この街は常夏の楽園だ。スペイン風の建物がメインストリートの両脇に立ち並び、街中に南国の花が咲き乱れている。銀行の白壁に真紅のブーゲンビリアが絡みつくと、ハイビスカス達は宝石屋の階段の両脇に、豪華な微笑を交わし合う。コンドの庭園に咲くネギ坊主の花に似たアバカンサスの群れは、行儀のよい小学生のように歌を歌っているから、道行く人は誰も立ち止まり聞き入る。ふと見上げると建物の屋根に突き出た無数のヤシの葉影は、まるで誇らしげな歩兵のように涼風に首を揺らめかせている。それには気づかいも見せず、天まで届くかと思わせる教会の尖塔を横切り、一匹の白いカモメが斜めに飛翔した。
彼が舞下りた早朝のモールの駐車場には、ひきはらったばかりの野菜市場からこぼれた、パンくず、野菜くずが散らばる。それをついばむカモメの横に、黒いカラスがカアーと鳴き舞い降りた。それから二匹は十年来の友人のように、頭をくっつけ餌に集中する。

黒い鉄のベンチに座り私は、市場で買ったばかりのオレンジをむき始める。香りのすばらしさに、家に帰るまで待てないのだ。市場の果物は農園から運ばれたものだが、この街の民家の庭にもオレンジやアボカドの木があり、どれも鈴なりの実をみのらせている。この街の土壌が、果物の生育にとても適しているのがそれで分かる。すると年取りすぎた少年と言った感じのAl君が、逆光を背に向こうから歩いてくる。私は彼にもオレンジをひとつ分けてあげる。もう四十才を過ぎたA君だがずいぶん若く見える。数年前に父親を亡くした彼は、今は母親と二人で住んでいる。住んでいる?どこに住んでいるのだろう。彼の母親は夫亡き後、どこか零落した貴婦人と言った感じでしばらく過ごしたが、今は通りの曲がり角に立つ。段ボールの破片にHomelessときれいに書いてそれを胸に持っている。人々は車の窓からお金を差し出す。A君はその仕事があまり好きではないので、すっと雲隠れをしてしまう。若い頃この街の海岸で毎日サーフィンに興じた彼は、とうとう就職をしそこない、いまだに無職。ある時、マリブーに住んでいた女優のGoldie Hawnが、「高校生の息子がサーフィンばかりして勉強しない」とこぼしていたが、A君の母親は彼のサーフィンをずいぶん大目にみていたのだろう。なにせ彼は、誰も知らない波乗りの穴場を知っていて、それを独り占めしていたのだから。でももう波乗りはあきらめた。新しいサーフボードさえ買えないのだから。
それにしてもこの街のホームレスの人たちは、汚れ毛布にくるまって路上に寝たり、空き缶を前にして座り込んだりはしない。彼らはこざっぱりとした服を着て、立っている、歩いている。木々の間を飛び交う鳥のさえずり、あたりに漂う花の香、楽園の魔法を無駄にはしない。時々大通りの分離帯に立ち、オフィスの休み時間に出て来たような若い女性がホームレスのサインを持っているが、あれは冗談にしか見えない。オレンジを食べ終わると私はまた、家の方へゆっくりと歩いて行く。すると至近距離にある低い山のてっぺんから、広げた扇状に新しい日差しが湧き出て、この街の空いっぱいに広がる。朝の涼しい風が人々の頬や髪をなでて行く私はそんな街に住んでいる。

