アレンは不思議な指を持っていた

アレンは不思議な指を持っていた。それは常に悩ましいうずきを持って彼を脅かし、あるいは翻弄した。その繊細な指の思いを、彼は黙殺することなくむしろ添って生きる事にした。

だがその繊細な指の思いとは、別に指の先から美しい花が咲き開くとか鳩が飛び出すとか言う類のものではなかった。

ときめくような顔をした観客の前でショーを見せ拍手喝さいをもらう手品師の父に、彼は少年の頃ある種の羨望と誇りを抱いていた。シルクハットに黒マントを着た父が、ショーの終わりに両手を高く上げお辞儀をする。その時の高揚した父の顔を見ると胸がどきどきした。

それも十代の中期にはいるとそれが蔑視や卑下に変わって行った。父の生きざまが馬鹿らしく、手品なんてトンマな奴のする事だと思うようになった。父が手品師だなんて人には言えない、、、彼はそう思った。

彼が幼い頃二人きりになると父は、観客の前でやるすべての手品の種明かしをして見せた。

「こんなものは練習すればバカでもできるようになる」と言った。「ただ手際よくやるだけだ。観客は馬鹿だから簡単にだませるんだよ」と薄笑いをした父のあざとい横顔を、彼は今でも忘れない。

High contrast image of magician hand with magic wand

ある夜の事、インディペンデンスの日だった、アレンがマンションのベランダから夜空の花火を見ていると、父が女を連れ帰って来た。ドアを開けるなり「ヘイ、見てみろ、ママを連れて来たよ」と抱き寄せていた女を彼の前に突き出した。アレンはまだ8才だった。

二人ともかなり酔っていた。女が左手をアレンの顔の前で広げ薬指にはめた指輪を見せた。高らかに声を出して笑った。アレンは女の顔をじっと見つめ、赤い口紅が口のまわりに広がっているのを見ていやな気持になった。

物心ついた頃から家の中に母親がいない事を不思議に思い父に尋ねると、「そのうち素敵なママを探してくるよ」と言い片目をつぶった。だからアレンは「パパは本当にママを探して来たんだな」と思った。だが彼らは結婚などしなかった。最初からその気はなかったのだ。

長身で見栄えも良い父はいつもキラキラした富裕層の女達に囲まれ、彼がパチンと指を鳴らすと即座に、高価な装飾品や大金が彼に届けられた。彼は実際女にもてすぎてどんな女にもあきあきしていた。

父の生きる姿勢にすっかり懐疑的になった彼は、父の世界から完全に離脱した。小さなアパートを借り自炊をし真面目な暮らしに没頭しようとした。だが彼の脳裏に焼き付いた父の言葉、しぐさ、深いため息などが、ぬぐい切れない思い出の残滓のように彼を脅迫した。

父の深いため息?そう父は時々奇妙なため息を吐いた。何の意味もなく突然「ハーッ」と肩を落としうつむき息を吐いた。そばに誰がいてもお構いなしにこれ見よがしに。父のため息はアレンを不安にした。

彼が19歳の時、とてつもなく衝撃な出来事が起きた。街の広場で年に一度の夏祭りが催された時だった。屋台や乗り物が組み立てられ、人々が集まり広場が遊園地になった。お祭りはどんな人々の心をもウキウキさせる。

彼はローリポッツプを舐めながら人込みを歩いた。やがてすごい人だかりを見つけ立ち止まった。体中に極彩色の入れ墨をした男が、今しも口の中に鋭い刃先の剣を入れようと身構えている所だ。見物人はシンとして息を詰めている。

やがて男が剣を飲み込み始めた。筋肉隆々とした男がするすると剣を口の中に入れて行く。「あれだけは種明かしはできない。ただ何年も練習し、剣を恐れない強い精神を鍛え上げなければならない」父が珍しく真面目に話したマジックだ。

あたりに張り詰めた緊張と静寂がおとずれ、息苦しいぐらいだった。咳が出そうな口を彼はこぶしで押さえた。その時人込みをするりと抜け、一人の男がアレンの斜め右にひっそりと立った。長身のその男はすぐ前に立つ女の肩にかけたパースから、見事な指さばきで財布を抜き取ると、大胆にもアレンを振り向き野卑なウインクを送った。

アレンは男を好くタイプではなかったが、男に好かれるタイプだった。脆弱な彼の精神がその男の愛?あるいはゆすりをうやむやな気持ちのまま受け入れてしまった事は、彼の一生の不覚だったかもしれない。

スリの男と暮らし始めて二年、彼はこの頃よく肩を落として深いため息をつくようになった。父がもらしたため息とそっくりのあの不思議なため息を。

彼らは今日も人込みにまぎれて行く。観客のいない薄暗い空間で華麗なマジックを披露するために。アレンは近頃、ずいぶんと腕を上げた。

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