毎年7月4日の独立記念日にはアメリカの各地で花火大会が行われ、国民はそれを楽しみにしている。その催しは他州の花火より立派な凄いもの打ち上げようと各州が競い合うイベントではなく、どこも淡々と年に一度のお祭りを楽しんでいるような雰囲気だ。
ある年の海辺の街の花火大会で、今年は丘の上の富豪が自腹で海上花火を打ち上げると言うので、人々はワクワクしていた。しかもそれは、5年前に白血病で死んだ娘の誕生祝いと言うので人々は少なからず感傷的になっていた。そしてその女性は以前私の無二の親友だったのだ。名前はジンジャーと言った。
その頃私たちは高校二年生で、放課後スクールバスで家に帰ると、私は自転車に乗って断崖絶壁にある彼女の兄ノアの家に直行した。ジンジャーは両親の家が近い事もあり徒歩で行く。
ノアの家と言っても彼らの祖父母の家で二人が交通事故亡くなった後、大学を中退、と言うか出席日数不足で放校になったノアが、ちゃっかり一人で住んでいたのである。
断崖絶壁にあるその家はこんもりとした樹木に囲まれた白い四角い家で、そこに行く度に私たちはポケットに大量のお菓子を詰め込み、ツリーハウスによじ登り秘密のパーティをする子供達のように、興奮していた。それは私の一人よがりだったのかも知れないが。
私が行くとノアはいつも裏庭にいた。断崖絶壁の今思えばいつ落ちても不思議はないほど何の囲いもない庭で、見下ろすと崖下は鋭い岩場になって目が眩みそうだった。その異様に狭い庭のビーチチェアに寝そべり、彼は私を見ると「ヘーイ」としかたなさそうな微笑を浮かべた。そばにはおびただしい野生のミントが蔓延っていた。
ノアはジャーナリストになる夢を持ち、地元の大学に通っていたが寮生活がうるさ過ぎると言うので、自宅に戻っていた。そんな兄をジンジャーは「ノアはエイリアンだから人間とは気が合わないのよ」と真面目な顔で言った。
エイリアン?それは実に言いえて妙な表現だった。彼はある日突然空から降りて来たというような、とても非現実な姿形をしていた。類まれな彼の美貌は、どんな美辞麗句を使っても的確に表現する事は出来ない。
何しろ彼には美貌以外にも、裕福な子供だけが持つ特有の美意識があり、それが彼の穏やかな性格に反映されていた。とても贅沢で洗練された穏やかな性格。そのため彼の表情やしぐさはすべてがエレガントに見え、卑しい顔をしてもそれが彼の顔の上では女のような端麗さに豹変する。
そんな彼に私が恋愛感情を持ったとしてもしかたのない事だ。だがそれは激しく抱き合い愛をなすり付けるようなものではなく、いわゆるプラトニックなものだった。だが当時はこれがプラトニックラブだと気づきもしない。断崖絶壁で海を見る彼の横顔をただ眺めるだけの夢の恋だった。なにしろ私はまだ高校二年生なのだ。
「私、ノアに恋しているの」ある日ジンジャーに打ち明けた事があった。すると彼女は薄ら笑い「そんな事しても無駄よ、ノアはエイリアンなんだから」と言って私を黙らせた。白状するとジンジャーもノアに負けず劣らず美貌の人だった。
ノアに似てはいるが男性の美と女性の美の相違で、彼女の美の方が受け入れやすい。だが私はノアの異質の美貌に固執した。恋は盲目なのだ。
ときどき彼らは私を夕食に誘ってくれる事があった。その時は近くの両親の家のメイドが
車を運転して私達に料理を運んでくれる。テーブルにディナーが並ぶといつも、ジンジャーが儀式めいた顔でキャンドルに火をつける。そのロウソクの火影にうつむくノアの顔は凄絶な美を放っていた。
高校を卒業するとジンジャーは舞台女優の夢を実現するため、ニューヨークの演劇アカデミーに進んだ。だが彼女は体の不調を訴え一年で実家に戻って来た。急性白血病と診断されたが、なぜか医者に診てもらう事をかたくなに拒否した。そして彼女は半年後に亡くなった。
私とノアをつなぎとめる唯一の絆であるジンジャーの死で、私はもうノアに会う事も出来ず私達は次第に間遠になって行った。
その5年後、今は亡きジンジャーの24才の誕生日を祝う花火大会に私は出かけていった。暗い海から打ち上げられる花火は凄絶な美しさで闇空に咲き開き、言葉を失い私は見とれた。ノアとジンジャー、それに私の3人で見たかったと思った。
その時背後の人込みから声が聞こえた。「これは主催者の死んだ娘の誕生祝いなんだって。理由はどうあれ私たちはやっと海上花火を見れた訳ね」「そうよ、丘の上の金持ちに感謝!感謝!」幸せに生きている主婦たちの声だった。
その時もう一人の主婦の声が聞こえた。「この娘には二つ年上の兄がいたんだって。その人も崖から落ちて死んだそうよ」「えっ、まさか自殺じゃないでしょうね」「いえ、あやまって落ちたそうなの、でもほんとの事は分からない」三人はまた空を見上げた。
海上花火が終わるとコーストラインのあちこちで、美しい車輪のような小さな花火がポンポンと街の空に上がり、それが私にはノアとジンジャーの最後の別れの合図に思えた。私はひっそりと涙ぐんだ。
あれから10年が経った。私は今でもあの兄と妹は本当にエイリアンではなかったかと思う事がある。