数年前、友人と二人でフランスを旅した時の話だ。 数年前、友人と二人フランスを旅した時の話だ。広大なぶどう畑の横の田舎道を長時間ドライブしていた。未舗装の道で真ん中に生えた草が棒のように先に伸びている。遠景に頭の良い小学生が描いた水彩画のような村が見え、オレンジ色のひなびた教会の尖塔が光って見えた。興味ある風景だったが、私達は黙りこくったままドライブを続けた。二人とも長いドライブでひどく疲れていた。 やっと予約のホテル、いやモーテルを見つけた時は夜になっていた。倒れ込む感じでフロントカウンターに手を突きチェックインを済ませた。ロビーの隅に埃を被った大きな造花が花瓶に入れてある。閑散とした受付、ガラス皿のキャンディーを一つつまむと、フロント係にじろりと睨まれそれでまた疲れが増した。 バタンキューとベッドに倒れそのまま眠った。しばらくすると私は一人雲の上を歩いていた。雲はまだら雲で個々の間にすき間があり、気をつけなければ下に落ちてしまう。おっかなびっくりで歩いていると、ある俳優の臨死体験の話を思い出した。 「スキー場で事故に会い意識不明で病院に運ばれました。もちろんベッドに寝かされていると言う感覚はなく、雲の上を歩いているんですよ。たった一人で。とても寒くガタガタ震えていると、僕の名を呼ぶ声がするのでハッと目が覚めました。それが医者だったと言う訳です」 彼は言った。「時が経って霊能者にその話をすると、“一人だったから良かったんです。これが何人も歩いていたら、あなたは死んでいるんですよ”と言われました。不思議な体験でした」昔 聞いた俳優の話を、私はフランスのある田舎宿で見た夢の中で思い出しているのである。 やがて私は体の右半分に青白い光を感じて目を覚ました。起きようとするが体が鉛のように重い。光のもとは隣のビルの窓だった。カーテンを閉めずに寝てしまい、向こうも薄いレースのカーテンだけ、それで窓から漏れる青白い光が分かるのだ。 ぬめぬめと黒く光る石畳の狭い路地を挟んで隣接するそのビルは、古いアパートだった。私は半身だけ起こし背中とヘッドボードの間に枕を置き背もたれにして、顔だけ横に向け隣の窓を見た。その窓と私の窓は同じ高さ、同じ広さなので何もかも丸見えである。 不思議な光景だった。部屋全体が青白い光に満ち満ちてその光の出所が分からない。コンピュータの明かりかとも思ったが、光は部屋中に充満しているのだからやはり何か違う。 やがて窓のすぐそばに、背中を丸め何かをじっと見ている白髪の老婆の横向きの上半身が見えた。顔もやはり青白い光に照らされ、蓬髪の頭と異様に膨らんだガウンとあいまって実に気色の悪い光景だった。 私は窓のそばまで近寄った。その時老婆がこちらを見ようとした。同時に私はカーテンを閉めた。友人はぐっすり眠っている。 あくる朝二人とも正午近くに起きた。今日はゆっくり街歩きでもしようと言う事になった。 セーヌ川、凱旋門、どれも旅行雑誌の写真を切り抜き貼り付けたような、情緒に乏しい景観。一度写真で見た観光名所の実物を見るのは、ある種の虚無感を誘うものだ。ルーブル美術館前の観覧者の長蛇の列を見た時は、彼らも『モナリザの微笑』を見る頃には微笑どころか怒りの顔に変わっているだろうと、思った事だ。 と言うのも気もそぞろだった。昨夜の青白い光が気になって仕方がなかった。今朝ホテルの部屋を出る時、隣の窓をちらりと見たが今日は重厚なあずき色のカーテンが垂れ下がっていた。なのに青白い光が背中の上に被さっているようで、一日中気分が悪かった。 歩き疲れ林の中の瀟洒なレストランでビールとサンドイッチを頼んだ。外は薄暗くなりかけ、「これからライトアップされたエッフェル塔を見に行こう」と言う友人を断り一人でホテルに戻った。 なぜか無性に眠い。私の口にするすべての食物に、誰かが秘密裡に睡眠薬を投入したかのように、、、ホテルの部屋に着くとそのままベッドに倒れ込み眠りに落ちた。 カーテンのすき間から漏れる光でまたもや目が覚めた。ベッドを抜け出し隣の部屋を見る。思った通り青白い光が部屋中に充満し、強弱をつけ淡く強く光り続けている。まるで微小な昆虫が死に際にすべての力を振りしぼるかのように。と思う間もなく瞬時にあざやかな強い光を放つと、そのまま光そのものが立ち消えた。 光の残滓に翻弄され私はしばらく茫然としていた。 翌朝チェックアウトの時フロント係に隣のビルの老婆の事を聞いた。すると「あそこは空き室ですよ」と言う。「身寄りのないおばあさんが住んでいましたが、半年前に死にましたよ」私の質問の意図も聞かずに自分の仕事に戻った。 次の目的地に向かう車の中で、私はやっと青白い光の正体を解明できたと思った。あれはいまだ浮遊する老婆の魂だったのだ、肉体は朽ちても魂は落ち着かずさ迷っていた、だが私と言う遠来の客を迎えやっと成仏したのだ。 ま、こじつけに近いが、、、 それにしても友人は、見て来たエッフェル塔のライトアップの話を一言も口にしない。何かあったのか。塔がオレンジ色ではなく、青白い光でライトアップされていたとは、決して言ってほしくはないが。 共有: X で共有 (新しいウィンドウで開きます) X Facebook で共有 (新しいウィンドウで開きます) Facebook いいね 読み込み中… 関連