大学前のバス停

大学前のバス停、心理学の授業を終えたばかりのウエインは、ベンチに座って横を向いていた。目線は信号機の柱の根本にある白いバケツに入った花束。バラやカーネンション、アネモネと言ったありきたりの花。しかし彼はそれらの花に魅せられていたのではなく、花の出所を考えていたのだ。

花が初めてそこに現れたのは三か月前。何のために信号機の柱の基部に花が置いてあるのか、誰かが事故で死んだりすると、その現場に献花と称して人々が花を添えるが、ここで人が死んだと言う話もない。メキシコ人の花売り男の忘れ物かとも思ったが、この辺にそんな男はいっさい見た事がない。

しかも花は枯れると捨て去られ、またもや新鮮な花束がバケツに入れられる。誰の仕業か、酔狂な奴もいるものだ。そこで彼は思考を断ち切り立ち上がった。バスが来たのだ。

ウエインの父親は三年前に殺された。パトカーで地域をパトロール中、暴漢に襲われ防ぎきれずにピストルで撃たれた。暴漢は黒人の若者3人だった。DV、性暴力、麻薬、盗みがはびこる危険な場所で、父親は以前彼らを逮捕した事があった。刑務所から出たばかりの彼らが逆恨みで父親を殺したのだ。パートナーは無事だった。

事故現場にはおびただしい献花、ペットボトルが供えられ、ろうそくが灯された。やはり黒人だったウエインの父親は、非常に人望のある皆に好かれる人だったのだと彼は思おうとした。

Flowers

「父さんは人気があったんだね」まだ高1だったウエインは母親にそう言った。「まあね」母は無表情にそう言った。彼女は夫の死をあまり嘆き悲しむ風でもなかった。

母親は地元の公共放送の教育番組で、生け花、つまり日本風フラワーアレンジメントの講師をしている。メリハリのある教え方とチャーミングな英語のアクセントで、もう五年も続いている。黒人特有の、良く言えば屈強悪く言えばイカツイ風貌が、ウエインからわずかにそぎ落とされたのは、日本人である母の血のなせるわざかもしれない。

その母に彼は,信号機の柱の下の花について話してみた。ソファに寝ころびスマホをいじりながらである。「それで、誰が新しい花束をバケツに入れるのか、分からない訳ね?」と母が聞いた。「うん」「でもそれを知ってどうするの?」彼はハッと顔を上げた。

返答できずに静かに頭を振っていると「あんたは、父さんの事故現場の花がいまだに忘れられないのね」当たらずとも遠からずと言った顔でウエインは母を見つめた。

「あんたもそんな女々しい事を考えるんじゃなくて、もっと未来志向の生き方をしなくちゃね、大学の専攻科目の心理学、ずーっとCプラスじゃないの。心理カウンセラーってそんな簡単になれるもんじゃないのよ、あのね、父さんはもう死んだのよ!」母は高飛車にそう言うと、むき終らないグリーンピースの山を投げ出しあちらに行ってしまった。

「父さんは死んだのよ」と言うのが母の口癖だった。それは脅迫、ダメ押し、威嚇のようにも聞こえウエインをこの上もなく滅入らせた。父の死以来、息子につらく当たる母を彼はストレスのせいだけとは思いたくなかった。

信号機の下の花に関して言えば、彼はまた誰かがそこで死ぬんじゃないかと言う、嫌な予感に苛まれていた。当事者だけにしか分からない事だが、家族を死に巻き込むような事件に会うと人は、どんな些細な出来事でも、これもまた我が身に振りかかる別の火の粉かも知れないと思い悩むのである。ウエインは優しい性格だったので、自分より他人の不幸を思いやった。

晴れているのに雨が降る、変な天気の午後だった。いつものようにベンチに座ってウエインは横を向いていた。バケツの中には新しく入れられた鮮やかな花束が、我が物顔でこちらを見ている。いつ終わるとも知れない目に見えない恐怖に彼を封じ込めた花たちは、彼をあざ笑っているかのように見える。

その時、携帯がなった。母親だった。「ちょっと気になったから言って置くけど、、」わずかにせき込みながら母は言った。「私の占いが当たっていれば、近いうちその電信柱の近くで人が死ぬわね」占い?母は人に頼まれ手相や星座で運勢を見るのを趣味にしていた。

それが当たると言うので、生け花講師をやめて占い師にでもなればと言う、おせっかいな人もいた。父の事故現場で異常なほど多かった献花について言えば、「私の知名度が半分は加担しているわね」と、母は言ったものだ。

だがウエインは占いについてはかなり懐疑的である。人の未来がすでに決まっているなんて馬鹿げている。今まではそう思っていた。

その一週間後、したたかに酔っぱらった若い男が夜更けに、車もろとも信号機に突っ込み命を落とした。即死だった。ウエインは母の占いが当たった事に茫然となった。そしてふと、母は父の死も予想していたのだろうと疑った。

コメントを残す