森林に囲まれた曲がりくねった坂道を車で行くと、トロリとした感じの薄緑の湖が右手に見えた。ここを過ぎればサリーに会える。ロスアンゼルスを出発してすでに5時間は経っている。
コムニュティー カレッジで絵画の講師をしていたサリーは、退職後亡き母親が残した湖畔の山小屋に移り住んだ。それが半年前。その後も私達はLINEのやりとりをし、彼女は引っ越し先の家や近辺の森や湖の写真を送ってくれ、とうとう私を家に招待したのだ。
やがて前方に小さな集落が広がった。数軒のレストラン、コンビニ風のマーケット、コインランドリー、そんなものを寄せ集めたような小さな町だ。その時、奇妙な物が目に入った。
褐色の木造建ての二階のバルコニーに、花模様のロングドレスを着た痩せた白人女性が、柱に寄りかかりこちらを見ている。とても奇麗な女性だが身動きしない。身動きもせずただぼんやりと立っている。その階下はピザ屋である。
女性に見とれていた私は、ハンドルを切りそこなうところでとても慌てた。
サリーの湖畔の家は、古く質素だが堅牢な家だった。時を経たチョコレート色の木造建てで前庭が芝生に覆われている。そこに立つ数本の白樺と茶色い家のコントラストが素敵だった。半年の間にゆるくパーマをかけた彼女の髪はさらにグレーがかって、どこか精神的な顔をしている。
夕食後庭に置かれたローンチェアに二人して座った。目の前の湖があたりを幻想的な雰囲気にしていたが、私はさっそく気になっていた事を話した。先ほど見た、あの身動きしない美しい女性の事である。
「ああ、、、」と彼女はうなずき「あれは人ではなく人形なのよ」「人形には見えなかったけど」彼女は微笑みこんな話をしてくれた。
20年前、あのピザ屋にとても可愛い娘がいて店を手伝っていた。娘は一人娘で両親に溺愛された。そこにデンマークから来た若いバックパック旅行者が偶然立ち寄り、二人は恋に落ちた。娘の両親も彼を気に入り、物置だった離れの小屋を片付け青年を無料で住まわせた。
そして娘は妊娠した。だが青年はさっさと国に帰ってしまった。傷心の娘はしばらく泣き暮らしとうとう姿を消した。
両親は血眼になって娘を探した。誘拐殺人では?と地元警察、ボランティア消防士等が近隣の森を探した。だがすべて徒労に終わった。「湖に落ちたとか思わなかったの?」私は彼女が作ってくれたマティニに口をつけた。
「そこなのよ、近辺の湖を探したけど見つからない、この辺りには湖の数も多いし結局、捜索を打ち切った。まさか自殺するなんて普通思わないでしょう」私は黙って前方を見た。対岸の森の上の切り立った山頂の雪に映える夕日が神秘的だ。
サリーが続けた。「ところが娘の死後、夜更けになると彼女の泣き声が毎夜聞こえてくるようになり、たまりかねた母親が霊媒師に相談したのよ」「霊媒師?」私はうさんくさい顔をした。
「そう霊媒師よ」彼女は自信に満ちた顔をして続けた。「霊媒師が言うには、娘はここから南方にある暗い湖の底に沈みとても寂しがっている。彼女を地上に引き上げ人目につく所に置き、寂しさを払拭してやれば魂は浮かばれる、そのためには」
「そのためには?」と聞く私をサリーがちらりと見た。「そのためには彼女とよく似た等身大の人形を作り、一目のつく所に立たせる事。単に置いてはダメ、立たせる事と霊媒師は言ったのよ」
それで母親は人形の作り方を調べ渾身込めて人形を作った。思いが込められた人形を二階のバルコニーに立たせしばらくすると、娘の泣き声が聞こえなくなった。
「そう言う事ってあるものよね」私が言うと「あるものよ」サリーがうなずいた。私達の目の前には日没直前の黒い太陽がまさに沈もうとしていた。
翌朝、サリーに呼ばれ朝食のテーブルに着くとハーブとチーズ入りのオムレツが用意されていた。菜園で採れた豊富な香草を包んだ柔らかいオムレツはとてもおいしかった。あたりを包み込む優しい微笑を彼女は失わず私は癒された。
私の前にコーヒーを置きながらサリーが言った。「昨日の話だけど実は後日談があるのよ」待ってましたとばかりに私は彼女を見た。「人形をバルコニーに置くと、それがローカル新聞やテレビニュースになり写真も紹介され、人形の美しさに人々は魅かれ沢山の人がピザ屋に押し掛けるようになったのよ、しばらくは行列が出来たほど」「それは良かったわね」私は心からそう言った。
3日間の滞在はとても楽しかった。彼女の運転でドライブ徘徊、火山噴火に寄る溶岩の石柱、レインボー滝などなど、自然の創造に寄るパノラマが素晴らしかった。子供時代に母親と暮らした湖畔の家にまた戻って来た事を、彼女は喜んでいた。絵画教室を開くことも計画していると目を輝かせた。
帰途につくためサリーの家を後にした私は、迷うことなくピザ屋に立ち寄った。女性の両親が生きていればまだ60代の筈だ。彼らに何らかの声をかけて見たいと思ったのは、単なる私の感傷だったのかも知れない。
ピザ屋の夫婦は私の訪問を喜び「サリーとは懇意の中で、死んだ娘は彼女と同じ年だった」と言った。「霊媒師の占いは良く当たりあれ以来私たちは幸せだ、今でもあの時のニュースを忘れず訪れるお客もいる」主人がそう言うと婦人が微笑でうなずいた。
「人形はメンテナスを怠らず妻が時々手を入れる度に、顔がますます生き生きして来る、まるで魂が宿っているようだと、お客に言われる」ロスアンゼルスに向かう車の中で、私は主人の最後の言葉を思い出していた。