砂漠の中の一本道

砂漠の中の一本道を長時間ドライブしている。道の両脇にだだっ広い砂地がえんえんと続き、カラカラに乾いた丸い植物が所在無げに散らばっている。「ねえ、私たちが今日あなたの妹さんに会いに行くこと、あなたのお父様はご存じなの」助手席のゆりがゲリーに聞いた。「もちろん、これは彼のアイデアなんだから」ハンドルを握ったままゲリーが答えた。一か月後に結婚を控えたフィアンセの彼に、腹違いの妹を紹介したいと言われたのは、一週間前だ。ロスに住む彼らはすでに互いの両親を引き合わせ、東京から来たユリの両親は、海沿いのアパートに住む彼らの暮らしを羨ましがった。バルコニーのハンモックに揺られ海景色を見る、真っ赤なサンセットを見ながらワインを飲む、そんな暮らしをだ。だが夢見心地の生活は時に人から、真実を見る目を奪う。

White car on highway in desert

昨夜アリゾナに住むゲリーの両親の家に一泊して、今ニューメキシコのアルバカーキに近い、つまり彼の妹の住む場所に向かっている。出発して五時間が経っていた。「ねえ、その町の名前、なんと言うの?」「もう何度も言ったよ。君は物覚えが悪いね!」ゲリーが声を荒げた。窓外の空に目をやると、薄黒いマッシュルームを集めたような積乱雲が、低く垂れこめていた。陰鬱な景色だ。

高速の出口をそれてさらに30分も行くと、小さな牧場の白い柵の中で、馬の手綱を引いた少女が見えた。ゲリーの16才の妹サリーだ。その馬はゲリーの父親が買ってくれた物だが、家が貧乏なために手放なさなければならない。その事を彼女はとてもすまなく思っていると、ゲリーに聞かされていた。「君の馬だから君の好きなように」と父親は言ったそうだ。そばかすだらけのやせぎすな少女は、ゆりにそっけなかった。ゆりも無表情でいたからお互いさまだ。サリーがパートで働くレストランで夕食を3人でと約束して、彼らは別れた。車の中からゆりが振り向くと、白い柵の周りを馬の背中にのったサリーが駈足で走るのが見えた。

メキシカンレストランでの夕食はまったりとはしなかった。ユリは、メキシコ料理が好きではない。それにどう見ても高級レストランとは言い難い。テーブルがべたついている。ゲリーは好物の、焼いた牛肉をはさんだブリートに舌鼓をうっていた。ゆりは次第に不機嫌になって来た。それを察したのかサリーがつと立ち上がり「ついてきて、あなたに見せたいものがある」とゆりに微笑んだ。行くとそこは厨房だった。メキシコ人の太った女料理人が胸当てのついた白いエプロンをつけ、魔法使いが媚薬づくりに使うような黒い大きなかめの中を、トングでかき回していた。なみなみと煮立つ油の中に、生の白いトルティーヤをいれると、数秒で膨らみ黄金色に揚がる。そのあがったトルティーヤをトングで取り出すのだ。「こんなものを見るのは、あなたにはめずらしいと思って」サリーは言ったがユリは不機嫌だった。厨房の古い油のにおいが鼻についていた。

ホテルに着くとゲリーはシャワーをあび、早々とベッドに入った。長い運転で疲れているのか。久々に会う妹に優しい素振りも見せない彼だった。ゆりはベッドに入ったがまんじりともせず、昼間見た、人の姿があまり見えない殺伐としたこの町の風景を思い浮かべていた。薄汚い古着屋や土産物屋がわけもなく、じゃり道のわきに並ぶおかしな町だ。隣のベッドにいるゲリーの背中に向かって、彼女はついに言った。「サリーはほんとにあなたの妹なの?」暗い部屋の中で毛布の下の彼は、身動きもしなかった。

翌朝、予定を一日繰り上げロスに帰る事をゲリーがサリーに電話をすると、彼女は今夜あなたたちに結婚の贈り物がある、どうかそれまで待ってくれ、7時にピックアップするからと懇願した。二人はしかたなくホテルでぶらぶらした。ひどくホームシックにかかったようなゲリーを横目で見て、ゆりは苦笑した。

Night Aerial Glendale and Downtown Los Angeles

山頂から見るアルバカーキの夜景は実に素晴らしかった。光る海に無限の宝石をちりばめたような、あたたかく荘厳な景色だ。「これをあなたたちに見せたかった」と、崖のふちに立ってサリーは嬉しそうだった。だが二人は、寒風吹きすさぶその場所をすぐさま立ち去りたかった。山の麓からここまで長い運転をしたサリーの車には、窓がなかった。壊れた窓を修理するお金がないのだ。そこから吹き込む身を切るような寒さが、二人をイラつかせていた。夜景を一べつするやいなや、「帰ろう!」とゲリーが車に走った。

ロスに戻ったゲリーは、それこそ水を得た魚のように海に飛び込み、サーフィンを楽しんでいる。彼がいるその海をバルコニーからゆりは見ている。二人はサリーがとても素晴らしいプレゼントをくれた事に、気づいているのだろうか。レストランの厨房、山頂からの街の夜景、それらを見せる事が、金のないサリーが一生懸命考えた、彼女にとっては最良のプレゼントだったのだ。その事に気づく時こそまさに二人が、人生のそして結婚の素晴らしさに気づく時である。

WELIGAMA, SRI LANKA - JANUARY 09 2017: Unidentified man surfing

 

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