ある日夫と大喧嘩をして「離婚する!」とわめき家を飛び出した。成り行きで飛行機に飛び乗り、アメリカの西海岸から東海岸まで飛んだ。そこに旧知の女性がいたからだ。名前をやす子と言う。事情を話すと面白そうな顔をして「好きなだけいていいわよ」と言った。彼女も離婚し一人暮らし、同じような境遇で女二人の面白おかしい楽しい暮らしが出来ると思ったのだが。
チョコレート色の彼女のコンドはさわやかな清流の川岸に建ち,向こう岸に行くには古い木橋を渡る。あまり人の通らない橋で、何か夢の中の橋のように現実感がない。橋を渡った所には、所々にしろつめ草が生えた芝生が広がっていた。細い白樺の木がまばらに生え、ときどき小さな花びらがひらひら吹きわたって来る。芝生は緩やかな上り坂になり、登り切った所に白い舗装路が左右に延びている。その道の向こうの雑木林には、ヨーロッパ風のカラフルな屋根を持つ人家が散在していた。
その川沿いの芝生に鹿の親子が散策にやって来ると、それは一枚の美しい水彩画のようだった。二階の私の部屋からは、そんな風光明媚なあたりの景色が一望に見渡せた。

『眺めの良い部屋で暮らす、それは幸せと暮らす事だ』と言うあの誰かの名言を思い出した。
だが目前の美しい景色を無視し窓から身を乗り出し左側を見ると、そこに奇態なものが見えた。コンクリート製の巨大な楕円形の浅いボールの中に大小の突起がある、どこか古代遺跡の残骸のようなオブジェだ。それは古典的で静的な風景画の隅に、場違いなUFOを描いたようで全体の調子をぶち壊していた。
「あれはなーに?」やす子に聞いた。「スケートボードをするとこよ、知らないの?」とバカにしたような顔をした。「それは分かるけどなぜあんな所に?」「それはね」やす子が頭の悪い子供をさとすような顔をした。
この辺りには100世帯以上のコンドがある。昔はそこにコンドの住人のためのプールがあった。だがそのプールで小さな男の子がおぼれ死に、大金持ちのコンドの所有者はプールをあきらめ、町のすべての人のためにと代わりにスケートボードパークを造った。するとまたもや男の子が事故で死んだ。ヘルメットを被らない保護者なしの子供が、初心者のスケーターにボードの先で頭を蹴られたと言う。以来、使用禁止なのだそうだ。
その晩ベッドで本を読んでいると、何かしらザーザーと言う音がするので窓を開け見ると、ヘルメットを被らない男の子がパークで滑っている。月の明るい晩で月光に照らされた男の子は、大きな池で飛び跳ねる巨大な銀色の魚のように、飛び上がり飛び下がりしている。幽霊?まさか。
どうにもたまらなくなり二、三人の隣人に聞いてみるとプールで子供が死んだこともないし、第一プールなどありもしなかった。「じゃ、どうして誰もパークを利用しないのか?」と聞くと「あんな物、この町には十年早すぎたのよ」
