カラスをペットにしたい

カラスをペットにしたいとレイラから言われ春子は困惑した。学校帰りに草むらで見つけたカラスを家で飼いたいと言う。「パパやジュンにまず聞かなきゃね」と春子は言った。

夕食の席で皆に話すと「野生の鳥や動物は飼っちゃいけないじゃないかな」と夫は言い、弟のジュンは「日本のどこかじゃカラスが生ごみを漁るんで、退治するために鷹を使ってるよ。カラスと暮らすなんてごめんだな」さっさと自室に引っ込んだ。この息子は姉より二才年下だが、とてもしっかりしている。春子は春子で「カラスの群れが屋根の上で鳴くと、その家に死人が出る」と昔祖母が言った事を思い出し眉を曇らせた。

夫の駐在でロスに住み着き早や二年。小学六年のレイラはまだ英語も話せず友達もいない。とても不幸せな学校生活が続きいつも暗い顔をしている。その娘がカラスの友達を作ろうと、生き生きしているのだ。

Eye contact with the Jackdaw

「ママ、ママ、これ見て、すごいよ、ほんとすごいよ!」一週間前、タブレットを見せレイラは興奮していた。ブラジルの小さな島の老人が、オイルまみれで瀕死のペンギンを助け海に放すと、そのペンギンが毎年、3000キロ彼方から彼に会いに来ると言う動画だった。老人とペンギンがキスをしている写真がありどうやら実話のよう。

それにあやかろうと言うのでもないだろうが、自分も弱ったカラスを助けたいレイラ。学校に馴染めず不登校気味だったレイラが、久々に見せた笑顔だった。春子はそんな娘が愛しかった。

カラスが飛べるようになるまでと言う事で、春子は夫と息子を説得した。小さめのダンボール箱に柔らかい布を敷きカラスを横たえ、餌や水を入れるための穴を開けた。妙に品のあるカラスで鳴きもせず、可愛い丸い目でじっと家族を見つめたりする。別にケガしている訳でもない。ただ弱っているだけだ。「野良猫にでもいじめられたんだろ」と父親が言うと、「違うよ、普通はカラスが猫をいじめるんだから」とレイラが言った。普段父親に口答えなどしない娘の変化に母親は驚いた。

カラスは物置にしている地下室に置くことにした。ガラス引き戸の向こうに、先住人が造った常夏風の小さな庭がある。ユッカや大シダ、極楽鳥花などがセンス良く配置され、小さな岩もある。レイラの好きな庭だった。ドアのそばにカラスを置く。「ここだとディンディンも庭が見れていいよね」レイラが嬉し気に言った。ディンディンとは老人がペンギンにつけた名前である。ちゃっかりそれをカラスの名にしている。

学校から帰るとレイラは、いそいそとカラスに会いに地下室に行く。ネットで調べ丹念に餌を選び注意深く世話をする。やがてカラスはレイラの指に止まるようになり、キスをすると嘴を寄せそれに答える。羽を撫でられるとじっとレイラを見つめる。彼女はカラスに夢中になった。

「明日ディンディンを学校に連れて行く」ある夕食の時間にレイラが言った。週に一回自分の宝物を皆とシェアする、プレゼンテーションの日がある。そこでカラスをみんなに紹介すると言う。「あんた、だいじょうぶ?英語も喋れないのに」と春子。「だいじょうぶ、ジュンが原稿書いてくれたから」ジュンがてれて餃子をパクリと口に入れた。「カラスさまさまだな」夫が笑いながらビールを飲む。

カラスはかなり知能の高い鳥だと言われる。自分で割れないクルミを、赤信号で止まった車のタイヤの前に置いたり、飲みやすいように噴水の水の調節をするなど、見かけほど愚鈍でない事が分っている。一度見た人間の顔は忘れないとも言われる。ディンディンもそんな中の一匹なのだろうか。

地下室から少女達の笑い声がする。春子はケーキとアイスティを持って降りて行く。プレゼンテーションは大成功だった。新しく買った白いドーム型のケージの中で、カラスはキョロキョロとあたりを見回し、とても愛嬌があった。レイラはクラスから沢山の拍手をもらった。心の中のもやもやが一気に晴れたように、レイラは見違えるように明るくなった。カラスを見せてと言う友達も増え、ときどき家に連れてくるのだ。

そんなある日、地下室に降りたレイラが大声を出した。「カラスがいないよー」春子が降りて行くと、レイラが空のケージの中をのぞいている。この頃にはカラスの具合もとても良くなり、ケージを庭に出していた。カラスは自分でケージを開け、ユッカの枝先や岩のてっぺんに止まり、キョロキョロとあたりを見回していた。艶の出て来た翼をときどき大きく広げていた。そしてとうとう飛び立って行ったのだ。

「また戻って来るかなー」春子が何げなく言うと、レイラが空を見上げた。「帰ってくれたら嬉しいけど、ディンディンは仲間と一緒にいた方が幸せだよ。誰だって友達といた方が楽しいよ」と言った。その娘の横顔を春子は頼もし気に見つめた。何となく周囲をほのぼのとさせ去って行ったカラス、ディンディンがまた遊びに来てくれる事を春子は心の隅で願った。

63180948 - flying crow between heaven and earth in a cloudy sky

 

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