木漏れ日が美しい林の中

木漏れ日が美しい林の中に入って行くと、大きな池があった。水面に水藻が浮かび、その間を彩るように睡蓮が浮かんでいる。それはあのクロード モネの、Water Liliesの絵を軽いタッチで描いた水彩画のように、懐かしい趣きがあった。淡いピンクの花が可憐だった。

私はその頃旅人だった。夫を亡くし東海岸のある女友達の家に滞在していて、一人未来を決め兼ねていた。友達の名は夏子、無類の働き者で、怠けてぼんやりしている私の背中をポンと叩き、はっぱをかけるような女だった。「好きなだけ居ていいのよ」彼女はそう言った。

その言葉に甘えるように私はいつまでもぐずぐずとして林の中を散歩などしていたのだ。

林の中で私の目をさらに引き寄せた物は、池の前にある三角錐の家である。赤、青、黄、だいだい、原色の色で塗られたさまざまな形の板壁が、大きなパッチワークのようにつなぎ合わされ、所々に丸い船室の窓の様なものがある。奇妙な家だった。

その晩私は仕事から帰って来た夏子に、その家の話をした。すると彼女は急に生真面目な顔をし、私の前に白ワインのグラスを置いた。

「あの界隈には幽霊が出るっていう噂があるの」と言った。「池の反対側にある古い洋館見たいな建物に気づいた?」

私はすぐに池の向こう岸に建っていた、白壁に黒い屋根の大きな建物を思い出した。壁の至る所にアイビーの蔓が這い、細い蔓がまるで壁のひびのように見えた。「あそこは4世帯が入っているコンドなんだけど、建物の二階の左側に一人暮らしのおばあさんが住んでいたの。でも三年前に死んだのよ」

「そのおばあさんが近頃、二階の窓辺に立ってじーっと池を見下ろしてるって噂があるの。それも昼間よ。それを見た人が何人もいるのよ」と言いながらワインで口を湿らせた。「ほんとー幽霊は昼間でるって言うからね」私はしたり顔でつぶやいた。

私には奇妙な性癖があり、衝撃的な出来事があるとそれを現実として把握できず、それを別の世界とすり替える癖がある。別の世界とは過去あるいは未来であったりした。だから夫の死後も彼はいつも私のそばにいて、悲しいと言う感情は一切湧かない。私は老婆の幽霊を見たいと思った。

その後も私は良く林の中を散歩した。行く度に古い池は大昔からそこにあったかのように、泰然として優しく私を迎えた。老婆の幽霊を探したが彼女はひとまず現れなかった。昼寝でもしているのだろう。

夏子が話した三角錐の家についても私は付けくわえなければならない。

「あの家には建築家の旦那さんとスウェーデン人の奥さんが住んでいたのよ」夏子はそう言った。「彼がスウェーデンを旅行した時、それは美しい奥さんに一目ぼれして結婚したの。三角錐の家は、奥さんの希望だったそうよ。三角錐の三階建ての家。だから建築家の旦那さんは才能を駆使して、そんな家を建てたのよ」

「ところが、、、」人差し指をさっと立て夏子は続ける。「三年後に二人の間に生まれた天使のように可愛い女の子が、あの池に落ちて死んだのよ」「えーっ!」「でもね」驚く私の目の前にまた夏子が人差し指を立てた。

「子どもなんか二人にはいなかったのよ、妄想よ、すべては妄想」「どうしてそんな妄想を抱くの?」私の疑問に夏子は明快に答えた。

三角錐の家は妻の希望通りに間取りが組まれ、一階が居間とキッチン、二階が寝室、三階が全面ガラス張りの憩いの間、そこからは林の中の風景がパノラマ的に見えるようにと、妻はあれこれ注文をつけた

だが出来上がればとても住みにくい家で、それぞれの階から上の階まで行くには、急ならせん階段を上らなければならなく、それが妻には苦痛だった。でも彼女は夫に一切愚痴を言わず、代わりに不妊症である自分を責め続けとうとう気がおかしくなってしまった。

「彼女のご主人はとても子供をほしがっていたからね」夏子は同情的な顔をした。「それでどうなったの?今は、、、」ため息をつき彼女は続けた。「奥さんはどこかの精神療養所に入り旦那さんはせっせとお見舞いに通っていたの、しばらくはね。でも今はどうなったか誰も知らない」

「だからあの家にはもう誰も住んでいないのよ」最後の言葉がとても無常に響いた。

超モダンな家がモダンであればあるほど、数年もすると急激に衰退して見える事があるが、三角錐の家を次に見た時、明るい原色の壁がまるで雨ざらしにあったかのように色あせて見えた。それはたぶんに夏子の話が影響していたのかも知れない。

半年以上もいた夏子の家を去る時が来た。私には人に頼らず自分でなすべき事が山ほどあった。数日後、面倒見の良すぎる夏子に多大な感謝をしながら別れの話をした。すると彼女が言った。「あなた以前蛍が見たいと言っていたわね。あなたが去る前に一度、蛍を見に行きましょう」

林の中のあの池の上に蛍は飛び交うと彼女は言い、ある夕間暮れ私達は出かけて行った。

あの時見た蛍の優美な趣きは、いまでも鮮やかに思い出す事が出来る。ある蛍たちは池の水藻や睡蓮の上に、あるいは周りの草むらに羽を休め、他のものはその力強くだがはかなげな光を放ち静かな舞を舞っていた。時々まるで流れ星のように宙をよぎるあざとい蛍がいて、私達は目を奪われた。

私達は茫然と立ちつくしその有様を飽くことなく見つめていた。やがて夏子が「帰ろうか」と私を促した。心残りな私は去りかけにもう一度振り向いた。その時、私は見た。

池の淵に白いドレスの女性と白いスーツの男性がゆらゆらと寄り添い立っているのを。男は女の背中に手を回し女は男の肩に頭をもたせ、悲し気にわびし気にだが幸せそうに立っていた。そのかすかな幻影はいつか見た古い映画の『華麗なるギャツビー』の主人公たちを彷彿とさせた。

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