私は目が見えない

私は目が見えない。全盲である。幼児期に緑内障にかかりその進行に気づかずにいたためと両親は言った。つまり進行過程で治療をしていれば、めくらにはならなかったと言う事だ。その事はすまなく思っていると彼らは言った。

だが私は普通の女性と結婚し普通に幸せな暮らしをしている。世界のすべての情報や知識は妻が教えてくれる。点字?そんなものには見向きもしない。それでなくとも近頃私は、目が見えるようになったのである。

別に網膜や水晶体に異変が起きたという訳ではない。医学的な事ではなく、私の心の目が私を手助けするようになったのである。心の目とは、足萎えの人間がある日突然立ち上がり歩き出す、あの悲愴な祈願の奇跡の実現のようなものである。めくらがめあきを羨むのは当然ではないか。

今のところ夜更けの暗い海にただよう一艘のボート、そのあるかなしかの現象を目を凝らして見るような頼りないものだが、いつかはさらに鮮明になるだろう。

外出時、私は妻の腕に手をかけ妻の誘導で街中を歩く。車の騒音、人のざわめき、犬の鳴き声、そんな物が妻の腕の温かみで楽しいものに変わる。ところで妻に言わせると私は、なかなかの美青年、いや美中年だと言う事だ。しかもベッドの中ではテクニシャンと彼女は言う。夫婦仲がうまく行かない訳がない。

先日両親がミシシッピーから遊びに来た。めったにない事なので驚いた。近所の教会で園児の世話をしている妻がたまたま留守だったので、私がアパートの敷地内を案内した。いい所を見せようと長い杖を振り回し、慣れた素振りで歩きまわった。そして見事にプールに落ちてしまった。心の目も邪心が入ると効力をなくす。

「ポールがもう引退したいって言うんだよ」その晩母が言った。ミートローフ、マッシュポテト、芽キャベツのソテー、妻の手料理が空気を和ませていたのだが、、、「あんな過激な仕事で体調をすっかり崩してね、もう体はガタガタらしい」父が言った。

ポールは一つ年下39才の私の弟である。映画のスタントマンでドライバーの役回り、つまりカースタント。立て続けの横転、エンドレスのカーチェイス、他の車との激戦、激突、それらは妻と見る映画の激しい音声と彼女の解説で、私にも分かってはいた。

「それでね、しばらく私たちと住むようにと言ったんだよ。何も心配せずゆっくり静養するようにとね」父が言った。「あの子も私たちの面倒をよく見てくれた、そのお返しに家は彼に譲ってもいいと思っているの」母が言った。

ここで私は猛然と腹が立った。「あなた達は昔から彼にばかり目をかけ、僕の事はのけ者にする」押し殺した声で言った。彼らは何も言わない。認めたと言う事だ。「今日僕がプールに落ちた時あなた達は何も言わなかった、落ちるよと一言と言えばすむ事じゃないか!」

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少年の頃こんな経験は幾つもある。家の階段、街の段差、良く転びひどい目にあった。ひどい怪我をしなかった、いや死ななかったのは不幸中の幸い、いや奇跡である。

「あなた達は僕が死ねばいいと思ってるんでしょ、障害者の子を持つのは大変ですからね」「それは言いすぎよ」妻がたしなめた。だがこれは単なる場の繕いである。彼女はいつも私の味方だ。

弟との関係は昔から希薄である。この家にもめったに来ない。仲が悪いと言うのではない、異常な彼の寡黙さが二人の会話を無くしたとも言えるだろう。だが穿った言い方をすれば、彼は私にある種の罪悪感を感じているのではないか。五体満足に生まれた自分が兄よりも数倍人生を謳歌していると言う、、、

それは事実である。だが私には妻がいる。相思相愛の。めくらでなければこんな素晴らしい女性には出会わなかっただろう。弟に恋人が出来たと言う話は一度も聞かない。ある種の自虐趣味さえ持つ彼、女とはあまり縁がないのかも知れない。

故郷に帰った両親から電話があり、弟に家を譲るという話は保留にすると言って来た。彼もそれを望んでいる。私は拍子抜けがして“家など彼にくれてやる”と捨て台詞を吐いた。

窓の外で凄まじい勢いでヒョウが降る春の夜だった。寝室の隅で押し殺した妻の泣き声がした。その陰鬱な声がヒョウの音に混じって何か凄絶なドラマを醸し出しているようだった。「どうした?」無造作に聞いてみた。数分後の恐ろしい沈黙の後、彼女が言った。

「私は一度ポールとあやまちを犯した事があるの」この告白には驚がくとなった。

「あなたと結婚してすぐの頃、彼が訪ねてきた事があったわね。二、三日滞在した最後の夜、リビングのソファで本を読んでいた私に、、、」その先は聞かずとも良い。妻の異常な優しさ、弟の異常な寡黙さ、これで納得が行く。

美しい妻の顔がぼんやり見えるようになっていた私の心の目が、シャッターを押しても像を結ばないポンコツカメラのようになった。先にも言ったように金銭がらみの愛憎、猜疑にまみれた警戒心、そんな世俗の醜さに関わると心の目はそっぽを向いてしまうのである。

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