15対2で我がドジャースが勝っている

15対2で我がドジャースが勝っているテレビの野球中継に、やや退屈し始めふとポーチの方に目を向けた。すると中庭の様子がいつもと違う。私が座っているリビングのソファのここからは、斜め向かいの建物の1階2階の右と左、あわせて4部屋が見える。

普段は鬱蒼とした庭木の枝葉に隠れて見えない隣人たちの窓が、今夜ははっきり見える。まるで邪魔な木枝をばっさり切り落としたかのように。いつもは閉まっている窓のブラインドを誰もが開け放しているのだ。それぞれの窓の洒落たランプの明かりが功を奏し、幻想的な画像を醸している。

建物の二階の左窓に、壁にかかった大きな油絵を見ている女性の立ち姿が見える。彼女は腰に手を当て仁王立ちになり、絵に見入っている。絵はレオナルドダヴィンチの『最後の晩餐』イエスの12使徒の顔がここからでもはっきり見える。

この女性は昼間でもこの絵を飽きずに眺める。酒乱の夫が交通事故死した後、精神錯乱状態で急遽クリスチャンに成り代わり、宗教画を部屋に飾った。いわゆる神にすがった。つまり夫を愛してはいたが、それを告白せずに先に死なれた悔恨の慟哭、いやもっと深い闇があるのかも知れない。

そのすぐ下のコンドには、20才年下の夫と暮らす高齢の女性が住んでいる。彼女はいま椅子に座った夫の頭を切っている、夫は嫌がっている。いや、切っているのではない、刈っているのだ。60才の愛妻が若い夫の髪を切る姿は微笑ましく優しい。

彼等はこの界隈で仲の良い夫婦と評判だ。だがこの若い夫には愛人がいる。しかも同じコミュニティの別棟のコンドに。妻はそれを承知でわざと笑顔で女性を家に招き入れると言う。どんな種類の道徳観念がこの老妻の頭には渦巻いているのか。ありきたりの嫉妬か。

ヒッチコックの映画『裏窓』を彷彿とさせる、今夜のこの『夜窓』は、ある隣人の入れ知恵が加味しているので、下世話なゴシップ風に私を誘う。この隣人は動物の扱いに手慣れていて、ペットを飼う近隣の住人が小旅行に出かける時、必ずペットシッターを買って出る。

そんな彼は「僕はこのあたりのクローゼットやキッチンの中身には詳しいんだ。もちろん彼らの家庭の事情にも通じている」と豪語する。こんな事を言われると嫌な気にもなるが、なにせ私も人の子である。噂話には耳を傾ける。

私が見ている中庭のそれぞれの窓は、映画のように望遠鏡がなくても肉眼で見える。差し入れのロブスターがなくても、膝の上のポテトチップスが私を幸せにしている。私は少し大胆になった。

次に右側の下段に住む太った男性、年がら年中肉厚の黒いジャケットを着た、年齢不詳の禿げ頭の男性の部屋が見える。彼の素敵な貝殻模様のランプシェードがばたりと揺らいだ。飼い犬のアイスが、サイドテーブルに飛び乗ったのだ。

男性はよしよしと言う風に白いポメラニアンを膝の上に抱き寄せ、犬の頭に愛情深いキスをした。犬も男性の顔を見上げ二人は見つめ合う、

訪れる人もなくいつも黙って犬と暮らすこの男性の、人生の悲哀を垣間見た、などと大それた事を言うつもりはない。人は見かけに寄らないからだ。彼も野球中継を見ている。

ふと空に目をやると、今夜は満天の星で窓から見える切り取られた空に、ちりばめられた宝石のような無数の星が見える。昔、ある有名作家の古い本を読んでいたら「デイトの際に空を指さし、星座の名前などを教えお茶を濁す男は、絶対出世しない」と書いてあった。

その頃交際していた男性が、ある夜映画館から二人して出てくると、突然夜空を指さし「あれが水瓶座であれがてんびん座」などと言いだしたので、私は「チェッ!」と下唇を噛みうんざりしたのを覚えている。

とつぜん斜め上のポーチで人の争う声が聞こえた。ここからはそのコンドのポーチだけしか見えず、険悪なムードが見て取れる。男がポーチの塀に寄りかかりグラス片手に女の顔をじっと見ている。女は詰め寄り片手で男の胸を押し「私はもう若くはないのよ。私をどうするつもり?」押し殺した声で言う。

いや、待てよ、私の居間とポーチをさえぎるスライドドアは、とても頑丈で重厚なドアだ。押し殺した外の声が聞こえるはずはない。これは私の妄想だろう。

「私はもう若くはないのよ、私をどうするつもり?」なかなかドラマチックなセリフだ。こんなセリフを一度吐いて見たかったが、チャンスもなく年月を重ねた。今なら天に向かってはっきり言える。「私はもう若くはないのよ、私をどうするつもり?」

ふと目を凝らすとすぐ前の庭木の枝に二匹の黒い鳥、カラス?が並んで止まり、私のようにいっぱしに隣人の窓を見ている。黒い切り絵のように風流で絵になる姿、カラスよ、お前たちは仲間のいる森に帰らなくていいの?

テレビに目を戻すと我がドジャースは15対3でいぜん優勢、うまく行けば今年もワールドシリーズに勝ち進み優勝するかも知れない。いやそんなにうまくは行かないか?

なんだか体がぽかぽかして楽しく、脳細胞がお花畑のようになった。そばのワインボトルを見ると、中身が半分以上空になっている。テレビの横で正座している我が愛猫が、「早く寝ろ」と厳しい目をしてこちらを見ている。そろそろベッドの時間だ。

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