そのドーナツ屋

そのドーナツ屋は人や車の少ない寂しい通りにポツンとあった。赤い屋根に白壁、その壁に森の風景がイラスト風に描いてある。花や鳥、バンビやリス、泉や木立よく見れば蛇さえいる。白雪姫の七人の小人の家を思わせ、小人達が力を合わせて作った家、そんな素朴さ無邪気さがあふれ、誰もがついはいって見たくなるだろう。だが中に入ると、白雪姫ではなく太ったメキシコ人の女主人が奥から出てきて、実に無愛想な顔で何しに来たと言う風に客をにらむ。店内も殺風景で、ドーナツを入れるガラスケース以外に飾りのようなものはない。やがて女主人は注文されたドーナツを、これまた実に面倒くさそうに袋にいれる。その商売っ気のなさが楽しく私はたまに立ち寄る。時々OPENのサインが出ているのにドアのカギが締まり、GO TO DRIVE THRUと手書きで書いた紙が窓に貼られ、建物の右手に行くように矢印がある。行ってみるとそこには、普通の窓を細目に開け手書きのメニューがスコッチテープで貼ってあり、PLEAZE HUNKと添え書き。たぶん中で昼寝でもしているのだろう。いつ行っても私以外に客はいなく、つぶれないのが不思議なくらいだ。ついでに言えばここのドーナツは甘すぎ大味で私好みではない。大きなクロワッサンのハムとチーズのサンドイッチだけはうまい。

ある日の午後、女主人に睨まれながらケースの中のドーナツを見ていると、大型トラックが店の前で急停車し、二人のメキシコ人の若い男女が降りてきて激しい口論をはじめた。やがて男が荷台にのぼり口汚くののしりながら、スーツケースやら椅子、ソファのようなものを地面に放り投げはじめた。女は泣きながら投げ出された家具にしがみつき、男を涙顔で非難する。スペイン語なので意味は解らない。要するに一緒に住んでる男女に別れ話が出て、男が女と女の家財道具を路上に放り出している訳だ。なかなか迫力のある痴話げんかではある。女主人はいつのまに奥へ行ってしまった。44985812 - open sign

それから数ヶ月たってドーナツ屋の前を通りかかると、店の前に人だかりがし行列が出来ている。不思議に思い中に入ると、女主人が上機嫌で客と応対している。私をみると「ハウアーユー」と声高らかに言ってくれた。何事これは?と言った顔をすると、壁に貼ってあったカレンダーの赤丸のついた、今日の日付を指さした。今日は日曜この日はいつも忙しいとでも言う意味なのか。見れば週末の日はどれも赤丸がついている。女主人が客の応対に追われている間、そばの小テーブルで妻より太った亭主らしき男が、ドーナツを食べながら伝票を整理している。そこへ出来上がったばかりのドーナツをシート板にのせて、ふてくされた若い女が奥の厨房から出て来た。それがこの前の痴話げんかの女である事に気づき驚いていると、女主人が「my daughter」と言いウインクした。その時、急停車する車の音が聞こえ、それを見た娘が目を輝かせ外に飛び出した。女主人は両手を広げ肩をすくめ、いつもの事よという風に私を見た。外に出ると娘は運転席の男と激しい抱擁とキスをしていた。この男がこの前の痴話げんかの相手である事は言うまでもない。少し離れた場所で二人の少年がキャッチボールをしている。娘の弟たちだ。

こういう風に、事実をありのままにだらだらと書いていくと、この店にある種の小劇場的スタイルがある事に気づかされる。ドーナツ屋の店は劇場で、オーナー一家はメインキャスト、大勢の客はエキストラ、さしずめ私はゲスト出演とでも言うところか。七人の小人が作った劇場、これからも目が離せない店ではある、特に週末は。

Sweet donuts at street food

 

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