例えば少女時代に失くした大切な雑誌を異国の道端で発見した、それも長い年月の後に、と言う経験をした人がいるだろうか。私がしたそんな経験を話したいと思う。
その青い家はやはりブルーカラーの海のそばにあった。徒歩で二分も歩けば太平洋が見える場所、潮騒が聞こえる場所である。その界隈のスペイン風の雑貨屋での買い物の帰り道、私は見つけた、失くした雑誌を。
青い家には白い玄関ドアがつき、やはり白い窓枠で囲まれた大きな一枚ガラスの二階の窓からは、天井にぶらさがった小さなシャンデリアが見えた。その隣の西に向かった、つまり海に向かったバルコニーには、白いハンモックがかかっている。
海辺の家のバルコニーにはハンモックがかかっている事が多い。ハンモックに揺られて海を眺めると言う趣向なのだろう。だがこの家の魅力はそのためだけではなかった。家の外観が何十年も昔の小学初期に見た、漫画雑誌のひとこまに酷似していたのである。
漫画の内容は幼い少女が生き別れの実の母親をさがしに、一人旅に出ると言うものだった。バックパックを背負い、写真を手がかりに母親が住むと言う青い家をさがしに。そして少女は左手に握った写真とそっくりの家を最終回で見つける。天井にシャンデリア、バルコニーにハンモックの、洒落た窓のある青い家を。
少女の父親はどこにいるのか、祖父母はいるのか、いるならばなぜ彼らは少女を一人旅に出したのか、学校には行かなくて良いのかと言う疑問は解けない。なぜならその辺の記憶はすべて私の頭からすっかり葬り去られているから。
今から役40年ほど前に『母をたずねて三千里』と言う日本アニメが人気だった。幼い少年“マルコ”が、アルゼンチンに出稼ぎに行ったきり便りの途絶えた母を探しに、イタリアからアルゼンチンに一人旅すると言う内容である。原作は1889年にイタリアの作家が書いた『クオーレ』と言う小説の中の短編的小説だったそうだ。
要するに行方不明の母あるいは父を、幼い少年少女が一人(なぜかいつも一人)探し旅に出ると言う内容は、古今東西、過去現在を問わず人の心を激しく揺さぶるものらしい。
さて母親の住む青い家をやっと探しあぐねた少女は、はやる心を押さえ玄関のベルを鳴らす。するとこの家の主人らしき男性、その後ろに赤ん坊を抱いた妻らしき女性が立っている。少女はときめきを押さえきれず「ママー‼ママー!」と顔を輝かせ叫ぶ。
すると赤ん坊を抱いた女性はひきつる顔で「私の子供はこの赤ちゃんだけよ」と冷たく突き放す。悄然と少女は青い家を後にする。母が住むと言う家の写真をどうやって手に入れたか、その辺の記憶もないので話は曖昧になって来る。確か継母の元に帰り強く抱きつき「私のママはあなただけよ」と言ったような気がする。
だが私には三千里もかけて探したいような行方不明の母親はいない。事実彼女は安穏の内にすでに死亡している。なのに漫画の中の青い家に痛く感動し脳裏に刻み、それを探し続ける老年の私。
つまり青い家の中の母親は私がたどり着きたい私の真の魂ではないかと思う。常に抱える心の渇き、魂の叫びを癒したいと言う気持ちをなだめるために、私は私の青い家を探し続けてきたのだ。
だが少女のように玄関のベルを鳴らす訳にもいかない。そんな事をすれば不審者として追報される。やたらとあたりを徘徊すればまぎれもなくストーカーだ。だがせめてどんな人が住んでいるのか知りたい。
そんなチャンスが訪れた。三か月に一度の健康診断を受けるために訪れたクリニックの帰り道、何となく回り道をして青い家のそばを通った。するとサーフボードを小脇に抱えたウエットスーツの若い男性が3人、家から出て来て小走りに海に向かって行った。多分彼らはこの家で共同生活をしているのだろう。車を止めしばらく彼らを見送った。
やがて記憶の遠い彼方から、別の思い出がよみがえった。やはり約40年前に見た『Big Wednesday』と言う映画である。アメリカの西海岸に住む3人のサーファーとそのグループは毎晩痛飲、ケンカのパーティに明け暮れながら、水曜日にやって来ると言う世界最大の波『ビッグ ウエンズデー』に挑むことを夢見ている。

やがてベトナム戦争が始まり仲間の誰もが巧みに徴兵を逃れようとするが、3人のうち一人だけが志願して戦争に行く。3年後彼が帰還すると、サーファー達の中には、結婚した者、引っ越した者、戦死した者がいて、彼らの人生もそれぞれに様変わりしていた。奔放に過ごした彼等の青春の終わりである。
やがて6年後、遂に『Big Wednesday』がやって来る。青春に終止符を打った三人は、やがて来る未来に向かって挑むかのようにサーフボードに乗って大波に向って行く。
あらすじのすべてがウィキペディアの受け売りだが、この映画にとてつもない衝撃を受けた事を覚えている。アメリカの若者はこうして青春してるのだと言う覚醒の感があった。第一田舎者の私は、サーファーなどと言う人種がいる事さえ知らなかった。その頃のアメリカの西海岸の情報などあまりなかったし、すべてにうとい私は、あっても優に見逃していたのだ。
結論、私の青い家には『Big Wednesday』の三人の若者が住んでいた。
