ポテトチップスを買う

ポテトチップスを買う、そんな軽い気持ちで買った宝くじが当選していた。しかも1000万ドル。この現実にクリスは最近、不安、懐疑、ときめき、わくわくと言う落ち着かない日々を過ごしている。

ショッピングモールの化粧品コーナーで売り子をしているクリスは、ある日コンビニの入口の傍にある自販機に一ドル札を入れた。そして出て来た小さな用紙に、気まぐれな運命の女神が魔法の杖で細工をしたと言う訳だ。

Attractive woman on transit platform using a modern beverage vending machine.Her hand is placed on the dial pad and she is looking on the small display screen.

彼女はこのオレンジ色の当たりくじを、寝室の化粧台の引き出しの隅に入れた。折に触れ引き出しを開け指でなで、まるで未来の幸運をもたらす立派なヒナにふ化する金の卵を隠している、そんなときめきの時間を過ごしている。

この金で何が出来るかとクリスは夢想する。実は彼女には日ごろから小さな夢があった。

モールの近くに列車一車両をそのまま歩道に置き、前身はスパゲッティ屋だったと言う売り物件がある。レストランでなくても、花屋、ブティック、カフェ、それこそビューティコーナーと何でもオープン出来る。その店でオーナーとして立ち働く自分の姿をまぶしく想像する。車両の周りに花やドレスを飾り可愛い店を演出するのだと夢はふくらむ。だが巨額の富を手にし、もう働かなくても良いと言う現実にはまだ気づいてない。

シングルマザーである彼女にはシェリーと言う12才の娘がいる。素直に育ち聡明でもある。彼女に筋の通った贅沢をさせ大学にも行かせたい。その前に今のアパート住まいをやめ、立派な家を買い生活向上を図り、いまだにねちねちとすり寄り金の無心をする元夫と、完璧に断絶したい。刑務所の塀を造るような強固な気持ちで突き放すのだ。

まてよと彼女は首をかしげた。別にこの辺りに家を買わなくてもハワイやヨーロッパに住む事だって出来るんだ。海岸沿いの壮大なマンションに住み海を見ながらコーヒーを飲む、、、だがそうすればシェリーの学校は?彼女は友達との別離なんて望みはしないだろう。

13680299 - goldcoast, queensland, australia

あれこれ考え頭痛がして来たのでこめかみを揉んでいると、苦手な客が化粧品ケースの前に立っていた。「この前のしわ取りのクリーム、ぜんぜん効かなかったわよ」とクリームの瓶をポンと置いた。この女性は化粧品を買っては必ず返品にやって来る。すでに半分以上減っている状態でだ。言い返したいがツイッターに人の悪口を書くのが趣味の女。たとえ理不尽な投稿でもネットは怖い。

そんな時彼女は、白い制服を脱ぎ捨て客の前から走りだしたくなる。一日中ハイヒールをはきこわばるような愛想笑いをして、愚にもつかない客の我がままを聞く、この仕事に彼女は大いなる拒絶反応を示すようになった。特に宝くじに当たってからは。

その夜、化粧台の引き出しから当りくじを取り出し指先で撫でていると「ママ、それなあに?」と背後からシェリーが聞いた。いつの間にか寝室に入って来ていた。「これはね」クリスは娘を見据えた。いずれ話さなければならない事なのだ。「宝くじの当たりくじよ。1000万ドル当たったのよ」

「ふーん」シェリーは驚きもせず「いつ現金に変えるの?」と聞く。「あっ!」とクリスは我に返った。すっかりそれは忘れていた。「明日調べてみるわ」とあわてて付け足す。「大丈夫だよ。一年くらいは待ってくれるみたいだから」「どうして知ってるの?」

娘がつまらなそうな顔で言う。「サリーのダッドがギャンブル狂いで、競馬、競輪、宝くじ何でもやるんだって」「、、、、、」「彼、your pickが好きで時々100ドルとかあてて来るのよ」「your pick?」「ほら、自分で番号を選ぶやつよ。あそこの両親、それでケンカばっかりしてるんだから」サリーは娘の親友だった。

一週間ほどして、シェリーが夕食の席でとても真面目な顔をした。テーブルの上には彼女が作ったホームメイドピザが並んでいる。「この前ネットで“宝くじ当選者の末路”と言うのがあったから、見てみたの」と言う。「人間急に大金を手にすると、ろくな事ないって書いてあったよ」「そう」と母親が娘を見る。

「第一、ダッドやグランマが黙ってないよ。親戚に金をたかられ嫌がらせをされる当選者がとても多いんだって」そういえば親戚には貧乏人がうじゃうじゃいると無言で母親は思った。あの人たちが黙っている訳がない。「強盗に入られ誘拐され数年後に白骨死体で発見される人もいるんだって」と言う。

「でもお金があればもっと豊かに暮らせるのよ」とクリス。「宝くじのお金なんてほしくないよ。たかが1000万ドルじゃないの。そんなのちょっと贅沢すればすぐになくなる。それにほんとに当たりくじなの?宝くじってそんな簡単に当たるもんじゃないよ。もう一度番号確かめた方がいいよ」と穿ったことを言う。

すっかり気が萎えたクリスは、もう引き出しの奥の金の卵をなでる気がしなくなった。それに当選番号でなかったらと言う恐怖の方がこの頃は強い。どうやら金の卵はふ化せずに、自然消滅してしまうようだ。

A black swinging wrecking ball breaks at collision with a giant intact golden egg.

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