季節は初夏、時は午後。
メイは口笛でも吹きたいような最高の気分で通りを歩いていた。すると10メートルばかり先に一本の枝ぶりの良い樹木が見えた。
メイが近くまで行くと突然こんもりとした木枝の中から、沢山の黒い小鳥がいっせいに空中に飛び出した。「ヤバイ!嫌な奴が来た!みんな逃げろー」とでも言うように。それから人間が拍手をするように両の翼の先をパタパタと叩くと、空高く飛び去った。
鳥に馬鹿にされたようでメイはちょっとムッとした。黒い鳥は昔から縁起の悪い忌まわしい鳥だと嫌われている。「さもありなん、礼儀知らずの鳥たちめ」とメイはちょっと顔をしかめた。
ふと広い道路の反対側を見ると金網で囲ったぼうぼうとした敷地が見えた。近寄って見るとブドウ園だ。まだ若い苗木で根元を黒いビニールでおおってある。ブドウの苗木をしかもこんな近くで見たのは初めてだった。
見入っていると「ここに難民がやって来るそうだよ」男の声がした。見るとあご髭をのばした中年の男が、少し離れた所で金網のフェンスに手をかけこちらを見ていた。「難民?」「市長が決めたんだよ、今度の市長は人助けが好きでね」
「その難民の人たちはどこから来るんですか?」メイが聞いた。「トルコ、フランス、デンマーク、どこからでも。今は世界中に難民がひしめいているからね。ほらブドウ園の先に白い建物が並んでるだろう、あれが難民の住居になるんだよ」男は園の先にある学舎のように何列にも並列した建物を指さした。
「難民の人たちがブドウ園の世話をするのだろうか?」とメイは思ったが、口には出さなかった。
メイはまた歩き出した。やがて青い屋根に白壁、コントラストが美しい東欧的な建物が続く住宅街に出た。とてもエキゾチックな界隈で、等間隔に植えられた街路樹が美しい。青い落ち葉がヒラヒラと舞っている。
向こうから男が二人歩いて来る。近くで見る彼らは人間と言うよりマネキンのようだ。街のショーウインドに飾ってあるあのマネキン人形。二人とも美しい顔をしていて無表情、長身で手足が長い。すれ違う時恐ろしい程の静寂がメイを圧倒した。
馴染みのカフェで朝食を取るつもりだったが、そのカフェが見えない。忽然と通りから姿を消している。どうしたのか今日は、いつもと街の様子が違う。狐につままれたような気でいると「ジェージェージェー」と奇妙な鳴き声がする。
羊の大群がいる事に気づいたメイはやはり金網のフェンスで囲った羊の群れの近くまで行った。金網にかかったサインには【これらの羊たちはペンシルバニア、メリーランド、ミルウォーキー色々なアメリカの州からやって来た羊たちです。この敷地の枯草を食べる仕事を終えたら、また汽車に乗ってそれぞれの故郷に帰ります】と書いてある。奇麗な手書きだった。
だがあたりに生えた枯草はとてもまずそうで、それを食べている羊は一匹もいない。みな疲れた顔をしている。汽車で帰ると書いてあるから汽車で来たのだろう。旅疲れかも知れない。
「さて、私も帰るとするか」と歩みを速めると「まだ帰るのは早い。これからもっと面白い所に僕が連れて行くよ」後ろから抱きついて来た者がいた。気味の悪い声だった。メイはするりとその手を逃れ男を見てギョッとした。それはさっき見たマネキン人間そっくりだった。
両手を広げ唖然とした仕種をしているが顔は無表情、そして次の瞬間男は地べたに倒れ、からりと乾いた音がして男の右足の膝から先が抜けた。
出口を出る時、門にかかったサインをちらりと見ると【あなたの街のあなたの知らないあなたの未来の世界】と書いてあった。