住宅街をぶらりぶらりと散歩する

住宅街をぶらりぶらりと散歩するのが好きだ。自由に一人で歩きまわる。その醍醐味は?それは庭の造りを楽しむ事にある。家の構えもさることながら、それぞれの家の庭にはその家の所有者の思い、願い、いや人生観さえ込められている。

熱帯風の植物をあしらったトロピカル風の庭、竹藪のそばの池に鯉を泳がせた日本風の庭。レンガで囲んだ狭い場所の家庭菜園を楽しむ庭、さまざまな庭を見るのは楽しい。

そんな散歩を楽しむ私はある日、とても簡素で無趣味な庭に出くわした。単なる枯れた芝生で被われた荒れた庭である。カリフォルニアでは庭に水をやらないと、芝生はすぐに枯れてしまう。この庭は芝生の3分の1は枯れ、入口近くの塀のまわりに植えたバラの木も瘦せ枯れている。

そんな庭の中央にさび色の鉄製の立て看板が立っている。背低い看板で色自体が枯れた黄色い芝の色に溶け込み目立ちにくい。近寄って見ると(OLIVER HAIR SALON)その下に電話番号が書いてある。

要するに美容室なのだ。荒れた庭を持つこんな一般の家で美容室を開いていいものか、と一瞬思った。だが興味を持ち電話番号を書き留めようと腰をかがめて看板を見た時だった。

玄関ドアの左右にある窓の一つ、左側の大きな開き窓が勢いよく開き、一人の女性が笑顔を見せた。とても美しい女性だ。しかし化粧の仕方がうまいのか人工的な美しさだった。だから笑顔も作り物めいていた。

看板を見ていたので私を客だと思い待ちきれず窓を開けたのだろう。それでいっぺんに興覚めした。よっぽど客の来ない店なのだろう。

それから一週間ほどしてHAIR SALON OLIVERに電話して3日後に予約を取った。謎めいた美容室に興味しんしんだった。事実パーマをかける必要があった。

改めてオリバーヘアサロンを真正面から見ると、かなり瀟洒で可愛い小さな家だった。美しい水色の壁の正面に真っ白いドア、ドアの上部に金色のリングが下がっている。ドアベルなのだろう。以前ここに来た時は荒れた庭ばかりが目立ち殺風景だと思った。第一印象はあてにならない。あの奇麗な女性がまた見れる、ドアの前で妙に胸が高鳴った。

だがドアを開けるとそこにいたのは男性だった。着古したジーンズにカッコよく袖を曲げたからし色のシャツ、どこにでもいる普通の男だ。ジーンズの両足部分に引き裂いたような穴が開いている。シャンプーをしてロッドを巻いてもらっているうちに、互いに打ち解けた。

「この前窓から女の人が見えたんですけど、彼女は今日はお休みなんですか?」「ああ、あれは僕ですよ。あなたの事覚えてます」と言いニコリと笑った。その笑い方は嫌なものではなかった。

饒舌な彼と話しているうちに打ち解け、女装は趣味で気が向く時だけやると彼が言う。「でも僕はゲイじゃないですよ。ホントのゲイは女装はしないんです。センスと才能のあるホントのゲイは無理して女っぽく見せたりしない、エルトン ジョン見たいにね」

「あなたはどんな才能があるの?」思わず聞くと、彼が持っていたロッドを床に落としてしまい、「女装が趣味だと言ったでしょ」と口を濁した。そして、普段はダウンタウンにある父親の美容室を手伝っているのだが、コロナのせいでそこでの予約が激減したので、急遽この借家も美容室としてオープンしたのだと言った。

レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダと一口に言ってもその相違が分からないし皆同じようにも聞こえる。【トランスジェンダー男性】と言うのは、男性の性自認を持ちながら出生時に女性と割り当てられた人だと言う。トランスジェンダー女性はその反対。

でもレズ、ゲイとどう違うのだろう。接客用の黒い大きな椅子、壁の一面だけ大きな一枚ガラスで被われたオリバーの簡素な居間はとても快適だった。清潔に整頓されわざとらしくない一般向けの憩いの場と言う感じ。白い大きな火のない暖炉が洒落た風に居座っている。

一匹の黒い猫が静かに現れ私をじっと見た。胸元と腹の部分が真っ白の良く見る黒猫だ。洒落た首輪をつけている。「猫がいるのね、可愛い猫ね」と言うと「ええ猫は可愛いです、僕の気持を良く分かってくれます」

それから数ヶ月して散歩の途中、そろそろ次の予約を取ろうとオリバーの店の傍まで行くと彼がいた。庭の隅に置いた大きな移動式ラックに、何枚もの女物のブラウス、ドレスを掛け忙しくしていた。下の棚にも女物の靴が並んでいる。どれにも値札が下がっている。

「ハローオリバー」挨拶すると「ハロー」とても無邪気な笑顔を返した。「ガラージセール?」聞くと「ええ、もう女装はやめたんです」苦笑いをして「ダウンタウンの父の店がまた忙しくなったのでここの店はもう閉めます。父の店では女装はしませんから」

「あなたの女装をもう一度見たいと思ったのに」残念がると意外と生真面目な顔をした。「実はね、ある晩深夜に目が覚めてトイレに行く途中で鏡を見たら、自分の顔が女に見えたんです。女装を長く続けていると、次第に自分のジェンダーアイディンティティーが混乱して来るんです」と言う。

その後も私は彼の家の前を散歩する事があるが、行く度に人の気配がしない。庭にあった店の看板もない。ダウンタウンの父の店で忙しくしているのだろう。

それからしばらくして、ある国の動物園のホモセクシャルのペンギンカップルが、与えられた卵を二匹で孵化させたと言う動画を見た。自然界の生物の間では同性愛は決して珍しいことではなく、キリンのオス同士のカップルは実に9割にも達するそうだ。

しかも自然界では誰がゲイで誰がレズとか、周りは一切我関せずで噂にもならない。つがいのカップルは大らかに同性愛を楽しんでいると言う。人間も見習わなければならない。

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