世の中の何が苦手と言って、あの遊園地の乗り物ほど苦手なものはない。苦手と言うより恐怖である。特筆すべきはあのジェットコースター、立ち乗り、足宙ぶらりん、木製コースターとか種類も色々あるらしいが、あんなものに乗って恐怖と恍惚で絶叫する人の気が知れない。ゆえにこれを絶叫マシーンと言うらしいが、私にしてみれば絶命マシーンである。事実、死人もあちこちに出ている。日本では高齢者の心臓麻痺、脳梗塞の事故死が多いようだ。不思議なのはなぜ同行者が止めないかと言う事。超高速落下、宙返り、あんなものに年寄りが乗れば、事故が起きて当然。興奮したいと言うなら、お化け屋敷にでも入れて置けば良いではないか。これは老人の『正月餅のどつまり事故死』と同じく、日本が一考すべき問題である。アメリカでは腹の太った男性が、ベルトがしめれなかったとそのまま乗り、遠心力で振り落とされる映像を見た。彼はそのとき空中で何を考えたか。乗らなきゃ良かった?減量しとけば良かった?いずれにしても、スタッフはベルトの厳重点検を怠るべきではない。脂肪が重りになる事などまずない。

アメリカに来てすぐの頃、知人とその子供たちと遊園地に行った。ところ変われば品変わるで、アメリカの遊園地は人の姿もアトラクションもゆったりとクールに見えた。子供たちに誘われニヤニヤしながらバイキングに乗る事にした。極彩色の海賊船のような物が、振り子のように左右に揺れるあれである。船首に上半身の海賊の人形。これが大間違いだった。乗ると地上で見るよりはるかに高く感じる。恐怖でただ眼前から目を動かせずにいると、両脇の船の支柱が見えず、ただ乗船者と青空、白雲しか見えない。みんなして大空に振り上げられたような、不安と恐怖にかられ途中からずっと目を閉じていた。降りた時には過度の船酔いで吐き気がし、しばらく歩行困難に陥った。
観覧車はいつも憧れだった。若い頃、ジェームス ディーンの『エデンの東』を見た。彼と彼の兄の恋人が観覧車に乗る。それが途中で止まる。二人はもともと魅かれ合っていて、空中で二人きりになると抱きしめキスをしたくなる。それを思い止まるジェームスの演技が天下一品だった。若者の純粋さ、未熟さの感性が自然で、出来れば隣の女をはねのけ彼のそばに座って慰めたいと、感涙をしぼったものだ。だがその時彼はもう交通事故で亡くなっていた。自分の恋する人がすでにこの世にいない、絶望的な悲壮感におそわれた。

映画の話ではなかった。子供が小さい頃、親子三人で移動式遊園地に行った。三人で綿菓子など食べながら人込みを歩いていると、垂直に立っている巨大な牛車の車輪のようなものが見えた。その車輪に五人の人間が大の字で、両手足首と腰をベルトで縛られはりつけになっている。車輪がゆっくり動き出す。速度を増す、さらに増す。するとその中の若い女性が、次第に脱力して行き、胸がはだけ首はうなだれ手足はぶらりと垂れ下がり、回転する車輪の上で失神してしまった。するとそばに立っていた係員が、黒い操作器に手をのばしたので、ああ良かった機械を止めてくれるのかと安心してると、なんと彼は速度を速めたのである。これは嘘でも何でもない。事実である。なんとなくやさぐれた彼の薄ら笑いを今でも覚えている。どさくさにまぎれ何食わぬ顔で、人を傷つける者がいる。それも私が遊園地を好きになれない、もう一つの理由である。
