『毒キノコ』と聞くとやんわり後ろから首を絞められた気になる。それほど耳障りで嫌な言葉だ。もちろん人それぞれだろうが。
毒キノコですぐに思い浮かぶのはあの見かけが毒々しいベニテングダケだ。赤いぬるりとしたカサに白いイボイボがある。見ただけで気持ち悪くなる。だがこれは良くゆがいて調理すればほぼ毒素は抜けるらしい。
本当に怖い毒キノコは白いキノコ類、なかでもドクツルタケは『殺しの天使』と呼ばれ一本で人ひとり殺す猛毒を持っている。ある老夫婦が山中で採った白いキノコを食し激しい嘔吐、下痢を起こし二人とも亡くなったと言うニュースが日本であった。
ところでメイン州のある郊外の雑木林の中に、それは可愛らしい石造りの家があった。外壁がくすんだ七色石のモザイク模様でおおわれ、屋根に小さな煙突がついている。まるで白雪姫の七人の小人の家の様におとぎ話めいた家だ。メイン州はアメリカ合衆国の東北部に位置する素敵な場所だ。
この家にある日若いホームレスのカップルが忍び込んだ。ひっそりとした暗い家の中、置き去りにされた家具、クローゼットの中の衣類、靴、パントリーの中には缶詰やレトルト食品などが残され、何もかも3日前と同じだと確認した。実は二人は何度もこの放棄された家の下見に来ていたのだ。
今まで清潔で美しい街のあちこちで、ストリートパフォーマーとして食いつないで来た彼らは、パフォーマンスのネタである手品の種類もつき未来の生活に不安を感じ始めた。そして偶然見つけたこの空き家。暖かいベッドに食料も暖炉さえある。
時は秋、林の中はそれは美しい紅葉で彩られ、二人は見た事もない色の魔法にかけられその家に住み着くことにした。短絡的、かつ単細胞の彼らは他の選択肢など思いつかない。
一週間も住み着くと玄関の3段ほどの石段の横に生えた、白いキノコに彼らは気づいた。これこそが恐るべきドクツルダケで、気味悪がった女がゴム手袋をはめた両手でむしり取った。だが採っても採ってもまた生えて来る。しかも量を増して。
「一度料理して見ろよ、毒キノコだとは限らないぜ」男が何げなく言うと女はむきになった。「嫌よ料理なんか、あんたは何でも口に入れるんだから、拾ったものでさえね、あー嫌だ嫌だ、乞食と暮らすのは‼」
「乞食とはなんだ!俺がいなきゃお前なんかとっくに飢え死にしてるぜ」「あら手品の腕は私の方が上よ」女が睨むと男が「けっ!」と言う顔で横を向いた。だがそれ以上の口喧嘩をする気力も習慣も二人にはない。世間から隔離された小さな家の中で、次第に彼らは人格と気力を無くして行った。
ある日男は生え続ける玄関先の白いキノコを摘みとり、深夜にニンニクとオリーブオイルで炒め、立ったまま鍋からフォークで口に入れた。「お前も食えよ」男は女に鍋を差し出したが彼女は首を横に振った。
しばらくすると男は吐き気がする、腹が痛いと大騒ぎをしてベッドの上でのた打ち回った。
だが翌朝は晴れ晴れとして「今日は気分がいい」と女を抱き寄せキスをした。だが彼はその日の午後死亡した。女は意外と男を愛していた事に気づき、泣き泣き携帯で警察と埋葬屋に連絡し、男を手渡しドクツルタケの家を後にした。
そこから車で30分程の所にある街の瀟洒なアパートのリビング、窓から真っ赤に紅葉したメープルツリーが見える。この家の主婦らしき女性がテレビのニュースを見ている。外から帰って来た夫を見上げ言った。
「ハニー大変よ❣私達の家で人が死んでるわ!」夫はキョトンとしてどういう事だと言う顔をした。「ほら、私達の別荘よ、林の中の家よ、毒キノコのあるあの家よ、あそこでホームレスの人が死んだのよ!」
「キノコを食べたのか?」夫は冷静な顔で聞いた。「そう、ガールフレンドもいたんだけど、彼女は無事だそうよ」
この夫婦こそあの7人の小人達の家の持ち主で、ドクツルタケに嫌気がさし家を手放した張本人である。いや、売りには出している。だが事故物件である事が不動産屋から漏れ伝わるらしく買い手がつかない。
この夫もまた玄関先の白いキノコを食した一人で、しかも生のままサラダにして食べた。その後緊急搬送され胃洗浄をし、九死に一生を得めでたく世間に返り咲いた男だった。夫婦はその後ドクツルダケに怨念を込め、キノコ駆除に励んだがこの性悪な猛毒犯は採っても採っても生えて来る、しかもさらに量を増して。
殺人犯と暮らしてるような憂鬱な思いに、二人は耐えきれなくなり引っ越しを決めた。
しかもすべての家具、衣類、日用品など、置き去りにして転居した。『殺しの天使』の突然の仕打ちに動揺し、彼らは着の身着のまま逃げ出したのである。だがその後冷静になり、逃げだした家に未練がある二人は、まだ中途半端な気持ちで暮らしている。
実はこの毒キノコは性悪な反骨心があり、家に人が住んでる間は執念にも似たしつこさで生え続けるのだが人が居なくなるとしれっと姿を消す。土にもぐって顔を出さない。そんな陰湿でじめじめした自然の神秘を人間は知らない。
「私、ほんとはあの家気に入っていたのよ、交通の便もいいし林の中の景色や鳥の声がとても好きだったの、暖炉にくべる枯れ木を拾いに行くのも楽しみだった」妻の声に「交通の便は良かったよな、山中の道を少し運転して行けばすぐフリーウエイに出れたもんな」夫が答える。
「ねえ、今度の週末、様子を見に行きましょうよ、ホームレスの人たちが住んだのなら散らかってるかも知れないし、掃除をしなくては」妻がそう言うと夫は「もっと頻繁に行ってもいいんだぜ、俺たちの別荘なんだから」からかうような視線を見せた。妻は黙ってうつむいた。