サムのクリスマスツリー

サムのクリスマスツリーは埃だらけだ。どのオーナメントも指でなぞれば、その先が真っ黒になる。雪のつもりでツリーのあちこちに乗せた白い綿の破片も、今では鼠色に変色している。なぜか?

それは彼のツリーが居間の隅に飾られたその日から、実に3年以上が経つからだ。最後のクリスマスの次の日、妻が二人の子供を連れ家を出て3年、以来ツリーは片付けられる事なくそこにある。片付ければ二度と過去が、つまり彼らが戻ってこない気がして恐ろしい。

Christmas fir tree on elegant beige. EPS 10

3年前、12月26日、サムが私用から帰って来ると妻と子供達は車もろとも消えていた。晩になっても帰らず、三日たっても一週間たっても帰らない。色んな手法で死に物狂いで捜したが、今日までなんの手がかりもない。

「あなたは獲物を狙う事を忘れた大きな病気の熊みたいね。見てるとイライラしてくるわ」妻はよくそう言った。サムはそれを無表情で聞き流し、先祖から受け継いだ山林や他の私有地の管理に黙々とはげんだ。実はその実直さつまり愚直さが、妻をイラつかせているのだと言う事実には気づきもせず。

山中にある彼の家は雑木林に囲まれている。ぬかるみの多い未舗装の私道をしばらく行くと見えて来る。正面から見れば巨大な鷲が両翼を水平に広げたような、洒落た黒いスレート屋根。鷲の顔にあたる部分にレンガ造りの煙突があり、時おり暖炉の煙が立ち上っている。なだらかなスロープを描く広大な芝生の庭は美しく手入れされ、知らない人がみれば「きっと素敵な家族が住んでいるに違いない」と誤解しただろう。

だがそこには恐ろしく寡黙で無精無粋しかも巨漢の夫と、ストレスで痩せこけた狐のような顔の妻、そして普通の体系をしてはいるがひどく社交性に欠け、おどおどとした二人の子供が住んでいた。そんな家族が妻と子供の蒸発で終焉を迎えたのは、当然と言えば当然だが。

サムが妻に初めて会ったのは、山の麓のレストラン『DINER』だった。妻はそこでキャッシャーをしていた。サムはまだ若くスリムでハンサムと言ってもいい程、妻はキャレンと言う可愛い名前で客に人気があった。

Diner classic interior with counter
Diner classic interior with counter and chairs

「俺は口下手なんだ」初めてのデイトの日に、開口一番サムが言い放った。このキザなセリフにキャレンは一発でまいり、二か月後に二人は結婚していた。だがその言葉が、裏表のない実に100%の真実を表明していた事をキャレンが気づいた時、時すでに遅しだった。

口下手、つまり心の交流をかわす会話、振る舞いのやり方が分からず、退屈極まりない人間だとサムは言いたかったのだが、キャレンはそこまでは読み取れなかった。

芝刈り機で庭の芝を刈りながらサムはふと機械を止めた。バルコニーのそばの大きな円形型家庭用プールが目に入った。病葉、虫の死骸、苔、その他もろもろの微生物が凝り固まって水面をおおっている。掃除をしなければと思うが、子供たちが帰ってからと今日まで延ばし延ばしにしている。

「一体ぜんたい、あいつらはどこにいるんだ!」芝刈り機のハンドルを両手でガタガタと揺すり、サムは頭を垂れた。慟哭のようなものがこみ上げてくる。運転の下手な妻の事だから、曲がりくねった山道を走りながら谷底にでも落ちたか、あるいは人さらい、神隠し、UFOにでもさらわれたか。

失踪してから金の引き出し、クレジットカード使用等が一度もないのが気になる。妻の両親もだいぶ前に亡くなり、経済的な支援を頼める人物など誰もいない。谷底でグシャグシャに崩れた妻と小さな子供達の死体を、サムは何度も想像し次第に憔悴して行った。

私有地の管理以外にサムの趣味と言えばカメラだった。カメラの収集だった。蚤の市やガラージセールに出かけ、掘り出し物と判断した物を持ち帰る。それをしばらく部屋の隅に置き、時がくれば自らのガラージセールを開く。美しい芝生の庭にガーデンパラソルを立て、テーブルの上に自画自賛のカメラを並べる。

だいたいに置いてガラージセールは盛況だった。中には広大なサムの庭と屋敷を見物がてらに来る者もいたが、サムが値切りに弱い事に起因していたと言う見方も出来る。だがその根底にサムの虚栄心が働いていた事を、キャレンは見抜いていた。

「カメラをタダ同然で売って皆にちやほやされるのが嬉しいんでしょ」失踪する前の夜、つまりクリスマスの夜、妻がまたいちゃもんをつけた。どす黒い上目づかいのその目は、侮蔑と嫌悪以外の何物も物語ってはいなかった。「そんな事はない」サムは弱弱しく言った。「自分だけ満足して、妻や子供が何を望んでいるか、ちっとも分かっちゃいないのね!」「じゃ言ってくれ、それが何だか」サムが静かに妻を見つめた。

家族が望むものは何でも与えたつもりだった。子供のために極上のツリーハウス、プールも取り付けた。望まれれば家族旅行にも連れて行った。だが彼等は、特に妻は満たされた顔をした事は一度もない。「何かほしいものがあるか?」聞くと仏頂面をしてそっぽをいた。そう言った漫然とした時の流れの中で家族は崩壊した。

だがサムはそろそろ問題解決に急がねばならない。谷底で妻と子供たちが死んでいるかも知れないのだ。

年に一度のクリスマスに、山の中からツリーにするモミの木を切って来る、あのささやかな楽しみを覚えているサムは、家族をこの上もなく愛していた。

Fir tree

 

 

 

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