ぶどう棚の下で飲んだワイン、食べたピザ、パスタ、イカ、タコ、アンチョビ料理、その余韻がまだ体中に残っている。イタリアの農家の庭先にある、年季の入った木製のピクニックテーブルそんな風情のテーブルで、イタリア人旅行者グループとの偶然の相席パーティ、イタリア人男性の素晴らしいテノールも聴けた。まるでイタリアに行ったよう。サンタバーバラ、ワイナリーへの半日ドライブ旅行はまずは上々だった。そんな異空間からの帰り道、運転していたベンが「しまった!」と声を上げた。

「どうしたの?」と妻のエリカ。「EXITを間違えた」と彼が眉をしかめた。
「Uターンすればいいじゃない」とエリカ。ところがUターンすべき次の出口を間違えたり迷ったりしているうちに、やがて車は未舗装の田舎道に入って行く。道の右脇はトウモロコシ畑、左には野菜畑が広がり、家屋の少ないど田舎だった。黄昏に近い時刻、エリカは心細くなって来た。
しばらく行くと、前方に背の高い痩せた女の姿が見え、幼い男の子を連れている。「ヒッチハイクだな、人助けでもするか」とベンがつぶやき車を止めた。女はあまり嬉しい顔もせず車に乗り込み「親戚の家に遊びに来て散歩の途中で道に迷った」と後部座席で言った。エリカが振り向くと、男の子が上目づかいに彼女を見た。どこか怯えたような表情でにこりともしない。
「あたし、宇宙人を見た事があるの」突然、女が言った。「どこで?」思わずベンが聞き返す。「オレゴンの私の家の近くで。大きな杉の木の幹のそばで焚火してた」「話したの?」「ううん、だって言葉がわからないもの」「どんな顔してた?」これはエリカ。「目が大きくて頭も大きい。身長がとても低い。みんな首に緑色のペンダントを下げてた」エリカがベンをちらりと見た。

「それでどうしたの?」とベン。「みんなで焚火のまわりで踊ってた。わいわい騒いで。木の幹には向こうへ抜けられる大きな穴が開いていて、そこにも一人宇宙人が座っていた」「君も踊ったの?」それには答えず女は「ああ、ここでいいわ」と言った。
親戚の家に着いた。女は「ありがとう」も言わず家の方に歩き出した。道から入って右手に、古めかしい田舎家があり、ポーチにはスイング式の長椅子がある。庭の隅に大きな花畑。カンナやひまわり、グラジオラス、のびすぎた背高い枯れた花ばかりが、折り重なるようにして立っている。その周りに張り巡らされた背高い金網。花の手入れがなってないと、エリカは悪意を持った。
女が戻って来た。「留守で誰もいない」と言う。もう一軒従妹の家が近くにあるから、そこへ連れて行ってくれと言う。「ダメ」と言う目くばせを強く、エリカがベンに送った。ベンはそれを無視した。20分も行くと前面に川のある、集合住宅があった。そこに従妹が住んでいると言う。幅の広い川だが水量は極端に少ない、大小の小石がめだつ。所々に巨岩が転がっている。川の向こうは白樺林だった。西部と言うより東部によくある風景だ。
入口で女と子供を降ろすと、「さあ行きましょ!」とエリカがヒステリックに言った。動作ののろい女にイラついていたのだ。「もう少し様子を見よう」と、ベン。「冗談じゃないわ!もう十分よ。おつむの弱いあんな女ほっときましょ」「気づいた?彼女妊娠してるよ」「えっ、うそっ!」「もう四ヶ月は行ってるな」とベン。「おつむの弱い子供連れの妊娠女をほっとく訳には行かないよ」だが女はなかなか戻ってこない。ベンはアパートの前まで様子を見に行った。すると女と子供は川の上の岩石に乗って遊んでいた。
車はサンジェゴフリーウエイを走っている。ロスのダウンタウンに近い場所で、道路の両脇に無数の灌木が生えた、あのお馴染みの高い崖が見えた。ここまでくれば自宅までもうすぐ。黙りこくっていたエリカが言った。「宇宙人を見たにはまいったわね」「でもあれは信ぴょう性があるな」とベン。「まさか、あんな頭の弱い女の言う事を信じるの」「そこだよ、頭の弱い女がなぜあれほど事細かに、見てもいない宇宙人を描写できるかと言う、、、」
「案外彼女も宇宙人だったりして」エリカが冗談めかすと「ありえるな、宇宙人には色々種類があって、なかには人間そっくりの宇宙人が地球のあちこちに侵入してると言うからね」と無表情にベンが言った。「宇宙人が人間とセックスして、子供が出来た訳ね」エリカが皮肉る。「うん」ベンがうなずいた。その横顔は得体の知れない新興宗教に毒された、新信者のようだった。
エリカは窓外に目をやった。さんざめくダウンタウンの街明かりが見えた。地球の、人類の街明かりだった。彼女はワイナリーの庭から見た、太陽にきらめく広大なぶどう畑を思い出した。人間の人間の知恵による、整然とした豊かな恵みの畑。今ではとても懐かしく思える。明日からまたいつもの日常生活に戻る事を、彼女は熱望しそれを信じた。

