夜更けに銃声の音を聞いた。ああ、また人が一人死んだのだと思った。ほとばしる胸の血しぶきを片手で押さえ、床に倒れ込む人の姿を想像した。するとあたかもそれが、自分自身であるかのような胸騒ぎをおぼえ、ベッドから起き上がろうとした。だが睡魔の妖精たちに体中を抑え込まれ、身動きが出来ない。そのままベッドの底へ底へと沈んで行った。

どうにか妖精たちを手なずけ外へ出た。そこには煌々と月光に照らされた黒い石畳が、濡れたように前方に続いていた。どうやら狭い路地裏のようで、両脇にアーチ型の木の扉が、ある間隔を置いて並んでいる。それぞれの扉に、鉄製の黒い馬のひづめの形をしたドアノブがつけられ、レンガ塀にはベゴニアの鉢がいたる所に飾ってある。何か遠近法で描いた絵画のような道を、ひたすら前方へ進んだ。道の終わりはなく、世界の果てまで続くかと思われた。

やがていっきに視界が広がり、月に輝く茫々とした砂漠が見えた。月の砂漠、月の砂漠。私は言い知れぬ心細さと寂寥感で、心がなえた。すると至近距離にある黒い枯れ木のような木に気づいた。人間の毛細血管のように小枝を張り巡らせた、気味の悪い木だ。ふと見るとその木のそばに、男性がひとり腰を下ろしている。「銃声を聞きませんでしたか?」と私は聞いた。「いえ、何も」と彼が前をむいたまま言った。
二の句がつげず黙っていると「この頃は銃声の音など日常茶飯事ですよ。まるで花火のようにばんばんと上がります。自殺、他殺、何でもござれで、私の妻もピストルで殺されました。何ね、店のはした金を盗もうとしたチンピラ強盗に手向かったんです」私は息を呑んだ。「妻はふだんは賢夫人を気取っていましたがね、なかなかどうして性根はマフィアの情婦でした。だから、チンピラ強盗に手向かったりするんです」私はいつか映画で見た、とてもエロチックなマフィアの情婦を思い出した。「正直、死んでくれてほっとしてるんです」
彼はそう言うとふと、前方斜め前を指さして言った。「あなたにはあれが何に見えますか?」そこには大きな砂丘と小さな砂丘が、右と左に横並びにあった。「砂丘ですね」と私は言った。砂漠全体が隆起のないだだっ広い場所に、そこだけ突起が出ている。「いえ、あれは女体です。横向きに寝た女の裸体の後姿です。ふたつの砂丘の間がすとんと落ちている、あそこが腰のくびれです。女体の寝姿です」彼は事もなげに言った。
