興を呼び起こし、故郷を忘れ大都会で尊大な夢に振り回された和也を、あざ笑うようだった。

喫茶店に入って見た。薄暗い店で客はいなかった。彼は窓際に座りカウンターと向き合う席に座り、飲み物を頼んだ。テーブルの上にキリンのぬいぐるみが置いてある。

「やはり田舎の店はどこかあか抜けないな、昔と変わらない」と彼はそんな不遜な事を思い、テーブルに肘をつき店を眺めまわした。

しばらくすると若い男女が入って来た。ドアを開け女の方が「あらーポインセティアだ、すごい枯れてる」と声を上げた。「ホントだ、もう六月だよ、季節はずれもいいとこだね」男が小さく笑った。

和也は思わず彼らの見る壁の方を振り向いて見た。するとそこには干からび黒ずんだクリスマスの植物が、棚の上からじっと彼を見ていた。

和也がいつも夢想した思い出のポインセティアが、じっと彼を見ていた。

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