今年もハローインがあっという間に終わった

今年もハローインがあっという間に終わった。終わらないハローインなんてあるのだろうか。僕の思い出の中の、僕だけの最後のハローインをのぞいては。

6才年下の僕の弟ヘンリーは脳性小児まひの障害があった。何と言うのだろう、重度でも軽度でもなくだが普通の状態では決してない。一人では歩けないのだから。だからハローィンが来ると、僕と弟は幾つもの小さなサンドイッチバッグにお菓子をつめ、トリッカトリーにやって来る子供たちをドアの前で待った。彼等にお菓子を渡すために。

Kids in Halloween costumes

車椅子に乗った弟はそんな時いつも上気した顔を見せた。それは彼が楽しみにしている年に一度のお祭りだった。子供たちの喜ぶ顔が彼を幸せにそして興奮させた。子供達のふざけたコスチュームが彼を面白がらせた。

僕と父と弟は、祖母が残した古い大きな家に住んでいた。物心がついた頃にはもう母はいなかった。父に聞くと「母さんは遠くの州で暮らしている」と言った。だがそれ以上聞くと、彼は後ろ向きになって右手を強く振った。それが「母さんの話はもうしない!」と言う彼の断固たるサインだった。母と言う言葉はいつしか禁句になった。

父はガラージを開け放して自動車の修理を仕事にしていた。ボンネットにはいつも支え棒がされそこに頭を突っ込んで、何か探し物でもするように長い間パーツをいじっていた。太った体をときどき起こして、なぜか宙をじっと見ていた後ろ姿は今でも覚えている。その手は決して落ちる事のない黒い車の油で、いつも汚れていた。

今でこそこの辺りは住宅が立ち並んでいるが、10年前にはまだあちこちにトウモロコシ畑が広がっていた。僕の家の前に一本の広い舗装道路が左右にのびて、その向こうはトウモロコシ畑。学校が終わると僕は車椅子を押して、ヘンリーとトウモロコシ畑にそって散歩をした。

20432160 - corn field, farm corn, growth corn

ガラージの前まで来るとヘンリーは、手首の曲がった奇妙なこぶしを突き上げ「ダーッド!」と大声で呼んだ。すると父もエンジン コンパートメントから体を起こし「ヘーイ」と笑いながら手を上げた

そんな暮らしが何年か続き、僕のいや僕とヘンリーの最後のハローィンがやって来た。

僕はもう7年生になっていた。弟は1年生。父は近くの公立校にある障害者向けのクラスを探し出し、そこにヘンリーを通わせた。スクールバスへの送り迎えは父がして「車椅子も乗せてくれるから都合が良い」と喜んでいた。

ヘンリーは幸せだった。知的障害はないのだから、今まで頭の中だけでめぐらせ膨らみすぎた外の世界への希望が、一気に爆発したようなものだ。だが外見だけは彼はいつもの彼だった。

そしてその年の10月31日、午後になってヘンリーが急に湖に行きたいと言い出した。家の近くに州一番の湖があった。以前にも何度か二人で行ったが、湖のある雑木林の道から水際までの砂利道がひどいので、車椅子で行くのは一苦労だった。だがヘンリーが行きたいと言うのだ。

水際までどうにかたどり着きしばらく二人で湖を見ていた。湖の周りの紅葉もほとんど色あせ、白茶けた裸木も見えた。「ねえ、アダム」弟が珍しく僕の名前を呼んだ。「母さん、もう絶対帰って来ないのかな?」と聞く。唐突の質問だったので僕は慌てた。「か、帰って来るよ、いつか必ず」「ほんとにそう思う?」「もちろん」「そうだと良いけど」

「母さんの写真が一枚もないのはどうしてだろう?」と聞く。僕は父から「母さんが家を出る時、家族の写真を全部燃やした」と聞いていたがそんな事は言えなかった。嫌な沈黙が二人の間に続き、僕は振り切るように小石を湖面に投げ水きりをした。だが何度やってもうまくいかなかった。

Autumn Trees Lake Side on Wye Island in Baltimore, Maryland

その晩ヘンリーがトリッカトリーに行きたいと言い出した。父に聞くと「車椅子でトリッカトリーに行っちゃいかんと言う法律はないだろう」と言う。衣装の用意はなかったので僕たちは、父の昔の服でおどけた振りをしようと思った。弟が僕と二人で行きたいと言ったので父は来なかった。「どうせそんな遠くに行くわけじゃなし」と父は言った。だがそれは間違っていた。

ヘンリーにお菓子をくれる大人たちは誰もが優しく、「よく来たね、偉いね」とお菓子の量をはずんでくれた。彼は嬉しそうだった。

最後の家に来た時、ヘンリーは急に車椅子から立ち上がり、ドアまで歩き出した。驚いたが彼の好きにさせようと思った。その時突然ドアが開き、10人ばかりの子供たちがいっせいに弟の前に飛び出して来た。「わーっ」と騒ぎ立てた。みな意地悪気なコスチュームを着て(僕にはそう見えた)顔に変な絵の具を塗りたくった子もいた。

トリッカトリーを終えて同じ家に集まり、自分たちの戦利品を床に広げ自慢し合っていたのだ。そこへヘンリーがやって来たのだ。

パニックに陥ったヘンリーは回れ右をしてそのまま道路に向かって走り出した。左足だけつま先立ち腰を左右に振る、障害者特有の走り方だ。だぶだぶの父の背広を着たヘンリーは、カラスに追われるかかしのようにそれはぶざまで哀れな姿だった。そしてとうとう道路までたどり着いた時、地べたに思いきりつんのめった。そしてたまたまそこにあった黄色い消火栓に頭をもろに打ち付けたのだ。にぶい音がして彼はそのまま動かなくなった。

その10日後に彼は病院で亡くなった。

あれから十年、僕は見よう見まねで父の仕事を覚え後を継いだ。父はすっかり無口になり驚くほど老けてしまった。父がしたように僕は時々、支え棒をしたボンネットの下から体をおこし、前の道をじっと見つめる。するとそこに、車椅子に乗った小さな弟が僕に手を振ってくれる。

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