私の窓は縦に長い

私の窓は縦に長い四角い窓で、ツルバラのふち飾りがついていた。その向こうにあなたが立っていたのよ。あなたは胸と袖に白いフリルのついたブルーのスーツを着て、出来そこないのオースティン パワーズ見たいに、卑屈に笑っていた。ちょっと待って、それは私の思い違い。あれは芸能界に入ったあなたの初めてのプロマイドよ。あなたの人生を変えてしまった芸能界の。

同じ年に同じ音大を卒業した私たちは、夢と希望にあふれていた。日本のピアノコンクールに幾つも優勝していずれは世界進出と、夢をふくらませた。でも大きすぎる夢は挫折するのも早い。しばらくするとあなたはライブハウスやラウンジで弾くようになり、私はピアノ教室を開いた。でもコンタクトを取る事はやめなかった。すぐに雲隠れするあなたを見失うまいと、必死だった。だって音大では私たち、恋人同士だったもの。

Classical music concept

心の底にはあなたのピアノの音色が好きという事もあった。鍵盤をたたく優しい指のタッチ、若葉のささやきを思わせる繊細な音作り、そんなものに魅かれていた。だから薄暗いライブハウスであなたの出番を待ったり、ラウンジの隅で一人しょんぼりピアノを聞くのも、苦にならなかった。でもあなたは気づいてくれなかった。気づかない振りしていたんでしょうけど。それにあなたのファンもだんだん増えて来たし。

やがて芸能界があなたに目をつけ、歌うピアニストとして売り出そうとした。それをあなたは受けて立ち、歌を歌った事もない癖にポロダクションのいいなりに、甘ったるい作り声を出しピアノの音色も邪悪なものに変わった。クールなムードと美貌で最初はそこそこの人気だった。でも二年もすると誰もがそっぽを向いた。民衆は正直なのよ。

その頃私はあなたを訪ねたのよね。人の住所を探し出すのは私の特技なの。窓を閉め切ったままの薄汚いあなたのアパートは、足の踏み場もないほど散らかり、壁にもたれて座ったあなたの荒んだ目が恐かった。「何、このごみ屋敷は!」つい私は声を荒げた。「これが俺の今の心模様だよ」あなたは薄ら笑いを浮かべ、上目づかいに私を見た。「やめて、そんなきざなセリフは、今のあなたにもうスターになる夢なんてないのよ!」

あなたは立ち上がり私をベッドに押し倒すと、馬乗りになって「このストーカーめ」と凄んだ。キスをしながら私の唇を血がでるほど噛み強姦した。終わるとあなたは、「もう俺につきまとうな」と背中を押して外に追い出した。私は唇の血を指で押さえながら「これが最後通牒なわけね」とわりにさばさばとして夜の街を歩いた。あなたの心の狂気をばっちり受け止めてやった。なにもかもが吹っ切れた。

あれから三十年。旅行先のロスの海辺のボードウオークであなたを見た時は、ほんとにびっくりして腰を抜かすかと思った。頭を振りながら狂ったように鍵盤をたたき、こんな所でストリートパフォーマーやってるなんて。体には贅肉がつき顔はホームレス焼けし、そこに深く刻まれたしわ。すっかり変貌した姿は別人のようだった。でもピアノの音色に、昔聞いたあの優しい指のタッチの残滓のようなものを聞き取れ、あなたと分かった。

私はそばに行きビートルズの『AND I LOVE HER』をリクエストした。音大の頃、二人で良く聞いた曲。でもあなたはすました顔で『YESTERDAY』を弾き、それもしれっとすぐに他の曲にすりかわった。あなたがすでに異次元の世界にいる事を悟った私は、埃とフケだらけの白髪頭を横目で見ながら、ピアノの上のガラス瓶に思いきりチップをはずんだ。

それにしてもあなた、ここはいろんな国の旅行者の来る所、世界に進出すると言う夢だけは、ある意味はたした訳ね。おめでとう。

Venice Beach boardwalk

 

 

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