現代は動画の時代である

現代は動画の時代である。ありとあらゆる動画がユーチューブに氾濫し、視聴者はより取り見取りの中から好きなものを選び楽しむ事が出来る。

中でも猫動画は人気を博し、手を変え品を変え投稿者はセンスの効いた猫動画を投稿する。視聴者はそれらの中から勝手に選び、面白ければチャンネル登録する。投稿者が「登録してね、登録してね」と言うからだ。

登録すれば配信者の稼ぎにもなり、視聴者は人助けをしたような豊かな気持ちになる。これが作る側と見る側の一つの醍醐味かもしれない。

ある初夏の昼下がり、イサムはふらりと近所の公園にやって来た。ベンチに座りあたりを見回す。サクラも葉桜になり日差しも強い。池の岸辺をカモの親子がすいすい泳いで行く。

彼は勤め先のコンピューター会社を昨日解雇されたばかりだ。プログラマーの仕事だったが失意感はあまりない。「何とかなるさ」と言う安易な気持ちで生きているから、何が起きても響かない。

事実、首になったのは自分の向上心のなさが理由と言う事に気づいてさえいない。

その時オレンジ色の子猫がそばに来て、彼をじっと見上げた。まだ一か月にも満たない野良猫で、うるうると彼を見上げる両目が愛らしい。「おい、どうした?」彼が思わず声をかけると子猫はピョンと膝の上に飛び乗って来た。

家に連れ帰った子猫に残り物の飯と水を与え、しばらく遊んでやった。猫は驚くほど彼になつきニャーニャーと可愛い声で鳴き彼にまとわりついた。コンピューターのプログラマーをやっていた彼が、可愛い猫を前にして、猫動画のユーチューバーにでもなろうかと思い立ったのは自然な成り行きだったのかも知れない。

オス猫だったので‟こてつ“と名付け去勢手術もすませ良く可愛がった。餌もネットで調べ良さそうな奴を見つくろいふかふかの猫ベッドも買った。もともとイサムは心優しい性格なのだ。

猫との距離がさらに縮まった所で第一回の動画を製作し世に放った。子猫が水を飲みながらチラチラこちらを見るだけの動画である。タイトルは『こてつの日常』平凡すぎるとも思ったがあまり奇をてらっても視聴者はそっぽを向く。

ところが反響が凄かった。投稿してすぐにチャンネル登録者が2万になった。イサムはほくそ笑み「ちょろいもんだな」と思った。その後も登録者数はうなぎのぼり、大した動画でもないのに。イサムは次第にうすら寒くなって来た。登録者数はひと月ごとに10万人増えて行く。

コメント欄には「中に人間が入っている見たい」「表情が人間そのもの」あるいは「売ってくれたら100万円で買う」とかべた褒めのものばかり。

動画投稿を始めてから半年ほどして父から電話があった。「動画見たよ、すごいな!今じゃ大富豪じゃないか!」故郷の香川県で讃岐うどん屋を何店も営む父は、イサムを東京の私立大学に出し、卒業後いつまでも就職できない息子に嫌な顔一つせず仕送りを続けた。今でも「嫌になったらいつでも帰っておいで」と言ってくれる。

だからイサムの根底には「東京がダメなら香川があるさ」と言う愚にもつかない甘えがはびこっている。

繁盛している店は両親と長男、次男が激しく切り盛りしている。イサムは家族に猫かわいがりされ、意気地のないふぬけ男になってしまった。

登録者数が100万人になった頃こてつがふっと居なくなった。今では月1000万円の金づるがどこへ遁走したんだと、イサムは血眼になって探した訳ではない。「事故に会わなければいいが」と心配し写真入りのチラシを作り、その辺の電信柱や木の幹にペタペタと貼った。猫を見つけた公園にも行って見た。

だが無しのつぶてである。イサムは意気消沈し猫恋しさに以前の動画を見返し、懐かしい猫の表情やしぐさを見て静かに涙ぐんだ。

その中に彼が公園でこてつを見つけた日に撮った動画があった。これは投稿せずに記念に携帯に残したものだ。膝の上のこてつがじーっと彼を見上げている。長い間見上げぺろりと舌を出し横を向いた。どこかで見た猫だな、彼は初めてそう思った。

その時脳裏に一つの記憶がよみがえった。20年も前に飼っていたオレンジ色の猫、コーリーと言う猫の事である。その頃人気の子供向けテレビドラマの主人公の名で、ただ思い付きでつけた名だった。

だがイサムはその猫にそれはひどい虐待をした。まだ7才だった彼は二階の階段の一番上から、思い切りコーリーを下の廊下に投げつけたり、猫の平衡感覚を保つひげを根こそぎハサミで切ったり、穴を掘って首だけ出して埋めて見たり、それはひどい事をした。別に猫に恨みがあった訳ではない。

むしゃくしゃするのだ。砂糖にまみれもがいているような腹立たしさが彼の神経を揺さぶるのだ。それが必要以上に親に甘やかされメリハリのない子供に芽生える、苛立ち、憤怒、焦燥だとは誰も気づかずにいた。そして猫はある日突然姿を消した。

そうか、あいつが生まれ変わって俺に会いに来たという訳か、イサムは漠然とそう思った。『猫の恩返し』か、と思ったがそうではない、いやこれは『猫の仕返し』だと即座に思った。

新しい動画を出せないイサムに、視聴者からのコメントが辛らつだった。「猫はどうした、殺したのか?」「今すぐ探して動画を上げろ、さもないと視聴者全員今すぐ登録を削除する」「お前は悪い奴だ、何様だと思っているんだ!」などなど。イサムは打ちひしがれた。

実は生まれ変わってイサムに会いに来たコーリーは、彼にもう少し立派な男になれ、強い一人前の男になれと諭しに来たのだった。ひどい事をされたがイサムは餌と水だけは決して忘れずに与えた。それをコーリは忘れなかったのである。

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