ざんげの値打ちもない

『ざんげの値打ちもない』と言う歌が昔あったが、ざっくばらんに言って今の私の心境は、それである。薄っぺらな同情心とあわれみの心で一匹の子猫を不幸にしてしまった。

三週間ほど前の早朝、斜め向かいのコンドの塀の上に黒い子猫を見つけた。まぶしい朝の陽ざしにつややかな毛並みを見せ、無心に毛づくろいをしている。黒い猫だが胸と腹は白色、だが顔は真っ黒でいわゆるハチワレ猫ではない。黒い小さな頭をピコピコと動かし白い胸をつつくその姿は、なにやら黒い大きなヒヨコのようでもあり愛らしい。

暗くなるとコートヤードの芝生の上に降りて来て、じっとこちらを見ている。ふと見ると私の飼い猫も塀の上で、じっとあちらを見ている。身じろぎもせず二匹は見つめ合っている。外灯に照らされ見つめ合う猫達は一触即発の感あるいは望郷のイメージがあった。

猫の飼い主との立ち話で、名前はベラ、生後五か月の子猫、娘さんが友人から貰って来たと分かった。だが先住猫との折り合いが悪くベラは仲間はずれされ、ポーチで終日一人で過ごすと言う。もちろんポーチで寝る。

私の猫の名はララ、ララとベラ、何やら因縁のようなものを感じ私は二匹を引き合わせ、遊ばせる事にした。これが不幸のはじまりだった。

cat sitting on window sill

胸に白い毛を持つベラは夜目にもそれとはっきり分かる。暗くなって芝生の上に正座をしているベラの名を呼び手を上げると、一目散で走って来るようになった。初めて部屋に来た日には、いぶかし気に見るララの鼻を鼻でつつきすまして猫挨拶、あっけにとられるララにもう一発猫キス。心得たものである。

その後キッチンの隅にあったララの餌をむさぼり始めぺろりと平らげた。よせばいいのに私はもう一缶開けてやった。それもまたたく間に食べ終わった。猫じゃらしなどで遊んでやると、それは嬉しそうに身をひねって飛び上がる。つかの間の幸せに踊り狂った。解き放たれた籠の鳥のようにこの家での時間を謳歌した。

ララはそれをじっと部屋の隅で見ている。威嚇しないのだから彼女もベラが気に入ったのだろう。私はそれから毎晩ベラを部屋に入れるようになった。

ベラの飼い主に猫を招き入れる許可は取っていたのだが、聞くと家族の誰もがベラに構いはしないのだそうだ。猫の玩具も買わないし猫用のベッドもない。ベラは板張りの床に一人丸くなって寝る。もう誰かに上げたいと言う。ではなぜベラを貰って来たのか、それはやはり家庭の事情と言うものだろう。

その可哀そうな猫をもらい受け出来ない私にもまた家庭の事情がある。あまり深入りは出来ないと彼女をそれとなく避けるようにした。

それを察知したのかベラはしつこく私につきまとうようになった。私の猫は早朝ポーチとリビングを出入りする習慣がある。ためにポーチに続くスライドドアは、10センチほど開け放しにしている。そこから突然ベラが入り込むのである。そして餌のあるキャビネットのドアを前足で叩く。楽しみな朝のコーヒーを入れる私の足元で。

外出先から帰ると、玄関ドアの近くでネコ正座をして私を待ち構え、あるいはムササビのごとく頭上を舞飛び足元に降り立ち、煮るなり焼くなり好きにしてくれと思いつめた顔をする。すきを狙いジップと部屋に入る。私の足に激しくスリスリして餌をねだり、猫じゃらしの前に正座をして私をにらみ遊べと脅迫する。

夜になればキャッツタワーの上で見張り番をしている我が猫の誘導で、リビングに入って来る。いつの間にか彼らは共謀者となり果てていた。ベラは突然私の足に飛びつき爪を立て血だらけにし、絆創膏をはる私の足指をがぶりと噛む。それが彼女の粗削りな愛情表現だとしても、私は次第に疲れイラついて来た。

ついに心を鬼にしてベラの姿を見れば執拗に追い払った。

それから一週間ほどしたある朝、私はポーチの上に一匹のスズメの死骸を発見した。ベラの仕業だと直感した。私の猫もスズメを捕る事は捕るが、それをポーチに置き去りにはしない。必ずリビングまでくわえて来て私の前にポトリと落とす。つまりそれはベラの私へのギフトなのだ。また仲良くしようねと黒い小さな顔が言っているようだった。

これには少なからず動揺した。もとはと言えばいい加減な同情心でべラを部屋に招き入れ、用が済めば追っ払う。身勝手もはなはだしい卑怯なやり方。いつだったかベラが椅子に座った私の膝に飛び乗りニーディングを始めた時、爪の痛さにはねのけた事もあった。

後悔の念に突き動かされ、もう一度よりを戻そうとベラの再訪を待った。

だが待てど暮らせど彼女はやって来ない。飼い主に聞くと、この頃なぜかびっこを引いている。獣医に連れて行き治ったら動物愛護センターに連れて行くと言う。安堵と後ろめたさの混じった複雑な気持ちで、それからはベラのポーチを日ごと眺めるようになった。だがベラはポーチで毛づくろいさえ、もうしない。私の部屋で過ごした幸せの時間を彼女はどう処理するのだろう。

だが冷静になると、この小事件はすべて私の妄想、空想、迷妄の上に成り立った事なのかも知れないと思うようにした。あんがい彼女も餌目当てで頻繁に来たのかも知れないし、ポーチのスズメの死骸だってベラの手柄と言う証拠はどこにもない訳だから。

私の猫は友を失っても何ら変化はない。

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