コロナ禍でまたもや街が封鎖された

コロナ禍でまたもや街が封鎖された。ヘアサロンに行きそこねた私は、不正選挙ならぬ不正営業している店はないかと街をふらついた。規則や条例を無視する不届きなオーナーも中にはいる。

通りの両脇はどこもシャッターが下り、閑散としてうらぶれ路上には紙くずが舞い、古い西部劇の無法町のようだ。黒いマスクとサングラスで顔を隠した私の顔はまっくろけ、小形の女ならず者に近い。

やがて大きな白い観葉植物がドアのそばにある美容室らしきものが見えた。白いフロントドアに“Serebu Hair Salon”と書かれ、その上に“OPEN”の長方形のサインが、白く斜めに下がっている。白い白いと言うが白いのは埃だ。つまり客の来ない誰も来ない美容室である。 

ドアを開けると漆黒の古い机があり、その上にうつむいた男の胸像が置いてある。「ハロー!」と呼んで見る。だだっ広い部屋の奥の巨大な一枚ガラス窓のそばで、ソファに座った女があお向けに赤ワインを飲み干している。その窓の向こうに雑木と芝生におおわれた廃園が見え、鼠色のガゼボが斜めに傾いている。

景色に見とれていると胸像がむっくりと顔を上げた。ブロンズが生きた男に早変わりしびっくりした。

「何か御用?」ずり落ちた眼鏡の奥から上目づかいで私を見る。チャック シューマーに似た老齢の陰気な男。「髪を切りたいんです」そう言うと私の頭をジロりと見て「予約して」と言下に言った。

「僕の名前はステファン、電話して」そばにあったビジネスカードに、“STEFAN”と書き手渡した。その手に広がる無数の老人性色素班、帰りざまもう一度振り向き店内をみると、この店の18世紀末を思わせるデカダンス臭さが緩やかな波のように私に押し寄せて来た。

ステファンは背の高い心持ち猫背の男だ。年を食っているがなかなかの腕だった。ハサミを持った手の立てた小指、くんと鼻を鳴らす癖などが嫌味だったが、鏡の中の私の髪が素敵に仕上がるにつれそれも気にならなくなった。時々10本の指を私の髪に入れ下から梳くようにする。

だがこの男は髪を切りながらワインを飲むアルコール中毒症だった。店には客を座らせる黒革の椅子が一つあるきりで、他に従業員はいない。むろん顧客もいないようで、生活費はどうしているのか。

心配性の私を見抜いたかのように「これでも昔はハリウッド女優の髪を世話した事もあるのよ、メグライアン、デミムーア、ブルックシリーズ」と彼がハサミをパチパチと鳴らし鏡の中の私の顔を見た。「うそ!」さえぎると「そうよ、嘘よ」と済まして窓の外を見た。

ステファンがくるりと椅子を半回転したので目の前の庭が一望に見渡せた。一枚窓ガラスからのあふれる採光が、私の目をくらませ荒廃した庭をさらに幻想的にした。庭の奥にある片腕が折れた大理石の女神の裸像。ぼうぼうと生い茂ったハーブ畑、古い雨染みのこびりついた木製のガゼボ、そのガゼボの中でいつか見た女性が赤ワインを飲んでいた。

「あの女性は誰?」と聞いてみた。「僕の奥さんよ」ステファンが言った。これは意外だった。彼は男色家だと思い込んでいたので鏡の中の彼をじっと見た。「昔ね、奥さんだった人よ、今は大っ嫌い」

「なぜ一緒に住んでるの?」彼は肩をすくめ両手を広げた。「しかたないのよ。養ってもらってるから。100才の彼女の母親が最近死んでまた遺産が入った癖に、私には一セントもくれない、でもここを出てもホームレスになるしかないから」と鼻をクンと鳴らした。

見かけに寄らず友好的だった彼は「ここに来たければいつでもいらっしゃい、でもその前に電話してね」と言った。不覚にも私は顔を輝かせた。

私はこの家の古色蒼然とした室内装飾に蠱惑されていた。窓際の居間にあるロココスタイルの若草色のソファ、背もたれが膨らんだビロードの椅子、そして部屋のあちこちにある毒々しい色をした大きな中国壺、それに活けられた西洋ススキや芍薬、胡蝶蘭のすすけた大きな造花。それらが醸し出す退廃的ムード、すべてが妙に私好みだった。

若い頃、虚無的かつ退廃的なデカダンスに憧れ毒された私は、いまだにその残滓を引きずっている、要するに怠け者である。だから私は、無気力で倦怠感に苛まれるにステファンに同病相憐れむ気持ちを抱いた。それは長い時間をかけて分かるものではなく、瞬時の直観である

虚無的に生きる人間の常として、彼のしぐさや言葉には時おりとても深遠な意味合いがあったのだ。

一週間に一回いや月に一回、彼に嫌われない程度に日を決め間を置き彼を訪ねる事にした。

彼はとても気まぐれで時に優しく時に冷たく私に接した。だが彼は私が連絡をせずに訪問すると頑としてドアを開けてくれなかった。

彼の妻はいつも彼がそばに置くワイングラスのように恬淡としてそこにいた。少なくとも私にはそう思われた。名前を聞くとビオラと言った。私とは口を聞かず私が行くと席をはずした。どこかアジア系の風貌で背の低い年老いた女だった。

ある日すでに一か月以上も会っていない事に気づき、電話をすると返事がない。気になり彼を訪れるといつになく玄関ドアが施錠されていない。

中に入ると居間のピンク色のレンガ塀が何かをぶつけたように白く欠け、割れた中国壺のかけらが床に散乱していた。そのそばに西洋ススキの束が投げ出されたようにしてあった。

一階に誰もいない事を確かめ、金色の手すりのらせん階段を上って二階に上がった。このらせん階段はいつも夢の様に私を誘っていた。階段を上り切った正面の壁にステファンの若い頃の白黒の写真が鋲で留めてあった。

彼はとてもハンサムで一緒に写ったジョデイフォスター、ダイアンレイン、シリルシェパードなども若く美しかった。彼の嘘が嘘でなかった事が解った。

物音に振り向くとステファンがビオラの両足首をつかみ、ベッドルームの床を引きずっていた。彼女は正体を無くしなすがままにされている。「どうしたの?」驚き声を上げると「殺しちゃったのよ」と女の足を握ったまま言う。

「警察に電話しなきゃ!!」声を上げる私に「大丈夫、後で自首するから」と冷静だった。「そんなことしても、事実を隠ぺいしたと思われるわ!」「じゃ、勝手になさい」彼はそのまま妻を隣のバスルームに引きずって行った。

天蓋カーテン付きの大きなベッドの上から毛先の長い白い猫がじっとこちらを見ていた。

彼はビオラの上半身をシャワールームの壁に凭れかけさせ「口喧嘩してたらヒステリックになって気絶しちゃったのよ、壺を壊しちゃってバカみたい」と言った。それから「いつもの事だからこうすれば、、、、」とシャワーヘッドを引き抜き、その顔に飛び切りの冷水を浴びせかけた。

「ギャー!!!!」と彼女は目をむき両手を上下に激しく振った。「ほらね」ステファンが意味ありげにウインクした。

一か月程して電話をしたが返事がない。

たずねて行き施錠されたドアを揺すっていると、隣の貸しビルから修理人らしき男が出て来て、「そこは空き家だよ、誰も住んでない」と言う。「いつから空き家なの?」と聞くと「さあー」と首をかしげて立ち去って行った。

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