私は今 私は今、自分の右手を右手で持ち、いや右手を右手で持ちと言うのはおかしい。右手が二本ある訳ではないから。つまり右手を窓の光にかざしている。眉間に皺をよせじっと目を凝らすと、そこに網羅する、骨、動脈、筋肉、靱帯などがかすかに透けて見えるようだ。 この手は幼い娘のお尻を躾と称して力任せに叩き、あるいは意味不明な事を言う今は亡き夫の顔を引っ掻き、悪さをする飼い猫の尻尾を引っ張ったりした罪深い手だ。 だが年月とともに私の周りから人がいなくなり、右手もすっかりおとなしくなった。猫さえ近頃は私と遊んでくれない。 喜怒哀楽を忘れた私の手はだが、日々の料理や掃除、洗濯に精を出す。昔から家事が好きだった私はやっと、心行くまで人の目を気にせず右手を彼女の趣味に任せる。 例えば料理、包丁を持ちニンジン、キャベツ、キュウリなどサクサクと切って行くときの爽快さは何物にも代えがたい。これから自分の血となり肉となる栄養物をこしらえるのだと、微かな興奮さえ身内に感じる。 と、馬鹿げた言いぐさはこのくらいにして、、、半世紀以上も前に見た『エデンの東』と言う映画の話をしたい。敬虔なキリスト教徒の父に母は死んだと聞かされていた主人公のキャルは、母への慕情が断ち切れず、ある日「母さんはどんな人だった?」と父に聞く。 すると彼は「母さんは美しい手をしていた」とだけ答えた。このセリフが今でも頭にこびりついて離れない。心にしみる優しい言葉だ。もちろんその時は日本語字幕で見たから、ほんとの英語のセリフは分からない。だがこの翻訳者のセンスがとても良いと思った。 その後キャルは、母が今では酒場の経営者として成功している事を突き止め、ある日突然酒場の二階の母のオフィスを訪ねる。ドアを開けると母が椅子に座って居眠りをしている。その膝に置かれた彼女の手をキャルはじっと見つめる。 この手のアップに私もまた見入った。だがそれは美しいと言う私の観念とは違い、何となく骨太の大きな手だった。指の関節も大きい。日本人の言う白魚のような指とはかけ離れていた。だがそれが女一人を実業家として成功させた強く美しい手なのだと後で思った。 ずいぶん昔、私が高校生の頃、夕食後の団欒の居間で母が自分の左手を私の前に広げ「お母さんの手は少しもきれいじゃないね」とぼやいた。野良仕事で太陽と土に揉まれたその手は、確かに武骨で美しくはなく疲れて見えた。 都会生活に憧れていた母は、父としばらく別の場所で暮らしていたが、諸事情で父の実家に戻り祖父の農業を手伝わされる事になった。それに抵抗することなく時に流されてしまった母は、生涯そのことを悔やみ愚痴をいっていた。 若い頃、母の姉の家で過ごした上海での暮らしも忘れられなかったらしく、自分はこんな田舎にいるような人間じゃないと、愚かな自負を死ぬまで捨てなかった。そんなプライドを満足させるために、家を出て自由に生きる勇気など少しもなかった癖に。そして渇望を渇望のままに亡くなった母。 だがあの時代の日本の田舎の農家の主婦が、家を出て一人都会生活を始めるなど、前代未聞、天変地異の出来事だったのだ。 そんな母の愚痴と生き方を嫌い、出来るだけ故郷から離れて暮らしたいと思うようになった。そしてとうとうアメリカまで来てしまった。今思えば常に放浪の魂が胸の奥に燻っていたような気もする。だが正直に言うと、ここまで来たのは自分の意志ではなくたぶんに成り行き任せだった。それでも今は幸せだ。今の静かな暮らしが好きだ。 「私の手はきれいじゃないね」と、めずらしく素直な心情を吐露した母が、いまは懐かしく思いだされる。「ううん、そんな事ないよ、とてもきれいだよ」と、言ってあげれなかった自分がとても悔やまれる。 共有: X で共有 (新しいウィンドウで開きます) X Facebook で共有 (新しいウィンドウで開きます) Facebook いいね 読み込み中… 関連