めったに電話をしない

めったに電話をしないソフィアから会いたいと言って来た。孤独癖が強くしかも偏執的な彼女と、私は薄氷を踏むような交友関係を続けている。だが彼女の内にひめた強靭さ、繊細さにひかれ招かれれば出かけて行く。

View of seashore cliff in Ranchos Palos Verdes

ハウスキーパーにリビングのソファに通され、目の前の海をしばらく見ていた。断崖絶壁に建てられたこの横に長い平家はすべての部屋から海が眺望され、彼女はここでカーディーラーのご主人と二人暮らし。イギリスで女優だった彼女は、旅行で来ていたご主人と知り合い結婚した。どこからかふっとソフィアが現れた。いきなり「ビアンカを覚えてるでしょ」と言った。ビアンカは彼女の孫である。「あの子とうとう本物のドラキュラになっちゃった」と顔を曇らせた。ビアンカは生まれた時、すでに歯が生えしかも両方の犬歯が下唇に出ていた。ソフィアはそれをドラキュラのようだと眉をしかめたが、娘夫婦はこの娘をこよなく愛した。あれからもう四年経つ。ストイックな美意識の持ち主であるソフィアは、ビアンカの容貌を忌み嫌いいつも冷淡に接している。今回は欧州旅行に出かけた娘夫婦に子守りを頼まれたと言った。「ビアンカー!」彼女が大声で呼んだ。おどおどと奥から出て来た少女が上目づかいに私を見た。なるほど犬歯は前より目立つ。だが彼女の顔の変化に驚いた。少女時代のエリザベス テーラーを、少女の体に大人の美女の顔が乗っていると評した映画評論家がいたが、この子の場合がそれである。顔と体がアンバランスで、犬歯を除けばまさに美女顔。「おいで」と両手をだすと顔をゆがめて走り去った。祖母から嫌われている事が分っているのだ。

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やがて小学に入る頃に母親が歯科医に相談し両方の犬歯を抜き、将来的に歯の矯正をする事に決めた。ソフィアは私の携帯にその写真を送ってくれた。それは確かに可愛い少女の写真だったが、どこかぎこちなさがあった。祖母に嫌悪され身構えて来た、その哀しみの名残りのようなものかも知れない。だがビアンカは年を取るにつれさらにさらに美しくなって行った。エリザベス テーラーがそうであったように。だがソフィアはそれにはあまり興味がないようだった。

夫に先立たれた私は猫と暮らし、ただ意味もなくうろうろと日々を重ね、花や野菜を育てた。すっかりと連絡の途絶えたソフィアやビアンカに時々思いを馳せたが、憂慮はしなかった。最後に彼らに会ったのは、ビアンカの十四歳の誕生日パーティ。育ちの良さそうな五人の友達とプールではしゃぐビアンカの美しさは、ひときわ目立っていた。そんな彼らをソフィアは微笑しながら見ていた。それが彼女の優しさだと私は思った。

海に向かった壁面が全面ガラス張りのこの部屋にいると、海上に取り残されたような不安にかられる。邸の中で一番眺めのいい自室の寝椅子に、ソフィアは気だるく横になっている。しばらく会わないうちにすっかりとやせ細っていた。まるで目に見えないドラキュラにほんの少しずつ、血を吸われてでもいるかのように。「私なんかはもういつ死んでもいいのよ」彼女は自嘲げに言った。ビアンカはすでに大学生、イタリアに留学していた。「あの子はとても私に良くしてくれる。でもしっくりは行かないのよ。それが私のつぐないようのない、大きな罪よ」プールパーティでのソフィアの微笑を思い出したが、何も言わなかった。それから彼女はすっと手をのばし、傍の書き物机の引き出しから古い写真を取り出した。それを見て「あっ!」と私は声を上げた。幼女の頃の彼女の写真でビアンカに生き写しだった。「母は私を産むと私を抱いて、病院の窓から飛び下りようとしたらしいの、でもそれも出来なくて。教育のない古い田舎の人だったから、歯を抜く事なんて考えもしなかった、抜けば祟りがあると言って。私は十歳くらいまで犬歯をむきだしにして、それはみんなにいじめられた。大人には気味悪がられ、母は生涯私に冷たかった、私の乳歯が普通の永久歯に生え変わっても、その冷たさは変わらなかった。いつ私がドラキュラに豹変するかと怖かったのかもね」と薄く笑った。「私は母がくれなかった愛をビアンカにあげる事は出来なかったのよ、そうすればまがい物の愛のように思えて」彼女は遥かな水平線をじっと見つめた。その時目の前のガラス戸に、かもめが二匹ぶつかりけたたましく鳴いたが、彼女は顔色ひとつ変えなかった。私は数奇な運命を生きた彼女の、化粧っ気のない横顔をじっと見つめた。

Sexy blonde in transparent dress with golden rhinestones

それから一年後ソフィアは他界した。

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