ポールは高い崖

ポールは高い崖の上から眼下に広がる海を見ていた。月の明るい晩で光に照らされた海面だけが、金色の砂をまぶしたようきらめき揺れている。

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彼はメラニーのTEXTを思い出し身震いした。「ロマンチックな月の夜ね、海岸まで降りて見ない?」「何が降りて見ないだ、あいつは僕の子供が出来たなんて昨日言った、僕たち子供が出来るような事してないよと言うと、『私はsexなんかしなくても触っただけで妊娠できるの、だってエイリアンだもん』と糞真面目に言う。『あなたの考えてる事なんかなんでも分かるんだから』と変な事も言った。それに父親の博士ときたらこの頃は、【猫の背中にネズミが乗った形の緑色の生物】を見つけたと毎日海にもぐりに行く。未確認生物だから捕獲して学界につき出せば、いちやく時の人になれるとでも思ってるのか。生物を撮った写真を見せてくれたが何も写ってはいない。アインシュタインを崇拝する彼は、アインを真似た白髪頭をふりみだし時々べろを出すから気持ち悪い。ああ早くここから逃げ出したい」とポールは頭をかきむしる。今はこんな所に自分を追いやった親を恨むばかりだ。「よし、逃げ出してやる、今夜決行だ」彼は声に出して言い、崖の上を館の方に急ぎ足で歩きだした。

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戻ると博士が出かける用意をしていた。「どこへ行くんですか」と聞くと「ピア」と言い捨て風のように走り去った。年寄りの癖にみょうにすばしいっこい。この近くに突端が台風の濁流で吹っ飛んだ古い木造のピアがあり、舳先がもぎれた幽霊船のように海に浮かんでいる、その手すりに縄をくくりつけ、それを伝い海に沈む潜水服の博士をポールは偶然見た。盗品を背負った泥棒に見え思わず失笑してしまった。今頃もぐりに行くなんて月夜の晩を昼間と間違えたのだろう。

その昔大学院の研究室にいた頃も、奇態なプロゼクトばかり立ち上げ皆から変人扱いされ、最後の【カツオノエボシの猛毒自然絶滅法並びに、家庭内でペット化し手のひらでダンスを踊らせるたったひとつの方法】を最後に、大学院を去った博士である。それからマッドサイエンティストに転落するのに、時間はかからなかった。ポールは薄汚いソファに座り膝にひじをつき顎に手をあてた。ふと埃と砂でざらついた床が見えた。壁はシミだらけでどの部屋も隙間風が吹きわたるあばら家だった。ただ馬鹿でかいだけのスパニッシュ風のこの館は、ずいぶん前に博士が市から安く買い取ったものだ。そこに研究室らしきものを作り一人で悦に入っている。海の見える崖っぷちに建ち見晴らしは良い、取柄はそれだけ。人里離れた寂しい場所で人の姿が、人間の生活が見えない。

さて逃げ出すのは簡単、博士はポールが逃げ出す事などなんとも思っていない。車がないから歩いて行く、海岸沿いに歩けばなんとかなるだろう。彼はキッチンで水を飲むと、裏口をあけパディオのそばの崖に立った。このあたりの崖はとても緩やかで、雑草こそはびこっているものの、歩きやすい石ころのない道が砂浜まで続いている。ポールが崖を降りだすと、登って来るメラニーの頭が見えた。馬鹿な奴だ、僕が会いに行くとでも思ったのか、ポールは舌打ちをし、あわててその先の数メートル離れた場所から、転がるように崖を降り始めた。

Abandoned Haunted House

砂浜に降りるとうっすらとぼやけた町明かりをたよりに歩き始めた。胸の中でふつふつと吹き出すものがある。「これでやっとあの両親からも逃げ出せる。二人とも心理学の教授なんかやってるくせに、息子の心理を全然理解しないバカ親。養子にしたのはいいが、僕にしてくれた事と言えば、キチガイじみた海外キャンプに頻繁に放り込む事だけ。アフリカのサファリ、チベットの僧院、カナダのロッククライミング。僕を強い男にするための荒療治のつもりだったろうが、かえって脆弱で臆病な男を作り上げた。そして高校卒業すると友人のあのキチガイ博士に、研究助手として預けとどめを刺した。もう何もかも嫌だ」でもとほくそ笑み「僕にはネットがある」とポケットのスマホを触った。キュートな彼の写真をSNSに流せば、可愛い女の子たちが助け舟を出してくれるだろう、今夜の宿だって、就職先だって、いや恋人だって。意気揚々と彼は歩き出す。

だが彼は遠くの町明かりがネットがはらむ、恐ろしい危険を知るにはあまりに世間知らずだった。月光に映し出されるポールの後姿を、メラニーが崖の上から俯瞰している。「バカなポール」彼女はつぶやいた。彼女が赤ん坊の時、段ボウルに入れられ道端に捨ててあったのを、博士が拾い育てた。彼女が母親の事を聞くと彼は言ったものだ「お前はエイリアンの贈り物だよ」と。

 

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