雪を食べるおばあさん

前書き

新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

私が幼い頃毎年正月になると、母は私を連れて実家に新年のあいさつに行きました。そこにはやはり他の親戚の母親たちと子供たちが来ていて、わいわいがやがや、ごちそうを食べたりゲームをしたり賑やかな時を過ごしました。なぜ父親がいないかと言うと、それは母親たちの里帰りの意味もあったからです。その頃日本の田舎では、すでに嫁いだ女たちが泊りがけで実家に行くと言うのはとても贅沢な事で、年に一回くらいしか出来ませんでした。その母の実家の近くに雪を食べるおばあさんがいました。そのおばあさんの話を微かな記億と創作を交えて書いて見ましたので、今回はそれを投稿します。

            雪を食べるおばあさん

雪を食べるおばあさんの話をしましょうか。

ずっとずっと昔、雪を食べるおばあさんがいました。おばあさんは日本のある小さな町に一人で住んでいました。名前はカトリーヌ。おばあさんは若い頃フランスから来たのですが日本語をいつまでも覚えられず、町の大人たちとは誰とも話をしませんでした。

だから彼女の友達は小さな子供達だけです。町のはずれにとても古い神社があり、入り口の両側には、立派な狛犬像が向かい合って飾られ、訪れる人に優しさと勇気を与えていました。

神社の境内を囲むようにして周りには、背高い杉の木がたくさん植わっていました。それが表通りの光をさえぎり境内の中は、いつも青い薄もやがかかっているようでした。

子供たちにはそれが妖精の棲むまぼろしの空間に見え、あのハリーポッターの魔法の杖で一瞬に世界に現れた場所のように魅惑的なのでした。

子供達はそこでかくれんぼをします。境内のまわりの杉の木の後ろに隠れ「もういいかい」「まあだだよ」と掛け声をかけ合い遊ぶのです。でもあまり長く杉の木の後ろに隠れていると、神社の神様に連れて行かれると子供達は信じていたので、遊びは長くは続きません。

それから子供たちはおばあさんの家に遊びに行きます。おばあさんは神社のすぐ近くに住んでいました。古い小さな家の玄関はいつも閉まっていたので、子供たちは裏庭の縁側から会いに行きます。

子供達はいつも5.6人いたのですが、中でもカナ、スズ、の二人は大の仲良しでした。カナはとてもはきはきして頭の良い子、皆のリーダー的存在、スズは正月になると遠くから来るカナの従妹です。

おばあさんはいつも縁側の座布団の上に正座をして子供たちを待っていました。暖房のない部屋なのでおばあさんは、古い服を何枚も何枚も重ね着していました。笑顔を見せようとするのですが、旦那様が亡くなってからは笑う事を忘れあまりうまくいきません。

子供達は道ばたに咲いていた野菊やレンゲの花を摘み「ばあちゃん、ほらプレゼント!」と差し出すのです。中には使い古しの人形を上げる子もいました。おばあさんは「アリガト」カタコトの日本語でお礼を言いました。

その頃は正月になると、必ず雪が降りました。おばあさんの裏庭にもたくさん雪が積もっています。その時だけは荒れ果てたおばあさん庭が、綺麗に雪化粧をするのです。カナが「ばあちゃん、雪たべるね?」と聞くと「タベル」とおばあさんは言います。カナは手慣れた風におばあさんの薄暗い台所に行き、赤いお椀を持ってきます。

おばあさんの台所には何も食べ物らしきものがありません。赤いお椀が二個あるだけです。カナはそれが不思議でした。

ずっとずっと昔、パリで画学生だった日本人の男の人と大恋愛をしたカトリーヌは、彼と結婚して日本に来ました。旦那様はずいぶん前に亡くなり、パリに頼る人もいない彼女は死ぬまで日本に住む事に決めたのです。

カナがお椀に盛った雪をおばあさんに差し出すと、彼女は小さなスプーンで雪を何度も何度も口に運びます。そしてぺろりと平らげてしまいます。「もう一杯食べる?」カナが聞くと「タベル」とうなずきます。

「もう一杯」「もう一杯」カナがとうとう4杯目の雪を上げようとした時、スズがいいました。「そんなに上げたら、ばあちゃん雪人間になっちゃうよ、やめた方がいいよ」するとカナは「ばあちゃん、雪もっと食べるよね?」と聞きます。

「タベル」おばあさんは言います。実はおばあさんは「食べない」と言うと、子供達が帰ってしまうと思い恐かったのです。

おばあさんの部屋の中は、ただ薄暗く家具らしきものは何もありません。ただ壁にかかった磔のキリストの像だけが、たった一つの部屋の飾りでした。

「あれはなあに?」像を指さしてスズが一度カナに聞いた事があります。「あれはばあちゃんのだんなさんよ、もうずっと前に亡くなったの」カナが得意そうに言いました。「ばあちゃんが私にそう言ったもん」

この頃から子供たちはおばあさんの体が細くなり、髪や肌が雪のように白くなっていくのに気づいていました。おばあさんは白く長くなった髪を二つに分け、顔の両脇で三つ編みにしていました。スズが「ばあちゃんは雪食べすぎて白雪姫になっちゃったね」と言うとカナは意味が分からずポカンとしていました。

ある年の正月、その年はいつもより多く雪が降りました。子供達の数もずいぶん減って、おばあさんの家に行ったのはカナとスズだけでした。縁側に正座したおばあさんにカナがいつものように聞きます。「雪食べるね」おばあさんはもちろんうなずきます。

カナは赤いお椀に雪を盛り、ふと思いつきで縁側の近くにあった南天の実を飾りました。赤いお椀の白い雪に挿した赤い南天、それは夢のように奇麗でした。まるで美しい着物を着た女の子の髪にさしたかんざしのように。

おばあさんが震える手で赤い南天の実を触りました。おばあさんの目から涙がこぼれ、お椀の中の雪にぽとりぽとりと落ちました。二人の女の子はお椀の中に落ちたおばあさんの涙を、じっと見ていました。涙が出るような懐かしい南天の思い出が彼女にはあったのでしょうか。子供達にはわかりません。

数日たって、二人がまたおばあさんの裏庭に行くと、縁側のすぐ近くの南天の木のそばに、彼女は倒れ冷たくなっていました。手のひらを開いた右手は南天の木の根元にありました。手をのばして南天の実を取ろうとしたのでしょう。縁側のふちに少しだけ雪を盛った赤いお椀がありました。おばあさんはお椀の雪に南天の実を飾ろうとしたのです。

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